5.推し変

 その日は新メンバーの望海ちゃんと二人で一緒に帰る。電車の方向が同じなのだ。


 日曜日の夜で、電車はちょっと混んでいたけど二人分の空いてるスペースを見つけて、疲れたから座っちゃお、と並んで座席に腰かける。


 お腹すいたな、と夕飯どうするか考えてたら、


「相談いいですか?」


 と望海ちゃんに持ちかけられる。可愛い後輩。


「わたしでよかったら、なんでも」


 応じると、


「どうしたらファンの人って増えますかね?」


 とアイドルにとっての永遠のテーマを投げかけられる。


「何かあったの?」 


 急にこんなこと訊いてくるなんて何かきっかけがあったのだろうと思い、わたしは訊き返す。


「はい……。そんな、大したことじゃないんですけど」

「なんでも言ってごらんよ」

「実は今日のライブで、わたしのことすごい見てくれてたお客さんがいたんです」

「へー。よかったじゃん」

「そのお客さん、15分間ずっとわたしのこと見てくれてて、目もすごい合って、絶対わたしのこと気に入ってくれたなって嬉しかったんですけど、物販には来てくれなかったんですよ」

「あら。残念だね、それは」

「どうしたらチェキ撮ってもらえるまで、お客さんを惹きつけることができますかね」


 難問だ。わたしだって知りたい。


「今日は来てくれなかったにしても、望海ちゃんのこと気に入ってくれたのは間違いないんだから、また次に観てもらえる機会があったら……」


 と答えながら、ん? とわたしは引っかかる。


 ライブ中はずっと見ててくれたけど、物販には来ないお客さん……。


「どうしました?」

「そのお客さんってどんな人だった?」

「んー、いい人そうでした」

「どの辺にいた?」

「最前の左の方です」

「ステージから見て左?」

「はい」


 誰もいなかったはずなのに。


「あんまり沸かないタイプの人?」

「そうです。手拍子してくれてました」

「じゃあさ――」


 わたしはヘラヘラさんの外見的特徴をいくつか挙げてみる。


「そうです、そのお客さんです。恵那さんも見てたんですね」


 いや見えてなかったんすよ……。


「そのお客さん、前にも見たことある?」

「いえ、今日初めて見ました」

「…………」


 どういうことだ? わたしにだけ見えてたヘラヘラさんが、なんで急にわたしには見えなくなって、望海ちゃんにだけ見えるようになったんだ?


 推し変? なのか? 新メンバーへ推し変?


 推されているアイドルにだけ姿が見えるシステム?


 まじか。オタクは死んでも推し変なんてするのか。グループ内推し変はタブーだっていうのに。ありえない……引くわ。


 黙ってしまったわたしに、


「あのお客さん、知ってる人ですか?」


 と望海ちゃんが訊く。


 おばけだよ、とはまさか言えない。


 わたしは望海ちゃんの横顔を見やる。可愛いもんなあ、この子。まだ高校生で、表情が変わる度に、あどけなさと大人っぽさがコロコロ入れ替わる。


 成仏なんてしてなかったんだ。取られてしまった。わたしのオタクを。


   (つづく)

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