第18話 マリーアントワネット

 監督は原作者に話しかけた後、演技指導に入った。


「皆さん、これから行う演技はマリーアントワネットの最後のシーンです。髪を切られるシーンから、断頭台に向かう最後のシーン。台詞は、神様、力をお貸しください。最後の瞬間まで。さあ、見るがいい。これがフランス王妃の死に方です。……こちらでお願いします」


 これはベルバラに登場するマリーアントワネットの処刑シーンだ。実話だからこそ、泣ける非業の最期を遂げるマリーアントワネットの名シーンだ。


 未来を見ると少し涙ぐんでる。


「このシーン、何度も見たよ。小説も読んだし、マリーアントワネットはなぜ死ななければならなかったの、ってずっと思ってきた」


「その気持ちを言葉にすれば、きっと上手くいくよ。頑張って」


 わたしはそっと未来の手を握った。


 三十分の休憩を挟んで、未来たちは、控え室に入って行った。


 演技を行うのは三十人だ。人数は多いがこの世代でいきなりベルバラを演技するとかハードルが高すぎるだろう。


 一人目がやってきた。可愛い女の子のたどたどしい演技は初々しいしいが、とても断頭台に行き処刑される姿には見えない。


「お遊戯会かな?」


「これ、沙也加……誰かに聞かれたらどうするんだよ」


 そう言いながらも悠一も同じように思ったのか苦笑いをしていた。


 2人目、3人目と登場するが、どれもど素人の演技だ。その証拠に見ている原作者、監督ともに非常に厳しい目をしていた。


「これが続くんですか?」


 池田先生が少し厳しい口調で、監督の方を見て言った。確かにこれを見続けるのは堪らないだろう。ベルバラを馬鹿にしてるのかと言われてもおかしくなかった。


 結局、ほぼ変わることなく演技が続き、優奈の出番になった。


 優奈は断頭台にふらふらと近づいていき、髪を切られる演技をし、髪を左右に振ると跪き、両手を胸に充てて、涙を流した。


「神様、……力をお貸しください……、最後の瞬間まで……」


 目の前を見据えて、ゆっくりと立ち上がる。


 会場をぐるっと見渡して、哀しそうな瞳で唇を噛んだ。


「さあ、見るがいい」


 手を強く握り、脇目も振らずに断頭台の前まで……。


「これが……、フランス王妃マリーアントワネットの死に方です!」


 そのまま倒れた。


 これはどう言うことだ。こんなに優奈の演技は上手くなかったはず。三十分前に内容を聞いたにしては、上手すぎた。


「これは、一本取られたね」


「やはり、演技指導入ってるよね」


「だよね、流石にど素人の演技で、選ばれたらおかしいと言われかねないし、事前に内容を知っていて、演技指導も一人だけきっちりやってきたと考えるのが自然だね」


「これはヤバいかな」


 流石は、裏街道をまっしぐらに突き進んでいる朝倉だけのことはある。多少怪しくても演技が上手ければ問題にならない。原作者の顔を見ると今までの棒演技では見られなかった嬉しそうな表情が見てとれた。


「この娘で決まりですかね」


 監督が池田先生に嬉しそうに話しかけるのが見えた。あまり大きな声は出してないが会場が小さいからよく聞こえる。


「それは分かりませんわ。後一人いるでしょう」


 池田先生はそう言って最後の演技を待った。


 未来が会場に姿を現した。本当は大きな声で応援したい気分だが、それは我慢……。


 未来が左右をキョロキョロと見る。どうしたのだろうか。


「この髪の毛がわたしの唯一残ったプライドだった」


 驚いた。未来は台本にない台詞を語り出したのだ。そうだわたしも未来ほどマリーアントワネットに詳しくないが、髪を切られる時、彼女はすごく哀しんだと言われている。


 殺されることがわかっているのになお、王妃であると言う事にこだわったマリーアントワネットの最期を語る名台詞だ。


「嘘、嘘でしょ!」


 未来は髪を切られるシーンで、腰まで伸びた自分の髪を本当に切り落とした。


 会場がざわめき出す。


「誰か止めろ、演技をしろと言ったのだ。本当に切れとは……」


「監督、黙ってくださる」


 池田先生が監督を睨みつけた。その目が未来に注目している。


「さあ、続きをお願いします」


 髪を切った未来は、跪き泣いた。その表情は未来ではなくマリーアントワネットが乗り移ったようにさえ見えた。


「神よ、お力を……お貸しください」


 握った手をゆっくりと上に上げていく。視線もそのまま上を見上げた。


 そうだ。マリーアントワネットは、神に力をなぜ貸して欲しいと言ったか、今にして思えば分かる。断頭台に行く勇気がないからだ。


「最期の瞬間まで……!!」


 目をカッと見開き、視線を会場に移す。睨みつける表情で群衆を見ているのだ。


 そのままゆっくりと立って歩き出した。断頭台に着いた時に大きな声で叫んだ。


「さあ、見るがいい。これがフランス王妃の死に方です!!」


 そう言って断頭台に首をつけるような演技をした。


「こんな台本にない台詞、許可した覚えはないぞ」


 後ろから朝倉が叫ぶ声がする。彼も気づいたのだ。これでは負けるかもしれないと焦ったのだろう。


「それはおかしいわ。ちゃんと台詞は言ってますもの。追加したらいけないとは言ってませんわよ」


 池田先生が朝倉を思い切り睨みつけた。


「これで未来の勝ちは決まりだよね」


「それはどうだろうか。池田先生は未来に入れるだろうが他の審査員が未来に入れるとは思えない」


 そうだ。この審査は形ばかりで本来は優奈で決まってるのだ。なんとかならないものかと、わたしは思った。




――――――――



皆さん、読んでいただきありがとうございます。今後もよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る