7.目

 生きてるオタクが推し被りを潰そうとする場合は大抵、ツイッターのエアリプで攻撃したり現場に悪い噂を流そうと試みたり自分の味方を増やそうと画策してみたりみみっちくて面倒くさくて回りくどい卑劣な方法をとるものだけど、彼の場合は幽霊だからなんでもありなのだ。もっと直接的な手段を取ってきて、その点では潔いといえる。


 たぶん呪い的な何かで、わたしを推してくれているファン全員をライブに来れなくさせる。


 夜、わたしは明日のライブの告知をツイートする。


《行くよー!》《楽しみにしてるね!》などの、いつもだったら来るはずのリプがまったく来なくて、代わりに、わたしのファンから続々と体調不良を訴えるリプが届く。


《熱が出ちゃって……治って行けたら行くね》

《急に体調悪くなっちゃったよw病院行って様子見る……》


 心配になる。こっそり作ってるわたしのファンのアカウントをまとめたリストを見てみると、みんな寝込んでたり吐き気に襲われてたり39度を示した体温計の写真を上げてたりして完全に病人リストだ。まさかヘラヘラさんの呪いだなんて可能性はこのときのわたしは考えない。とにかく心配だ。ライブには来れなくていいから早くみんなよくなってほしい……。


 よくならない。


 翌日のライブに、わたしのファンは一人も来ない。


 いや一人来る。死んだオタクが。


 20分の持ち時間の間ずっと、彼は最前で音の出ない手拍子を繰り返しながらわたしの顔だけをじっと凝視している。その顔にはヘラヘラじゃない形容できない笑みがずっと浮かび続けている。わたしはようやく気づく。ああ、この人がやったんだ、と。


 わたしを独占するために。


 体調不良を理由に、わたしは物販に出ない。


 心配した望海ちゃんが最寄りの駅まで付きそってくれる。


 家に帰り、電気を点けて、誰もいない。食欲もなく、着替える気も起きず、そのままベッドに倒れ込む。バッグの中のスマホが振動して、重い体を起こして手に取ると、メンバーからわたしを心配するメッセージが届いている。ありがとう。あとで返そう。そのままツイッターを開いて、わたしのファンのリストを見てみる。


 全員のアカウントが動いていない。


「何したの……」


 と思わず出たわたしの声が震えていて、部屋の静寂を際立たせて怖くなる。違う。みんな体調悪くてツイッター開いてないだけだ。うん、きっとそうだ。わたしがツイートすれば、いつものようにいいねやリプをしてくれるはずだ。


 カメラロールから自撮りを探す。今日の出番前に一人で撮ったのが一枚だけあって、ふだんなら載せないレベルのイマイチな写真なのだけれど、ほかにないのでこれでいい。とても今から自撮りしようなんて気持ちにならない。ツイートを作成する。


《今日のライブありがとうございました!

 物販出れなくてごめんなさい。でももう大丈夫です

 ファンのみなさんも、体調崩してる方が多いのかな?

 心配です。早くよくなるように祈ってますね》


 写真を添付してツイートし、待つ。待つ。待つ。


 来ない。誰からも、いいねもリプも、何も。来ない。待つ。来ない。待つ。来ない。来ない。来ない。


 来る。


 短く震えたスマホを手に取り、表示された通知を見て凍りつく。


『ヘラヘラさんがいいねしました』


 震える指で、ツイッターを開いて、投稿したツイートを削除してしまおうとする。


 添付した自撮りが目に入る。


 誰もいなかったはずのわたしの背後で、彼が、真っ黒な目でこちらを睨んでいて、わたしは指すらも動かすことができない。



    (おわり)

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