第20話 意外な申し出

「沙也加、ちょっと降りてきてよ!」


 わたしが降りて行くべきか迷っていると未来が嬉しそうにこちらに向かって手を振ってきた。


「えと、その……」


「行ってあげなよ、ほら……」


「えっ、でもわたし、そこまでベルバラのコアなファンでもないし……」


「でも、知ってるんだろ」


 そりゃそうだ。わたしも未来の影響で全巻読破した。凄く、面白かった。フランス革命の中、価値観が大きく変わる時代に翻弄されたマリーアントワネット。


 オーストリア人の彼女の人生に大きく心を打たれた。そして、その最期に涙した。


「降りてきてよ、沙也加さん」


 池田先生も嬉しそうにこちらを向いて笑った。70歳という年齢を感じさせない姿に驚かされる。漫画家と言うのは年老いても、感覚は少女のその時のままなのだ。そう感じさせられた。


 わたしが一段一段と降りて行くと微笑む池田先生とオロオロしている監督とわたしを思い切り睨みつける朝倉の姿があった。


 他の出演者は落ちたと分かって帰ってしまった。受けた動機もあわよくば、といったところだったのだろう。未来とは覚悟が違いすぎた。


「わたし、あなたのこと好きよ」


「へっ!?」


「わたしね。あなたのファンだったの」


 えっ、池田先生がわたしのことを知ってる。嘘みたいな話だった。確かにフラワーズは一時期お茶の間の話題をさらった。


 それでも池田先生がわたしのファンだったと言うのは信じられなかった。


「あなたは知らないかもしれないけどね。ベルサイユの薔薇の演技でオスカルを演じてくれたでしょ。あの時に、あのオスカルに心奪われたわ」


「そんな、あの演技はどちらかと言うと棒演技で……」


「知ってる。そんなに上手くはなかったね」


「じゃあ……なぜ……」


「輝くものを見てしまったのよ。勿体無いと思った。ちゃんとした演技指導がされてなかった。でも……」


 池田先生はそこで一つ言葉を溜めた。先生は嬉しそうに微笑んだ。その表情はやっと会えた、と言っているようにさえ感じた。


「あなたのオスカルはわたしが描いたオスカル像に一番近かった。本当はわたしから声をかけたかったのよ。でも、そう言うわけにいかないでしょう。本当に良かったわ」


 池田先生がわたしをオスカルに起用しようとしていると感じた監督が慌ててわたしの目の前に立つ。


「いくら池田先生でも、それはダメですよ。映画は人気商売です。その……」


「そうですよ。池田先生!! こいつはAV女優なんですよ!!」


 ここに朝倉が追い打ちをかけてきた。


「だから……、わたしは何度も言ったけども、今の仕事がどうこう言うつもりはないわ」


「ですが……お考え下さい。出演者がAV女優では、人気に影響します。それに……」


 朝倉はわたしを睨みつけた。


「今の時代はSNSなどで、悪い噂は大きく広がってしまいます。流石にAV女優とか、ダメですよ。映画の方にもきっと影響するはずです」


 確かにそうだ。朝倉個人への恨みは別として、わたしが出ることによって、変に揶揄されること間違い無いと思った。


「古くさい……ね」


 池田先生はその言葉を悲しそうな表情で一蹴する。


「いつの時代の話よ。今はAV女優が芥川賞候補になる時代なのよ」


「それとこれとは……」


「違わないわよ。それにオスカルは可愛さを売りにしないわ。男装の麗人、沙也加さんのイメージに凄く合ってる」


 今はAV女優で可愛さを売りにしてるんですけど、と一瞬頭を過ったが確かにそうだ。オスカルであればマスコミが騒がなければSNSでそう問題にならないかも知れない。


 夢みたいな話だった。わたしがオスカルを演じることができるかも知れないなんて。


「それにね。AV女優だからって、裏稼業じゃないでしょ。今の時代、AV女優だって演劇に出てるでしょう。朝倉プロデューサーなら知ってるはずですけどね!」


「それは……」


 わたしはどうすべきなのだろうか。もう一度、高みに望めるチャンスがそこにある。それは凄くありがたいことだ。


 池田先生がわたしのファン。こんな嬉しいことはない。わたしはどうすべきか。


「池田先生、各所の調整が必要かも知れませんよ。とりあえず今、この話は一時置いてくれませんか。それに……」


 山崎先生がわたしの側に来て、池田先生の話に対してすぐ決めるのは難しいと言う。


「オスカルもマリーアントワネットと同じように演技を見て判断なされるのが良いでしょう。沙也加にも考える時間が必要だと思いますし」


「それもそうね。それがいいわ」


 池田先生はわたしの側に来て手を握った。


「あなたがどんな決意でAV女優になったか、わたしには分かる。そんなあなただからこそ、きっとオスカルは相応しいと思ってる。次のオーディションに出てくれるの、楽しみにしてるわ」


 こうして大きな波乱を残しながらも、オーディションは幕を閉じた。


 どうすれば良いのだろうか。わたしがオスカルをやるのであれば、AV女優は続けられない。もちろん一生、AV女優をしようと思っていたわけではないが。


 わたしはどうすれば良いのか。自分のことになるとどうしていいのか分からず、ずっと悩んでしまった。



――――――



いきなりチャンスですが、そう簡単に行くものでしょうか。


とりあえず未来ちゃんマリーアントワネットで決まりました。


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