3.物販
次の日も、その次の日も、ヘラヘラさんのアカウントは一切動かなくて、わたしの心配はいや増す。
スマホ落としたとか? でも3日も4日も動かないなんてさすがにおかしい。やっぱり何かよくないことがあったのでは……と色々こわい想像もして、でもわたしにそれを確認する手段はなくて、もやもやを抱えたまま次のライブに臨んだら、最前上手、いつもの場所に、ヘラヘラさんは普通に立っててわたしは拍子抜けする。
なんだ。
って脱力と、安心と、心配させやがってってムカつきと、色んな感情が同時に湧き起こっちゃってよくない。パフォーマンスに集中しなくては。
ヘラヘラさんは沸くタイプのお客さんではなくて、一番前で手拍子をしながらずっとわたしだけを見てくれている。だからわたしがヘラヘラさんにレスを送ると必ず目が合う。
どうして生誕来てくれなかったんだろ? 物販のとき訊いちゃって大丈夫かな、訊かないほうがいいかな、なんてことをチラチラ考えながら歌って踊って、でもそのあとの物販にヘラヘラさんは来てくれない。
並行物販だったから、ほかのグループのライブを観てるのかな? あとで来てくれるかな? と思って待ってるけど、来ない。
最初の頃よりは少し長くなったわたしのチェキ列が途切れて、暇になって、フロアへの出入り扉に目をやるけど、ヘラヘラさんは出てこない。
今度は別の不安がわたしの心に形を成してくる。
何か、嫌われるようなことをしちゃったんだろうか。
生誕に来なかったのも、そのあとツイッターが動いてなかったのも、わたしのことが嫌いになっちゃったからなんだろうか。
別のアカウント作って楽しくオタクしてるのかな……でもさっきのライブ中はいつも通り楽しそうにしてくれてたけどな……とぐるぐる考えてたら、
「どうしたの?」
同期のあかりに顔を覗き込まれる。
「ん? 別に」
と誤魔化そうとするけど、顔に出ちゃってたようで、
「だいじょうぶ?」
と心配してくれる。
うーん、どうだろ。だいじょうぶだけど、気になる。話してみる。
「ヘラヘラさん、ライブ観てくれたのに、物販は来てくれないなーって」
「え?」
とあかりは首をかしげて、
「今日、来てた?」
「来てくれてたよ」
「どの辺にいた?」
「いつものとこ」
「うそ。気づかなかった。いつものとこって、最前の上手だよね?」
「そうそう。観てくれてたよ」
「えー全然気づかなかった」
「まあ、あかりのお客さんじゃないからね」
ヘラヘラさんはこのグループではわたしとしかチェキを撮らない。
「いや、でも何回か見たよ、最前の上手。いなかったよ」
謎に食い下がってくる。
「いたから。わたし見てたから」
何回もレスを送った。
「どんな格好してた?」
「青っぽいTシャツ着てた」
「えー、いたかな」
「いたって」
「顔知ってるお客さんは気づくと思うんだけどなあ」
結局、この日の物販にヘラヘラさんは来てくれなかった。
楽屋に戻ってからも、あかりは「いなかったと思うんだけどなあ」と言ってきてしつこい。わたしのお客さんをなかったことにされてるみたいで、ちょっとムカッとして、ほかのメンバーにも訊いてみる。
「今日、ヘラヘラさん来てたよね? ライブ」
全員、さっきのあかりと同じリアクションをする。首を傾げる。
たがいに顔を見合わせて、
「いた?」
「わたしは見てない」
「わたしも」
「来てたの気づかなかった」
なんだこれ。どうしてわたししか気付かなかったの……と困惑してたら、運営さんに集合をかけられて、なぜか神妙な面持ちで、その場で、先週の日曜日にヘラヘラさんが亡くなっていたことを知らされる。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。