黄色い電車の走る町

雄哉

第1話

「合格したよ、大学受験」

 向島渡船の船の上で、早瀬裕人は言った。

「合格って、第一志望の東京の大学?」

 私、滝川ほだかは聞き返す。予備校の偏差値表の上の方にある、有名な私立文系の大学。

「そう。滝川より先に先に大学デビューする」

早瀬は、私ではなくて船の外、海の向こうのやたらと坂が多い古い町並みを見つめている。誇っている様子はない。

「そっか、早瀬くん、四月から東京なんだ」

 早瀬は、私より一学年上の先輩だ。私は後輩という立場だけれど、一緒に育ってきたのに敬語で話されると嫌だと早瀬が言うので、こうして互いにため口で話すようにしている。

「それじゃ、この街から出ていって、本当に私たち、離ればなれだね。こうして一緒になることもないんだ」

 私の本音が、うっかりと口からこぼれた。それは向島渡船のうるさいエンジン音や、二月の冷たい風が吹く中でも、早瀬の耳にしっかりと届いてしまう。

「ごめん」

 謝られて、私は慌てた。

「そ、そんな謝らなくていいんだよ。仕方がないんだから。早瀬くん、出版社目指しているんでしょ。小説の編集者になるんでしょ。だから東京の大学なんだよね」

 小説を刊行する出版社は、東京に集中している。本気でそうした会社に就職するならば、この街に残るよりも東京に出たほうがいろいろ有利なのだ。

「早瀬くんはすごいな。高校生なのに、そんな将来のことまで考えてるなんて。私、漠然とどの大学にするか決めたくらいなのに」

「そんなでもないよ。出版社なんて倍率が鬼みたいに高いから、焦っているだけ」

 謙遜はしているけれど、進路に悩む普通の女子の私にとって、大学に入った後のことまでしっかりと考えている早瀬は、やっぱりすごい。先輩として尊敬できる。

「小説、好きだものね」

「滝川だって、小説好きだろ」

「ただの趣味だよ。仕事にしようとまで思ってないし、早瀬くんほど詳しくないし」

 私と早瀬は、初見だと川と勘違いしそうなほど狭い尾道水道のほとりに広がる街で育った。幼稚園から高校まで、ずっと同じだ。家だって近所同士で、小さい頃はよく互いの家に遊びに行ったし、時にお泊りすることもあった。

 いわゆる幼馴染である。

 もちろん私が通っている高校にも、この街で育った男子は何人もいる。でも中学高校と進むにつれて話す機会はなくなっていって、異性で付き合いが続いているのは早瀬だけだ。

 私と早瀬が今も休日に一緒にすごしたり、一緒に下校したりする理由。

 本である。

 小さい頃はよく、一緒に本屋や図書館に通った。好きな作家や本の話で盛り上がってきたし、互いに本を貸し借りしたこともたくさんある。成長してからも共通の趣味は変わらなかった。高校生になってからも、本屋で互いにおすすめの新刊本を紹介しあったり、カフェで二人だけの読書会をしたりしてきた。

 恋人みたい、とクラスメイトに羨ましがられるほどに。

 本当に、恋人みたいだと、私は思う。

 だから早瀬が遠くに離れていく未来が現実となった今、体の一部がもぎ取られたような痛みがある。本当は夢に近づいた早瀬をお祝いしければならないのに、つらい。

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