あの子の不思議な行動
「よし、今日も通すぞ!」
明梨の一声に全員が頷く。
新曲、そして残りの2曲をいつも通り順調に進めた後で奏はそういえばと呟く。
「新曲の曲名を決めてなくない……?」
奏の口から出されたその言葉に全員が一斉にそうだったと言うような顔をする。
「え、まだ決めてなかったのか……?」
僕はてっきり曲名が決まっているものだと思っていたのだがどうやらそんなことはなかったようだ。
確かに他の2曲には曲名が書いてあるのにこの新曲だけは曲名が書いていなかった。
「じゃあ、休憩がてら今決めちゃう?」
綾音の提案に全員が賛成し、名前決めをすることにした。
「そもそもこの曲のテーマをどうするんっすか?」
「テーマ的にはこんな感じ。」
奏が出してくれた曲のテーマとしては珍しく、ストーリーラインがしっかりしているものだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
ある森に一匹の小鳥がいた。
小鳥はある日森の動物達と仲良く遊んでいたが、魔が刺して友達のウサギの木の実までも食べてしまう。
周りに冷たい目をされる小鳥。
その小鳥はそのまま自分の巣から動かなくなってしまった。
数年後、小鳥は成長して大人の鳥になっていたが巣から出てくる気配は全くなかった。
そんなある日、鳥は寝ている間にたまたま巣から転落してしまう。
しばらく巣から出ずに飛んでいなかったので飛んで戻ることができない。
そこに通りかかったウサギが助けようとしてくれるが、ウサギは木を登れない。
そこに森の仲間達が駆けつけ、鳥は助けてもらう。
その後、鳥は毎日また飛ぶ練習をし、今ではまた森の中を自由に飛んでいるらしい。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「いい話っすね。でもこの話なんか既視感あるんっすよね……」
そう言って惇はちらっと僕の方を見てきた気がした。
「ま、まぁとりあえず名前決めよう。」
奏はなぜか少し焦ったような顔をして名前を決めることを急かす。
「決めるって言っても名前のアイデアを出さねーと始まんないぜ?」
明梨はドラムスローンに座ってぐるぐると周りながら話してきた後で、目が回ったと言って床に大の字に倒れ込む。
「『バード・メモリー』とかは?」
綾音の案を惇は部屋の中にあるホワイトボードにメモする。
「『バック・フレンド』とかはどうだ……?」
明梨は横になりながら提案を出してくる。
結局なんだかんだで10個ほどアイデアが出てきたが綾音と明梨が最初に出してくれたアイデアが圧倒的に人気が高かった。
「じゃあ、どっちにするか決めるっすよ。」
いつの間にか書記になっていた惇は全員に手を上げさせて票を集めたが、ちょうど票が半分に割れてしまった。
「これは惇の票によって結果が変わるねぇ〜!」
明梨はケラケラと笑いながら惇の方をじっと見ている。
惇の方は決められないっすと言ってオドオドとしてしまっている。
「だったら……『バード・バック・メモリー』とかどう?」
僕は咄嗟に思いついた2つの案を合体させた曲名を提案する。
「お、いいね!それ!」
「いいんじゃない。」
「私はいいと思いますよ?」
「僕も賛成っす。」
メンバー全員が気に入ってくれたようでそのまま名前が決定した。
早速全員で自分の譜面に決まった曲の名前を書き込む。
愛宕祭まではあと3日、そしてこれが終わればまた僕は一旦奏で達とは距離を置くことになる。
「少し、寂しいな。」誰にも聞こえないような声量でそう呟く。
もし、奏達が向こうに帰ったら、その後僕は何をするのだろうか。
またここに来た最初の頃のように畑仕事をする毎日なのだろうか。
そんなことを考えながら僕は空白のタイトル欄のところに油性ペンで大きく曲のタイトルを書く。
「名前だけじゃ寂しいでしょ。」
そう言って勝手に奏は僕の譜面に一羽の鳥とウサギを描く。
「おい!勝手に書くなよ……。」
「じゃあ、私のやつに書けば。」
奏がそう言うならと僕は鳥とウサギを描き返す。
「あれ、二人とも何してるんっすか?」
惇がこちらへと少しニヤニヤしながらやってくる。
「惇、別に変なことは――」
「あぁ、今ここのボーカルの裏のギターのメロディーについて話してたの。ちょうどいいや、惇もパート同じだし聞いていきなよ。」
とっさに奏は嘘をついてお互いに絵を描いたことを隠す。
惇はそのまま騙されたようで奏の話を僕と一緒に聞いている。
ここ数日、奏が僕と一緒にいる時に様子がおかしいことが多い気がする。
僕は奏に何かをしてしまったのではないかと思ったが、もしそうなら関わってこないはずなので別の理由があるはずだ。
しかし、考えても考えてもその答えは出てこなかった。
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