ルリアザミにリンドウ
神様は、私の話に何も言えない様子だった。それはそうだろう。神様は罪人を嫌う。こんなの常識だ。きっともう私は、神様に嫌われてしまった。
「カンパニュラ様、ごめんなさい。これが私の罪なのです。幸せになってはいけなかった。私なんかが、生まれてしまったから。母は不幸になった。ノルマリスさんは命を落とした。私のせいなんです。」
無意識に流れた涙が頬を伝う。それは、私の心からの後悔の涙だった。全てが私のせいで、私のわがままによって引き起こされた出来事なのだから。
「生きたい」と、そう願わなければ、母は死なずに済んだ。いままで生きていられたのだから、私が耐えればよかったのだ。こらえ性が無くて我慢もできない、私が悪かったんだ。ごめんなさい、ごめんなさい。母は横暴だったけど、私を殺さなかった。育ててすらくれたのに。
「しあわせになってみたい」そう望まなければ、憧れなければ、ノルマリスさんは綺麗なままだったはず。あんなむごたらしく蹂躙されて、その果てに死んでしまうなんて運命にはならなかった。母はすでにいなかった、それに満足せずに、さらなる幸せを求めた私がいけなかったのだ。ごめんなさい、ノルマリスさんを不幸にした。私自身を愛してくれたのに気づかなくて、ひねくれた考えで拒絶し続けた。どうせ他人と変わらないと、斜に構えていたの。ごめんなさい。
僕ははらはらと静かに泣くクイートをただ見ていた。いや、ただ見ていることしかできなかった。どうしたらいいというんだ。神である僕に懺悔して、「私は嫌いでしょう?」と儚く笑うクイートを、どう扱えばいいのか。
知らないんだ。恐れられたことしかないから。縋りつく者だって、打算と恐れ故だとわかっていたからはねのけられた。でもクイートは違う。ただ後悔して、僕に救いを求めている。僕はそんな人間を助けるための神だ。それなのに。僕は神で、人々を導く存在なのに。目の前で泣いている一人ですら、どうすれば助けられるのかわからない。
クイートの罪は、美しい罪だった。
「生きたい」と願った故に殺人をした。それのどこが悪いのか。僕は罪人ならばしっかりと裁かれるべきだと思う。誰だって死にたいとは思わない。クイートの母は、クイートをずっと虐待していたようだった。それも、今クイートが生きているのが不思議なほどの苛烈さで。そんななか、幼子が取れる手段はそう多くはないだろう。女性とはいえ、自分よりはるかに強くて大きい存在だ。そんな存在に抗うために手っ取り早いのは、毒殺。力もいらないし、少しの動力で済む。クイートのやったことが罪だとは思えなかった。
「しあわせになりたい」という願いだって罪なものか。幸せになりたくて、人は足掻く。そのために生きていると言ったって過言ではないのに。そうして幸せを追い求めた愚かな人間たちを、飽きるほど見てきた。それが普通なのに。そんなことすら知らないのか、クイートは。
僕は初めて、人間を憐れんでいた。当たり前の想いを罪だと懺悔する、美しい罪人。可憐でか弱くて、それでも生きるために足掻く、誰よりも人間らしいクイート。
だから僕は、道を踏み外して狂ったんだ。初めて人間を、クイートを、【いとおしい存在】だと思ったんだ。だから初めて、僕は
【クイート。僕の生贄。君は何も悪くない。生きたいのも幸せになりたいのも、君が望むのは当然のこと。後悔するな、泣くな。
神様の言葉と、頭をなでる優しい暖かさに、私は泣きはらした顔を上げる。視界に映ったのは、神様の切なそうな笑顔だった。その顔は、私を心配したノルマリスさんによく似ている。私の頭をなでる手も、優しいノルマリスさんの手つきを思い起こすものだった。
「え…?」
思わず間の抜けた声が漏れてしまう。あまりに優しい神様は、とてもきれいだった。その言葉をかみしめて、私は聞き間違いじゃないことを祈って、私はもう一度神様に尋ねた。
「私は…カンパニュラ様に、救われても、いいのですか…?罪人ではなく、生贄として、生きていてもいいのですか…?私は、カンパニュラ様に、嫌われませんか…?」
【だから言っているだろう、クイート。君は何も悪くない。君の周りが悪かったんだよ。君のせいじゃない、だから君を嫌いになったりしないさ。】
「ほ、本当に?…カンパニュラ様、じゃあ明日も、明後日も、その先もずっと、カンパニュラ様の傍にいても、いいですか?」
【しょうがないな、いいよ。君は特別な、今までとは違う生贄だからね。】
本当に仕方なさそうに、でもどこか面白がるように言う、優しい神様。神様の言葉は、水のように染みわたる。神様に言われたから、私はきっと罪人じゃない。神様の隣にいても、きっと許される。そう思えた。
私は神様の前で初めて、心の底から嬉しそうに笑えたと思う。
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