第21話 身バレ
「未来、おめでとう!!」
家に帰るなり、わたしは未来に抱きつき、そのままベッドに押し倒す。
「ちょ、ちょ、ちょっと……」
「ダメ……かな?」
「沙也加……ダメ……じゃないよ」
期待した未来の潤んだ瞳。やばいやばい……、このままじゃ、わたし行くとこまで行きそうじゃん。内心焦っていると、お腹がグゥって鳴いた。
「でも、それよりもお腹空いたよ」
「あははは、それもそうよね……わたし、演技のことで頭がいっぱいで、今日は食べ物も喉を通らなかった」
「わたしもだよ。おめでとう。今日はわたしが作るよ。未来が頑張ったお祝いだよ」
「うううん、わたしが作りたい。それより沙也加はケーキを買ってきて欲しい」
「ケーキなら作ろうよ」
「作る材料とか揃ってる?」
「いや……」
「じゃあ、買ってきてよ。ご飯は用意しとくからさ」
「分かったよ。それにしても未来頑張ったね。髪の毛は大丈夫?」
「明日でも、美容院で整えてもらうよ」
「うん、それがいいよ。でも、未来はロングもいいけど、その髪型も似合うよ」
「ありがとう……、頑張って良かった」
「びっくりしたよ。まさか本当に髪の毛を切るなんて……」
「優奈の演技見たら、これくらいしないと勝てないと思った」
そうか、未来も感じていたんだ。
「結果的には髪を切って良かったね。池田先生にも認めてもらえて」
「先生には感謝しかないよ。先生がいなければ選ばれなかった。でも、嬉しかったな。夢にまで見た先生に会えただけでなく、あんな素晴らしい言葉をかけてくれるなんて……」
「おめでとう、未来。これで舞台女優の道へ一歩近づいたね」
わたしは未来の頬に優しくキスをすると、立ち上がった。
「じゃあ、ケーキ買ってこないとね。行ってきます」
敬礼のポーズをしてみる。
「ふふっ、何をやってるのよ!」
「行ってきますの合図だよ」
「おかしいよ、それより……ねえ、……」
「どした?」
「沙也加と一緒にベルサイユの公演やりたいな」
その件については今、頭の中がグチャグチャで全く整理がついてなかった。もちろんチャンスだとは思う。でも、わたしが舞台に立っていいのか、分からなかった。もしかしたら未来の足を引っ張ってしまうかもしれない。そう考えると簡単に答えが出なかった。だから……。
「ちょっと考えさせてね」
ちょっと笑ってそれだけ言った。未来もわたしの気持ちがわかったのか、無理強いすることもなく、ただ一言。
「納得するまで考えてね。わたしも相談に乗るよ」
とだけわたしの瞳をじっと見て言った。
玄関を開けて、外に出る。そこにはオレンジの絵の具を空にぶちまけたような色鮮やかな夕焼けが広がっていた。
「綺麗だなあ」
思わず独り言を言ってしまう。この空を見上げていると、わたしの悩みなんてどうでもいいように感じた。
「さて、ケーキ、ケーキ……」
出来れば専門店のホールケーキを買いたい。今日は特別な日なんだ。
ケーキショップは電車で数駅行ったところにあった。店は有名店ではないけれど、日によっては長蛇の列ができる人気店だ。
ケーキ作りは職人の腕が大きく影響する。店の味は職人が変わるだけで大きく変わってしまう。
わたしは有名店よりも、こう言うメジャーじゃないけれども地元のファンがたくさんいる老舗店が好きだった。
「よし、苺のショートのホールケーキにしようかな」
と、小走りでケーキ店に足を踏み入れると絶対会いたくない娘がいた。しまったと思った。さりげなく小さな声で間違えたと言って、踵を返して、店を出ようとした。
「おねえ……ちゃん」
「人違いじゃないかな」
「馬鹿……」
背中越しに妹の言葉が突き刺さる。わたしのたった一人の妹。わたしがアイドルになれた時、自分のことのように喜んでくれたわたしのファンだ。だから辞めてから、ずっと電話もメールも無視してきた。とても言える筈がなかった。
わたしは無視するわけにも行かずに、振り返り妹の麻友を見た。麻友はわたしほどサバサバとしておらず、どちらかと言うと未来に近いタイプだ。
「この店、今でも利用してたんだね」
「うん」
そうだ。この店を利用する限り、いつかは麻友や両親に会ってしまう。それでもここを選んだのは、無視を続けたくないと言う心の叫びがあったからに違いなかった。
アイドルを辞めてから今日まで、両親や麻友から逃げてきた。もちろんAV女優になるなんて言ったら辞めとけと言われるのが分かっていたからだ。
「ちょっと時間あるかな」
「そろそろ帰らないと……」
なんとか逃げようと後ずさった。後ろめたさが一杯で、麻友の純粋な視線が痛かった。麻友はアイドルになってからもずっと連絡を取り合い喜怒哀楽を分かち合ってきた仲だ。けれど、AV女優のことは相談できなかった。
「また、逃げるの!?」
その真摯な視線が突き刺さるように痛い。
「いや、そうじゃないけども……」
「少しの時間でいいんだよ。お姉ちゃんと話したい」
ここまではっきり言われるとノーと言えるわけがない。
「同居人が待ってるから、ちょっとだけならね」
「うん、分かった……、近くの喫茶店に行こうか」
「分かった。その前にケーキ買わないとね」
「お姉ちゃん、ホールケーキ買うんだね」
「うん、今日のお祝い」
「何かいい事あったの」
「わたしじゃなくて、同居人のね」
「その人も……、そのAV女優……をしてるの」
「えっ……」
わたしが慌てて妹を見ると歯を噛み締め震えているのが見えた。わたしは思わず唾を飲み込む。当たり前だ。麻友がこの選択を支持してくれるわけがない。
この話、長くなるなと感じたわたしは、家にいる未来にごめん、遅くなるとだけラインをした。
――――――――
身バレの会です。
次回も続きます。
一難去ってまた一難ですね。
応援ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。
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