第6話 バーでの未来

 そこは落ち着いた雰囲気のバーだった。髭を蓄えたバーテンダーが何かお作りいたしましょうか、と聞いてきたのでソーダ割を造ってもらった。


 ゆっくりと喉に流し込んでいく。胃に暖かさが広がってくる。わたしは内心焦っていた。本当に来てくれるだろうか。もしかしたら……。最悪の事態が頭をよぎり慌てて大きく首を振った。


「どうしましたか?」


「いえ、なんでも……」


「なら、いいのですけれども……」


 マスターはわたしから目を逸らした。


「お連れさんは何を飲みますか?」


「わたしも同じでお願いします」


 はい? わたしは慌てて声のする方を向いた。物思いに耽っていたから隣に人が座るのに気づかなかったのだろう。いつもの明るい表情からは想像もつかないくらいに、沈んでいた。


「あーあ、振られちゃった。一縷の望みで、LINEで呼ばれてきたんだけどね。やっぱり来ないよね」


「ごめんね。わたしが呼び出したの。凄く心配でね」


「ありがとう。わたしの方こそごめんね。その、何を考えていいかわからなくて……」


 左手薬指には指輪がなかった。きっと捨ててしまったんだろう。


「わたしなんかと釣り合いが取れるわけないのにね。ひとりで浮かれて馬鹿みたいだよ」


「そんな事ないよ。未来は可愛いし、きっといいお嫁さんになれると思ってたよ」


「自信はあったんだけどなあ。わたしって自分が言うのもなんだけども一途だし」


「期待させて、本当にごめんね。その、最悪の事態を想像してしまってね」


「朝倉が連絡してくるなんて思わなかったから、どう言う事なんだって問い詰めてやろうと思ったら、沙也加がいて怒りが遠のいちゃったよ」


「わたしのLINE既読つかなかったから……」


「今日は、その……撮影して来たんでしょ。……そんな大切な日にこんなつまらない事で困らせてしまってごめん」


「つまらなくなんてないよ。わたしの事はいいのよ。それより、未来……あなた大丈夫? 性格的にかなり貢いでそうに感じたから。その仕事だって……」


「わたしって、本当に馬鹿で健気でどうしようもないよね」


 隣に座る未来は、ソーダ割のコップをゆっくりと傾けながら、炭酸の泡をじっと見ていた。


「その……、さ。生活費とか足りてる? 最近、仕事も少ないだろうし」


「どうだろう……結婚するからいいやって、先のこと、あまり考えてなくてね。お金もわたしから出すよってずっと言ってきたから、あんまりないかも」


 思った通りだった。未来は尽くすタイプだ。お互いあまりお金がない時にわたしも結構奢ってもらったことがあった。

「あーあ、わたしも沙也加と一緒にAV女優やろうかな」


 この言葉に自然と声が出た。


「だめだよ。そんな甘い世界じゃない!」


「どうして? 自分だけ勝手にそんな世界に飛び込んじゃって。それともわたしはそんなに魅力ない?」


 魅力がないはずがない。でも、未来にはわたしのようにさせたくはなかった。だから、慌てて誤魔化す。


「AVなんて、いつだって出来るよ。それよかさ、朝倉に復讐したいと思う?」


「うーん、腹は立つけども、どうだろうね。そもそも、わたしみたいな売れないアイドルじゃ、何もできないだろうけどね」


「芸能雑誌、何社か当たってみようか? もしかしたら、取り上げてくれるかも知れないし……」


「ダメだと思うよ。有名プロデューサーだもん。忖度して揉み消されてしまうよ」


 冷静になってみると分かる。わたしが言えばきっとAV堕ちの女優がなにを言ってるのかくらいにしか取り合わないだろう。今はそれよりも……。


「未来、今住んでるところの家賃とか大丈夫?」


「うん、……そう、……だね。バイト増やそうかな」


 未来は遠い目をした。


「あのさ……、未来が嫌じゃなかったらだけれども、わたしのとこで一緒に住まない? その今住んでるところの家賃だって結構かかるだろうし……」


「ダメだよ。そんなの……」


「心配なんだよ。とりあえず家賃とか当面の生活費はわたしが出すから」


「それじゃあ、沙也加の紐だよ、わたし」


「今だけだからね。未来が羽ばたくための少しの間だけだから。それならいいでしょ」


「どうして沙也加はわたしをそんなに心配してくれるの?」


「同じグループだったから」


「グループのメンバーは、わたしだけじゃなかったよね。でも……」


「妊娠したふたりと、それを擁護したひとりのこと……。あんなのメンバーじゃないよね。わたしにとってフラワーズのメンバーは未来だけだよ」


 わたしが強い口調で言うと未来は頷いた。


「確かにそれは言えてるね。そう言う意味では、わたしにとっても沙也加だけだよ」


 未来はわたしの手を握って頷いた。


「でもね。沙也加の家に居候と言うわけもいかないので、なるべく生活費入れるね。料理とかも作るよ」


「ありがとう。不規則な日も多いから、料理とか作ってくれるとありがたいよ」


「それとね。一日、ひとつだけわたしにお願いして。簡単なものでもいいから。わたし、沙也加のために恩返しがしたい。今はこんなことしかできないけど……」


 なんでもいいのだろうか。ふと邪な考えが浮かんで消えた。女同士なのになにを馬鹿なことを……。


「気を遣わなくていいよ。また何か思いついたらするね」


「そうじゃなくて、なんでもいいからね。命令してね……」


 不覚にもその表情にドキッとしてしまう。わたしは一体、未来になにを期待しているんだ。


――――――


少しこんな関係が続くのかな?

色々と動かしていくつもりはしてますね


読んでいただきありがとうございます。

今後ともよろしくおねがいしますね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る