第22話 人生の分岐点

「お姉ちゃん、今日は時間取ってもらってありがとうね」


「いいよいいよ」


 実家から数分歩いた所にある喫茶店。その店内にわたしはいた。懐かしいな。あの頃と全く変わってないや。アンティークな内装も磨かれたカップも、コーヒーを挽いている器具なども……。わたし達は中学三年から高校一年にかけて二年間、学校帰りにこの場所で、他愛もないお喋りに花を咲かせた。初めて麻友に山下雅孝を紹介されたのも、ここだった。


「ご注文は?」


 昔から変わらない無愛想なマスターが注文を取りに来て、わたしと麻友はアイスコーヒーを注文した。


「お姉ちゃん、わたしに何か言うことない?」


「言うこと……」


 謝らなくてはならないことなら、たくさんあると思う。麻友に話さなかったこと、麻友のラインや電話を無視したこと。そして、反対されると分かっていてAV女優になったこと。


「麻友、ごめんね。何も言わなくて……」


「それはいいよ。それよりねえ、お姉ちゃん……家に帰って来ない?」


「えっ!?」


 今更どの面を下げて帰れると言うのだ。


「お姉ちゃんが意地っ張りで、責任感が強くて、突っ走ったら、周りなんか見えなくなることは知ってるよ。でもね……」


 麻友はわたしをじっと見た。その瞳は涙に濡れていた。


「お姉ちゃんがやってることは間違ってる。お父さんもお母さんも心配してるんだよ」


 家族に反対されるのは分かっていた。後ろめたい気持ちはある。でも……。


「ごめん、それはできない」


 生半可な意志で家を出たわけではない。アイドルになりたかったから、決死の覚悟で家を出たのだ。


「どうして、このままじゃ、みんな不幸になるよ。そして、お姉ちゃんは壊れちゃう」


「みんなって、どう言うこと!? 雅孝くんとは?」


「多分……、破談になると思う」


「なぜ、麻友には関係ないでしょう!」


「関係あるよ。家族だもん」


「雅孝がそう言ったの。なら、呼び出してよ、わたしがちゃんと話しつけてあげるから……」


「違うよ。雅孝くんは関係ない。お姉ちゃんも知ってるでしょ。彼ね、わたしにベタ惚れなんだよ」


 麻友は少し頬を染めてそう言った。そうか、高校一年のあの頃と変わらなかったか。それを聞くと少し安心した。


 ここで麻友に初めて雅孝を紹介されたのは、高校一年の夏休み前。まだ、アイドルになるなんて考えてもいなかったわたしは、妹が初めて男の子を紹介してきたのに驚いたのだった。


 雅孝の一目惚れだったらしい。ラブレターなんて言う古風な方法で屋上に呼び出され、告白された。麻友も雅孝のことが好きなことは、わたしが話せばすぐに分かった。



◇◇◇





「で、付き合っちゃうの?」


「お姉ちゃんは、どう思う?」


 だから、その時軽い気持ちで麻友の表情を見て結論を下した。その顔を見たらわたしが言わなくても分かるよ。


「麻友、雅孝くんのこと好きじゃない。なら、付き合っちゃえばいいんだよ」


「でも、何かあったら……」


「馬鹿だなあ。失敗を恐れてたら何もできないよ」


 こんな恋愛未経験者に相談すること自体間違ってるんだけどね。でも、ふたりはずっと一緒がいいな、って思った。そのくらいふたりはお似合いだったのだ。



◇◇◇



「なら、考える必要ないんじゃない。なぜ、破談なんて言うの」


「雅孝くんのご両親が結婚・・に反対してるんだよ」


 結婚の2文字にハッとした。そうか、ふたりの関係はそこまで進んでいたんだ。わたしの中では、高校一年のあの時で止まっていたのだ。


「わたしと麻友は関係ないよ」


「結婚となると話は別だって……、雅孝くんも必死に説得してくれてるんだよ。でも、変な方向で有名になっちゃったでしょ。芸能雑誌などにも普通に載ってるし」


 わたしのせいだ。なんとかしてあげないと……。麻友の言葉を聞いていると、もういてもたってもいられなくなった。


「行こうよ。雅孝くんの家に……」


「えっ……、ええええええっ!!!!」


「ちゃんと話さなくちゃ、わかってくれないよ」


「そのAV女優を分かってもらうのは無理だって……」


「わたしに考えがあるんだよ」


 今まであった複雑に絡み合った将来への選択肢の数々。でも、麻友のピンチを救う選択肢は、ひとつしかなかった。雅孝の両親を説得しなければならない。今の仕事ならば、わたしでも反対する。


「ほらほら、行くよ」


「お姉ちゃん、急すぎるよ。お願いだから立ち止まってよ。わたしが雅孝くんに相談して、会える日を決めてもらうからさ」


 雅孝の家に行こうと歩き出したわたしの手を麻友は思い切り握った。子供の時からそうだったな。わたしはどんなことでも後先考えなかった。


 小学生の時、麻友が虐められて泣いて帰ってきた。わたしは何も言わずに親の家に一人で殴り込んだ。相手の親御さんは良識があったから良かったけども、もしそうじゃなかったら、どうするのと母親から怒られた。


 わたしは典型な猪年の猪だ。突っ走ったら、止まらない。だから、昔は麻友がいつもストッパーになってくれていた。


「分かった。日にち調整してね。絶対行くからね」


「なにか方法があるの?」


「秘密……だよ」


「変なお姉ちゃん。でも……、今のお姉ちゃん見てたら、ちょっと安心した」


「どうして!?」


「AV女優なんてなっちゃったから、わたしの知らない人になっちゃったと思った。でも、会って分かった。お姉ちゃんはお姉ちゃんだ」


「当たり前でしょう」


「お姉ちゃん、よろしくお願いします。それとね、今の仕事、ほどほどにしておいてよね」


「分かった。どうせ今決めた選択をしたら、しばらく休まないとならないよ」


「選択!?」


「なんでもない」


「変なお姉ちゃん。それと、お願いだから、メールや電話には出てよね」


「それはごめん。これからは絶対無視しない」


「なら、もう怒らない」


 麻友はわたしの方を見て笑った。結局、麻友はわたしをなじることも、軽蔑することもしなかった。核心部分について何も聞かれないことは正直苦しい。本当なら、もっと言われた方が気が楽だった。


 やはりわたしは、もう一度夢を追いかけてみよう。麻友のため、そしてわたしのため、わたしは夕焼に背を向けて、そう誓った。




◇◇◇




意外な方向で人生の分岐点になるのかも?


さてさて、どうなるんでしょうね


とりあえずAV女優の契約は10本撮り契約になってます。

途中で辞めるのも難しそうですが……。


応援いつもありがとうございます。


今後ともよろしくお願いします。

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