4.最前
交通事故に巻き込まれて。
わたしの生誕祭へ向かう途中に。
ご家族がヘラヘラさんのオタク友達に連絡して、その友達が、「知らせた方がいい」と判断して事務所に伝えてくれたのだそうだ。
「なんと言っていいか分からないけど、そういうことなんだ。残念だ……」
と運営さんがうつむく。
メンバー全員、しばし絶句し、それから一様にわたしへ視線を向ける。
何かよくないことが起こったのでは、というわたしの不安は最悪の形で的中していた。
真っ白な、呆然とした頭で、しかしわたしは、本当だったんだ、と考えている。
本当だったんだ。一番好きだと言ってくれたこと。だって、死んで幽霊になってまで会いに来てくれるなんて、本当に好きじゃなきゃできないよね?
生誕祭には来れなかったけど、こうして最期に会いに来てくれた。きっと、さよならを伝えに来てくれたんだ。
ありがとう、と心の中でつぶやいたら、温かい涙が頬を伝った。さよなら、とまた声に出さずにつぶやいて、わたしはその涙を拭った。
のであったが。
次の日のライブにも霊になったヘラヘラさんは来ていて、あれ? 最期にさよならを伝えに来たって解釈はわたしの勘違い? とわからなくなる。
勘違いだったっぽい。
その次のライブにも、またその次のライブにも、幽霊になったヘラヘラさんは来てていつもの最前でわたしを観ている。その次も、その次も、さらにその次のライブも来てて、生きてた頃よりも出席率高くなっちゃってもはや完全な常連客だ。
怖がらせたり気味悪がらせたりしたら嫌だから、ほかのメンバーにも誰にもヘラヘラさんが通い続けていることは言わないようにしている。幽霊であっても、死んでても、わたしのパフォーマンスを見てくれる人が一人でも多くいるってのはありがたいことだ、とわたしは思うようにする。
四十九日でいなくなるのでは? と考えたけど、いなくならず、季節が変わってもヘラヘラさんはこの世に留まってわたしのライブに通い続ける。
ライブを重ねて、わたしを推してくれるファンが少しずつ増えてくる。
メンバーの卒業があり、新メンバーの加入もある。
ヘラヘラさんは相変わらずわたしだけを見てて、わたしにだけ見えてて、しかし、ある日急に、何の前触れもなくいなくなってしまう。
その日のライブでステージに出たとき、最前上手に目をやると、いつもわたしを見ているヘラヘラさんの姿はなく、そこだけぽっかりスペースが空いていた。
あれ? どこ行った?
とフロア全体を探すが、どこにもいない。曲が始まっても、次の曲になっても、持ち時間が終わっても、ヘラヘラさんの姿はずっと見えないままだった。ヘラヘラさんのいないライブは生誕祭以来で、ずいぶんとひさしぶりだった。
ついに成仏したのかな?
と楽屋にもどりながら思う。なんだか寂しい気持ちもあるけど、ヘラヘラさんが天国にいけたのならそれは喜ばしいことだ。やっぱり幽霊がずっとこの世にとどまり続けるなんてよくないことなんだ。
もう二度と姿は見れなくても、会えなくても、ヘラヘラさんがわたしのことを推してくれていたという幸せはずっとわたしの中に残り続ける。
ありがとう、さよなら、とまたいつかみたいに心の中でつぶやく。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。