第16話 女同士で

「えと、冗談だよね」


 未来はわたしの方に両手をのせて、視線を合わせてくる。


「沙也加は嫌?」


「嫌……、じゃないけども」


 ないけど、女同士なんだよ、わたしたち。意味分かってる?


「キスして……いいかな?」


 わたしは思わず逃げるように身体をベッドにつけた。都合、寝転んだ形になる。


「沙也加は嫌……!?」


 嫌じゃない。嫌じゃないんだけれど……。望んでいた事さえあったと思う。でも……、何かが違うような。


「ごめん、……冗談」


 未来はそう言って、両手を離して、隣に横になった。


「ねえ、未来……」


 肩越しに優しく声をかける。はしたないことをしたと思っているのか、未来はこちらを向くことはせず、じっとしていた。


「わたしは汚れてしまったんだよ。未来とその……キスする資格がないんだ」


 未来はそれを聞くと何も言わずにこちらを向いて、いきなり唇を重ねた。


「んんんんっ」


 押しつけるような強いキスだった。男優とするキスとは違い未来の唇は凄く柔らかく、いい匂いがした。女の子同士のキスって、こんないい匂いするんだな。起こっていることがあまりにも現実離れしていて、妙に冷静になる。


「未来……」


「ごめん……嫌だった」


「嫌じゃない。嫌じゃないけど」


「うん」


「わたし、女なんだよ」


「知ってる」


「じゃあ、いい」


 当たり前のことなのに何を言ってるんだと思う。いけない事をしているような気持ちになった。でも、未来を守りたいという気持ちは結局は、好きと繋がるのだ。結局、わたしは未来を誰にもあげたくなかった。


「わたしのこと、好き?」


 だから、こんなことを聞いてしまう。


「うん、ずっとずっと前から初めて会った時から、沙也加が好きだった。わたしは沙也加の輝きについてきたの」


 そうか、と思う。わたしが未来を求めてきたように未来もわたしを求めてきたのだ。


「付き合っちゃおうか?」


「えっ!?」


「沙也加は嫌かな」


「嫌じゃないけども……、そういうのって、ちょっと違うような」


「わたしか、沙也加に好きな人ができるまで限定だよ」


「なら、いい」


「じゃあ、これからもよろしくね」


「わたしの方もだよ」


「もう一回していい?」


「うん」


 未来はもう一度、わたしの唇に自分の唇をつけた。今度はそっと触れるだけの優しいキスだった。




◇◇◇




「大丈夫、その格好で……」


「可愛くないかな?」


「ちょっと派手すぎるような気がしない?」


「なんか沙也加、お母さんみたい」


 それを聞いてわたしは笑う。未来も笑いふたりして笑い合う格好になった。


「頑張ってね」


「もちろん、だよ」


 悠一の車がマンションの前に止まり、インターフォンが鳴った。わたしと未来は、同時に、はーいと声を出して、ふたりして部屋を出た。


「おおっ、これは未来だけじゃなく、沙也加もえらく可愛い衣装着てるな」


「保護者が、変な格好してたら、未来だって困るでしょう?」


「えっ、保護者なのか?」


「ねえ」


「ふふふっ」


 にっこりと笑いあって、未来とふたりで車に乗り込んだ。オーディションは、都内スタジオで行われる。ここから車で30分くらいだ。


 車の中で今日の注意点などを悠一は未来に語った。この出演が決まれば、未来は悠一の事務所の芸能人と言うことになる。


 予定してなかったが、悠一なら未来を任せることができるから、絶対そうしなよ、とわたしが押したのだった。


 スタジオにBMWを横付けして、わたしと未来が車を降りた。会場にはたくさんの芸能人とスタッフがいた。


 その中に朝倉の姿を確認して、わたしは嫌な顔をした。山崎先生だけでなく、朝倉も芸能人に声をかけていたのだ。


「あれ、君はAV女優の……」


 みんなに聞こえるようにわたしの方を向いて朝倉はニッコリと微笑んだ。わざわざ、職業名を言ってくれるなんて、なんてありがたいことだ。


 やはりこいつは業界から抹殺すべきだ。


「おっ、沙也加、未来よく来てくれたね」


 山崎先生が朝倉を無視して、こちらに近づいてくる。わたしの耳元でそっと気にしなくてもいいから、と呟いた。


「さあ、行こう」


 わたし達が歩き出すと朝倉は、無視されたのに腹を立てたのか、あからさまに大きく独り言を言った。


「仲がいいことで、噂どおりじゃないか? AV女優と元プロデューサーの恋愛ですかね」


 わたしはその言葉にカチンと来て、朝倉を睨みつけた。


「いいんだ、気にすんな。そんなことより勝つことが先決だよ」


「でも!」


「いいから……」


 わたしは来てはいけなかったのだろうか。


「ごめんなさい」


 思わず謝ってしまう。山崎先生はわたしの肩を優しくエスコートして、未来とわたしを楽屋に連れて行った。


「沙也加が気にすることじゃないんだよ」


「でも、山崎先生はあんなこと言われて悔しくないですか?」


「あんなの気にしてたら、キリがないよ。文句を言ったら、マスコミへのネタを提供するようなもんだ。それよりも……」


 山崎先生は未来の方に目を合わせた。


「突然、朝倉が対抗馬を用意してきた。未来ちゃんは朝倉が用意した娘に勝たないといけない」


「わたし、頑張ります!」


「いい返事だ。朝倉は舐めている。未来ちゃんの本当の力を知らないんだ」


 山崎先生は一緒に勝ち取ろうと未来の手を握った。


「わたしもついてますからね」


「そうだ。こっちには沙也加もついてるしな」


 わたしは心の底から未来、朝倉なんかに負けるな、と思った。



――――――――



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