第7話 ユウガオとクイート
神殿で、私は目を覚ました。一番に思ったのは、カンラのこと。カンラが人間じゃなくて神様で、満月の日にはオオカミになる神様だった。それでカンラは、カンパニュラ様は、一人ぼっちが怖い、優しくて脆い心を持ってる神様で。
「神様に、会いに行こうかな。」
起き上がって、あの灰色の綺麗な服を着る。そういえば、神様がやってくれたのかもしれないが、私はいつの間にか寝間着に着替えてベッドの上に横たえられていた。服を着替えた後に靴をつっかけ、私は居住スペースを飛び出す。向かうのは、昨日は入れてもらえなかった神様の為の場所。きっとあの場所に神様はいる。
【ああ、もう目覚めたのか。あの子は。しかも僕のところに来てるじゃないか。全く懲りちゃいないんだな】
神殿の特に広い一角、僕の為の祭壇の間で、僕は水晶玉をのぞき込んでいた。水晶玉の中には、クイートが一直線に祭壇の間に来る様子が、中継として映っている。
【あの子は、昨日、何と言った?僕を恐れないと。話すと。そして、花嫁にしてくれるか、と。そんなの、言われたことすらなかった。いや、あんな風に人間と話したのは、初めてかもしれない。クイート、君は…。いや、きっと思い違いだ】
クイートを見ると、嫌でも昨日のことがよみがえる。首を抱かれて、あんなことを言われて。僕は熱くなった顔をごまかすように、自分に言い聞かせた。
【どうせクイートだって同じだ。死にたくなくて、とっさに一芝居うったんだ。信じるのは、待つのはもう、やめだと決めたじゃないか】
「神様、もう起きていらっしゃいますか?クイートです。お話しに来ました!」
私はできる限り明るく、大きな声で呼びかけた。目の前には豪華な彫り物が施された大きな両開きの扉。私は祭壇の間の前で、神様に話しかける。
「カンパニュラ様?まだ寝てますか?私も今起きたばかりなんです!一緒に朝ごはん食べませんか?昨日、森で迷ってしまったけど、ちゃんと木の実とか取ってきたんです!あ、昨日は一緒に帰ってくれて、ありがとうございます!嬉しかったです!」
思ったことをそのまま、できる限りの声量で叫び続ける。神様に届いてほしい、もう一度会いたい。そんな思いが声で伝わることを祈って。そうして叫んでいると、祭壇の間から、一人の青年が出てきた。面倒くさそうに顔をしかめた、話しがたい雰囲気の威圧感のある青年。
【朝から全く。煩いやつだ。早くどこかに行けばいい。俺などにかまわず、独りでいればよいものを。この俺を、怒らせたいのか?】
見た目にたがわない、威圧感のある低い声。思わず委縮しそうになるけれど、ぐっとこらえる。こんなことで逃げ帰ってしまっては、きっともう二度とあの優しい神様に会えない。そんなのは絶対に嫌だった。
「うるさいのは、ごめんなさい。確かに、朝から叫ぶのはよくなかったです。でも、私は神様に会うまで、せめてもう一度お話するまで帰りません!どこにもいかない、毎日神様と話すって、昨日約束したんです!お願いします、誰かはわからないけど、祭壇の間に入れてください!神様に会わせて!」
私は必死に、背の高い青年を睨みつける。ここで引き下がるのは、絶対に嫌だ。ありったけの思いを込めて、青年を睨んでどのくらいたっただろう。もうそろそろ眼も首も痛くなってきたとき、青年がフッとあきらめたように笑った。
【もう、クイートは頑固だな。いや、しつこいと言うべきか。わかったよ、降参だ。ほら、なにか言いたいことでもあったんだろ?】
青年の姿は少年まで縮み、低い声は聞き覚えのある少年の声に戻る。そこには、私が初めて会った時と同じ、銀の綺麗な髪を腰まで伸ばした、少年の姿があった。
「あれ?あの人は?というか、神様はどこから?あれ?」
混乱する私を、面白そうに見つめる神様。
【クイート、あの青年も僕だよ。オオカミになれるんだから、少年から青年になるなんて簡単だよ。そのくらい、気づけるさ。あの青年も僕も、ほら、髪の色が一緒だろう?】
「あ、ほんとだ!神様って、やっぱり神様なんだね。」
【やっぱりとはなんだ!失礼な!僕は神だよ。今までも、これからもずっと】
神様と私は、そんな調子でたくさん話した。好きなもののことも、きらいなもののことも。神様は、時折捧げられていたオシロイバナの花が好きだったらしい。私もお花は好きだった。いい香りと可憐な見た目、危害なんてまるでないそのあり方が好き。
(やっぱり神様は私と似ている)
こっそり私はそう思う。神様と私は、本当によく似ていた。淋しがりやなところも、強がってしまうところも。そっくりだった、本当に。そして人に対して恐怖を抱いていることも。そんなことを考えていると、不意に神様に聞かれてしまった。
【ねえ、クイートはここにくるまで、村にいたんだろ?村ってどんなところだったんだよ。僕は神殿から出たことがないから、教えてほしい。クイートは、村でどんなふうに暮らしていたの?】
ああ、ついに聞かれてしまった。私の過去を。でも、せっかくこうして話せているのに、これを断ったらまた突き放されてしまうかも。それはいやだ。そう思った私は、意を決して語りだした。自分自身のせいで死んでしまった、二人の話を交えて。
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