ルリアザミにリンドウ(2)

翌日。


「神様!おはようございます!もう朝ですよ~!お祈りしたいので起きてください」


【もう。クイートは朝が早いんだよ…あともう少しだけ…】


「ダメです!もうご飯もできてるんですからね!ほら、起きて!」


私は神様を起こしていた。神様は見かけによらず朝に弱かったみたい。今もうみゅうみゅと呟きながら、掛け布の中でもぞもぞしている。華奢な体はすっぽりと布にくるまれていて、失礼だけど少し芋虫のように思えてしまった。


「もう!駄々をこねないで!ほらほら、起きてください!」


【わかった、わかったから。起きればいいんだろ?全く、僕は神だっていうのに。遠慮もなければ物怖じもしないんだね。】


「そりゃそうですよ。神様は私を赦してくれたでしょう?そんな人に感謝こそすれ、物怖じなんてしませんよ。遠慮は…私はあまりしない人間なので。」


【そう。まあ、いままでの贄よりかよほどマシだけどね。さあて、無遠慮なクイートに起こされてしまったことだし、あっちの部屋に行こうか。】


「はい!あとでお祈りもさせてくださいね!」


そんな話をしながら、私と神様は居住スペースにむかう。スペースの一角には簡単な暖炉やテーブルがあり、そこで食事ができるようになっていた。私は神様を起こす前に作っておいた食事をとりわける。今日のご飯は森で採ってきた果物と、山菜の炒め物。そして置いてあった小麦粉を使った平たいパン。デザートに果物を切り分け、カトラリーを準備する。神様の神殿なだけあって、カトラリー類は大変高価そうなものばかり。あちこちに品のいい月が彫り込まれた銀食器。月の透かし彫りが入ったグラス。真っ白なお皿には、銀の絵具でシンプルな月がデザインされていた。


こういったものを見ると、神様は月の神様なのだなとしみじみ思う。


「じゃあ神様、ご飯の用意ができたので、こちらへ座ってください。」


【うん、ありがとう。…おいしそうだね。】


「本当ですか!神様の為に頑張って作ったんですよ!食べてみてください!」


神様が私の作った食事をほめてくれる。母に作った時は褒められるどころか、難癖をつけられて躾られる要因の一つだった。食事をほめてもらえるのは新鮮で、私は思わず頬を染めてしまう。慌てて紅く染まった頬を隠していると、神様がもう食事を食べてみてくれていた。私はドキドキしながら、神様の感想を待つ。


【…すごく、美味しい。こんな食事は、初めてだ。】


少し驚いたように神様はぽつりと言った。そのまま、私の方を見る。


【ありがとう、クイート。僕はね、こんなご飯、今まで食べたことなかったんだ。そもそも僕は神だから食事は絶対必要ってわけでもないし。多くの生贄は、着飾った姿で書簡だったり器だったりを捧げてくる。食材の時もあるけど、大体は高級品といわれるものばかりだし。だから、こんなに心のこもったものは初めてだよ。いいね、素朴だけど、僕はこっちの方が捧げ物よりうれしい。】


「そう、ですか。」


嬉しすぎて、それしか言えなかった。神様があんまり手放しに誉めてくれるせいで、私は顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。今まで、ノルマリスさん以外にこんなにほめてもらったことはなくて、褒められなれていないせいで、嬉しさより気恥ずかしさが顔に出てしまう。


神様はおいしいと言いながら、何の変哲もない私の料理をきちんと食べてくれた。私も慌てて、自分の分に箸を伸ばす。いつもと同じ食事なのに、味は全く分からなかった。


その後は神様と過ごす。神様は聞けばなんでも教えてくれた。文字、数学、歌。貧乏で一生学ぶ機会もなかった私に、神様は色んな世界を見せてくれる。初めて自分の名前を文字で書いた時は、少し感動した。


【これからクイートはここで過ごすんだから、なんでも聞いてくれてかまわないよ。たいていのことは教えてあげられると思うし。】


神様はそう言って、私の頭を撫でてくれる。その手つきが、とてもやさしくて。私は少し泣きそうになってしまった。


だって、懐かしい。ノルマリスさんも、こんな風によく頭を撫でてくれた。何かをするたび、「偉いね」「よくできてる」と言いながら、日の光のように暖かな手で私の髪を少し乱して。神様もそんな風に頭を撫でてくれて、たくさんたくさん褒めてくれる。歌を教わった時は、【クイートの声は綺麗だね。よく伸びる、綺麗な高い声だ】と言ってくれた。文字も、数学も、【少しやればすぐにできるようになる】と嬉しそうにしていた。褒めてもらえるのがうれしくて、私は神様が教えてくれることを必死になって理解しようとした。


だから私は、この時全然知らなかった。


神様が、あんなに脆かったなんて。

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