新婚生活が始まった! でもなんか違わない!? 嫁と始める初心な同棲生活!!

夕日ゆうや

第1話 手をつないだ

 2023年4月15日土曜日。

 宮城県仙台市宮野みやの浅紅せんく五丁目六の八。

 仙台市にありながら、電車の通らない街。

 バスが基本のこの街で、とある夫婦がマンションで暮らしていた。

 春風吹き荒れる春の頃。

 窓から見える景色は住宅街である。

 俺は紅茶をいれると、リビングのソファに腰をかける。隣にはあずさがいる。

宏斗ひろと。なんだかわたしたち、夫婦っぽくない気がするよ」

「え。そうかい?」

 確かに俺たちは夫婦らしいことはしていない。

 どちらかと言えば同棲? でもドキドキするようなことはない。

 まるでこれでは兄弟と暮らしているみたいだ。

「で、でも。俺たちはちゃんと挙式もあげたし」

「うーん。ドキドキしなくなっちゃた」

 それはマズい。

 頭の中に《離婚》の二文字が流れてきて、俺はさーっと血の気が引いていくのを感じた。

「いやいや。これからだ」

「? どういうこと?」

「俺が梓をドキドキさせてやるって!」

「ふふーん。できるかな~?」

 イタズラっ子みたいな笑みを浮かべる梓。

「やってやるさ」

「宏斗は何を考えているのかな~」

 ニヤニヤと笑みを浮かべると、金色のショートヘアを揺らしてこちらに顔を近づける。

 翠色の瞳がすーっと細まる。

 挑発的な笑みだ。

 俺はそのまま、梓の顎を持ち上げる。

 いわゆる顎クイってやつだ。

「キス、してもいいだぜ?」

 イケボで言うと顔を赤くする梓。

 これならドキドキしただろ?

 俺はニヤリと口の端を歪め優越感に浸る。

「ば、ばっかじゃないの!? それでわたしが喜ぶとでも?」

「喜ばないのか!?」

「そんなわけないじゃん。バカ宏斗」

「そ、そうなのか……」

 俺ってば昔から女心を分かっていないと言われて育ってきたからな。

 確かに分からないのかも。

 でも、俺だって梓と結婚できて嬉しかったんだ。

 それなのに、倦怠期みたいになって梓を失望させたくない。

「これ、飲むか?」

 俺が紅茶を薦めると、梓はきょとんとした顔を見せる。

「いや、わたしのあるし……」

 炭酸ジュースを飲む梓。

「むむむ」

 本来なら間接キスになって少しドキドキさせようとしたのに。

「あれ~? もしかして飲んで欲しかったのかな?」

「い、いや。まあ……」

「今更、間接キスで恥ずかしくないでしょ?」

「そう、だね……」

 戸惑いながら言うと、梓も少し顔を赤らめる。

「ちょ、ちょっと。本気で思っていたの? わたしたち、夫婦だよ?」

「いや、だから。夫婦っぽくないじゃん?」

「うん」

「だからカップルっぽいのもしたいなーって」

「そうなんだ」

「そしたら間接キス、かなって……」

「ふふ。相変わらずずれているね。宏斗」

「う、うっさい。なら梓ならどうするんだよ」

 俺はクッションに顔をうずめて呟く。

 きっと顔が赤くなっているだろう。

「そ、そうね。手、つなごうか?」

「う、うん……」

 俺は梓の言う通り、手をつないでみる。

 体温が伝わってくる。

 すべすべで柔らかな感触。

 こんなにしっかりと握ったのは久しぶりだ。

 恋人のときはしっかりとやっていたのに、夫婦になってからは安心したのか、やらなくなった。

 倦怠期みたいになっていた。

 こんなこと一つでこんなにもドキドキするんだ。

 やっぱり恋愛ってむずかしい。

 夫婦になっても、このドキドキ感を守っていかなければならない。

 そう思えた。

「宏斗、手が角張っている気がする」

「そういう梓は女の子らしい手だね」

 かぁーっと顔が熱くなるを感じる。

 なんで。

 なんで手をつないだだけなのに。

 こんなにもドキドキするんだ。

 これでは心臓がもたない。

 俺はそっと手を離すと紅茶を口に運ぶ。

「な、なんだか、恥ずかしいね」

 梓はそう言い炭酸ジュースを飲む。

「ちょっと熱いね。エアコンの温度下げるね」

「うん。いいね」

 エアコンのリモコンをぴぴと操作して室内温度を下げる。

「そういえば、さ」

 梓はぎこちない様子で口を開く。

「なんで、宏斗はわたしを選んでくれたの?」

「優しい性格で、顔が可愛いし、それに俺と馬が合うから、かな……?」

「ふーん」

 口を酸っぱくして言う梓。

「じゃあ、梓はどうなんだよ?」

「どう、って。その性格いいし、イケメンだし?」

 なんで疑問形なんだろう。

「好きっていうのに理由なんていらないんじゃない?」

 梓はそう言って炭酸ジュースを飲む。

「そういえば梓は炭酸が好きだね」

「ん。しゅわーって目が覚める感じ」

「確かに。でも紅茶の方がじんわりと染みない?」

「うーん。そうかな?」

 そっとその手に触れてみる。

 怖ず怖ずとお互いの手を握り合う俺たち。

 このまま、永遠につながっていたい。

 そう思える幸せな空間だった。

 やっぱり恋人って、夫婦っていいな。

 クスッと笑みを零すと梓が不満そうにムッと表情を変える。

「な、何ひょ?」

 噛んでいるし。

「いや、幸せだなーって思って」

 それまでハの字になっていた眉を解く梓。

「それならわたしも感じているよ。幸せだね」

「このままこうしていたいなー」

「ふふ。宏斗って素直だよね?」

 そうなのか?

「自分ではよく分からないけど」

「いいの。それでいいの」

 うんうんと頷く梓。

「やっぱり可愛い♡」

 梓はニヘラと笑う。

 その顔を見て、動悸が速まるのを感じる。

 手をつないでいるだけなのに。

 笑顔を見ているだけなのに。

 それでも、俺はドキドキするし、浮ついた心になってしまう。

 やっぱり夫婦っていい。

 でも、彼女がどう思っているのか、気になる。

「あ。えっと」

 梓とまた顔を見合わせるとドキドキして言葉が思いつかなくなる。

「へへへ」

 そんな気色悪い笑みが零れる。

 そっと頬に触れてくる梓。

「ずっとこうしていたいね~♪」

「う、うん。でも」

 ちょっと満足していないかも。

 もっと何かあってもよい気がする。

 まあ、まだいいか。

「でも?」

「なんでもないよ。まだいいんだ」

「まだ?」

 梓は小首を傾げている。

 もしかして、梓は手を握っただけで満足している?

 なら余計に言い出せないじゃないか。

「むむむ。男心は分からないものね」

「いやいや、それを言うなら女心も分からないって」

 クスッと笑みを零す俺。

「そうかな? 意外と単純だよ?」

「いや、わからんて」

 俺がここまで来るのに長い道のりがあった。

 でもそれもこれも梓の態度に振り回されたものだ。

 まったく。

 梓に一途だったのに、全然振り向いてもらえなかったんだから。

 俺はそう思う。

 だからこそ、梓の気持ちは分からない。

 でも、今はこうして手をつなぎあえている。

 夫婦になれている。

 その喜びは筆舌に尽くしがたい。

 世の中、結婚できない人も多いのに、二十六で結婚できたのは幸せなのかもしれない。

 自分の帰る家があって、家族がいる。

 こんなに嬉しいことはない。

 やっぱり俺は幸せ者だ。

 まあ、梓の気持ちはまだ分からないことが多いのだけど。

 それもこれから分かっていけばいい。

 梓は優しいからあまり怒らない。

 怒らないからいいって訳でもないけどね。

 こっちもある程度、察しないと。

 つなぐ手をぐっと引き寄せる。

 そしておでこにキスをする。

「ちょっ! ちょっと。そんないきなり……」

 顔を背けて耳まで赤くする梓。

「いいじゃないか。これくらい」

「もう。手をつなぐだけかと思った」

「これからどんどんドキドキさせてあげるんだから」

 俺はそう言い、手のつなぎ方を変える。

 指と指を絡ませる、いわゆる恋人つなぎだ。

「も、もう……」

 仕方ないな、と言った顔で応じる梓。

 そんな顔も可愛い。

 俺のお嫁さん、マジで可愛い。

 いや他にいないだろ。こんな可愛い子。

 やっぱり俺は恵まれている。

 もう手放さない。

 俺はこの幸せを守り通してみせる。

 絶対に。何が何でも。

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