第7話 ふたり? の同居人?

「じゃーん、ここがわたしの部屋だよ」


「うわ、凄く可愛い部屋だね。それに凄く片付けられてるよ」


 そう言えば人を招待したのは初めてだった。極力プライベートと仕事を分けてきたのだ。


「猫ちゃんがいるよ、うわ可愛い」


 猫がベッドから抜け出して未来の側に近寄ってくる。そう言えば同居人が一匹いたんだった。三年前、マンションの前にダンボールに入れられた子猫が寂しそうにわたしを見ていた。孤独だったわたしは、うちに来るって聞いたら、ついて来たので、その日からその猫が同居人となった。


「名前はなんて言うの?」


「うーん、名前かぁ」


 そう言えば名前もつけてなかった。ペットではなくて同居人だから、無理してつけなかったのだ。彼女も心得たもので、わたしに懐くこともなく、毎日用意されるご飯を食べて、気が向いた時だけ、わたしの独り言に付き合ってくれた。


 同居人は未来が気に入ったようで、未来の身体に自分の身体を摺り寄せていた。わたしには一度も見せたことのない仕草だ。


「名前つけてないの?」


「うん、ペットじゃなくて同居人だから」


「なに、それ。おかしい」


 未来はけらけら笑いながら名前をつけていいって聞いてくる。


「同居人だから、彼女が気にいるならつけたらいいよ」


「沙也加って変だよね。そんな猫の飼い方してる人見たことないよ」


「別に彼女もわたしに懐くために、ここに来たんじゃないからね。雨風が凌げてご飯があるからいるだけなんだよ」


「ふぅん、そうなんだ。じゃあ、わたしが君の名前をつけてあげるね。何にしようかなあ、……そうだ!」


 未来はいい名前が浮かんだのかわたしの顔を見てニッコリと微笑んだ。


「じゃあね。きみの名前はさやちんね」


「はあっ!?」


 猫はその名前を気に入ったのか、未来の近くに来て甘えていた。


「ちょっと紛らわしい呼び名つけないでよ」


「あはははっ、さやちん他の名前がいい?」


 猫だから、首を振るわけではないのだが、その名前を気に入ったのか別の名前で呼んでも全く反応せず、さやちんと呼んだ時だけ、尻尾を大きく振って未来に甘えていた。


「こいつ、こんなキャラだっけ?」


「知らないよ。でも、同居人だから名前をつけないと言う考えの方が珍しいよ」


 3年間、わたしには懐くこともなかったな。別に懐いてもらおうとしたことも一度もなかったわけだが、今まではそれが当たり前だと思ってた。ただ猫撫で声で、未来に近づいてる今の光景を見て驚いてしまったのだ。


「おい、同居人?」


 わたしがそう呼びかけても、猫は全く気にする風もなく、未来の方を向いていた。聞こえてるのは耳が少し立ったので、分かる。今までの恩はないのかよ。今まで求めてもいなかったが未来に近づいて甘えているのを見て少し嫉妬してしまった。


「おい、猫……」


「なに、それ。猫じゃなくて、さやちんだよ」


「だから、その名前やめない?」


「だーめ。さやちんはさやちんなんだよ」


「じゃあ、わたしは?」


「さやねえかな」


 複雑な気がするが、まあ姉と呼ばれて嫌な気はしない。未来は放って置けない妹のイメージがしっくりした。


「さやちん……」


 小さい声で呼ぶと一瞬こっちに向こうとして、未来が呼んだのじゃない事に気づいて、未来の方へ向いた。


 なんなん、それ。


「なんか、イラッと来るんですけども」


「あははは、まあ、今まで甘えてこなかったんだから仕方ないよ。でも、それがさやねえらしいよ。でもね……、さやちんはさやねえに感謝してるんだよ。わたし、分かるもん」


 わたしは猫をじっと見つめてみる。本当にこいつがわたしに感謝している?


「呼びかけても無視するのに?」


「ずっとして来なかったから、驚いてるんだよ」


「どうだかねえ」


 まあ、いいや。今までも期待してこなかったんだから。わたしは猫にいつもしてるように呼びかけた。


「じゃあ、ご飯の時間にしようか」


 猫だけじゃなくて、未来がこちらを向く。


「もしかして、お腹……空いてる?」


 それに応えるように未来のお腹がぐーっ、キュルキュルと鳴いた。


「ごめん」


 未来は恥ずかしそうに俯いた。


「いいよ、いいよ。じゃあ、パパッと作るからね」


「ああ、食材あればわたし作るよ」


 未来はわたしがつけようとしたエプロンを取るとパタパタとキッチンに走って行く。やはり誰がなんと言おうと可愛いよな。これで裸エプロンなんかした日には、女同士だと言うことも忘れて、襲ってしまいそうだ。


「何を食べたい?」


「ほへっ? ……未来……かな」


「はい? わたし食べ物じゃないよ。おかしな、さやねえだね」


 思わず本音が飛び出して、その後の言葉を飲み込んだ。何をときめいてるんだろ。おかしいだろ、女同士なんだからね。


「じゃあ、おまかせでいいかな?」


「うん、適当に冷蔵庫の使ってよ。じゃあ、わたしは猫の食事の用意でもしとくね」


「だから、さやちんだよ」


「その名前、わたしもう呼ぶことないと思う」


 わたしの嫌そうな顔に未来は嬉しそうに慣れるよ、と付け加えた。


 猫の餌の用意をしながら、今後のことを考える。仕返しは絶対したい。未来をこんな風にしたことも、結婚資金にまで手をつけさせたことも許せない。倍返し、いや三倍で返して人生を無茶苦茶にしてやりたい。


 簡単に謝らせて終わりには絶対したくなかった。できれば未来を振ったことを死ぬまで後悔させてやりたい。


 わたしに何が出来るんだろう。相手は大物プロデューサーだ。山根先生ならば、何とかしてくれるかもしれない。


 でも、先生の力は借りたくなかった。わたしは先生の描いてくれた夢に乗れなかった落ちこぼれだ。どんなことがあっても先生に頼ることはできない。


 そう考えていたらスマホの着信音が鳴った。表示された相手先を見て思わず出るのに躊躇とまどってしまう。


 スマホの画面には山根先生と表示されていた。




――――――――



ふたりの同居人です。

今後は復讐を誓って悩む日々とふたりの危ない? 関係がメインになるのかな?


今後もよろしくお願いしますね。

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