第5話 未来の行方

「すぐに未来のところに送ってくれる?」


「えっ、疲れたから自宅に帰るんじゃなかったの?」


 悠一もシャワーを浴びて来たのか髪の毛が少し濡れていた。


「これ、だよ。これ……」


 目の前のテレビでは先ほどの芸能人婚約のニュースが流れていた。


「未来がこの竜司のことを婚約者だと言ってたんだよ」


 悠一はテレビから視線を外してこちらを見る。


「そういう事か。この朝倉竜司って、女好きで有名だったはずだよ」


「嘘……わたし知らなかった」


「新鋭のプロデューサーだからね。沙也加は最近ソロになって芸能ニュース見なくなってたでしょ」


 確かにそうだ。他の娘たちが輝いているところを見たくなかったから、自然と芸能ニュースを避けるようになっていた。ネットニュースも極力見ないようにしてきたのだ。


「でも、未来は婚約指輪をしてたよ。左手薬指に……」


「これ、表沙汰にはしないでね。うちみたいな弱小なら潰されてしまうからさ」


 朝倉竜司はお茶の間のアイドルと呼ばれた朝倉拓郎の子供で業界でも有名な女たらしだそうだ。指輪をプレゼントすることなんて日常茶飯事で、揉めるとファッションリングをプレゼントしただけだからと言って誤魔化していた。


 未来にプレゼントをした指輪も実際は価値なんてないとのことだ。指輪の価値が分からない若手アイドルを食い物にしてると噂されていた。


 許せない。未来のことをなんだと思ってるの。朝倉に苛立つと同時に未来のことが心配になった。あの娘のことだから結婚資金さえも貢いでるのじゃなかろうか。


「ちょっと車を出して!! それ聞いたら余計に行かないと……」


「分かった。ただ行く前にひとつだけ約束」


「なによ!!」


「俺たちは駆け出しなんだよ。朝倉と戦おうなんて絶対思わないこと」


「なんでよ。戦うに決まってるでしょ。雑誌にこのことを載せてやろうか」


「だ、か、ら……そんなこと言ったら連れていけないよ。どうせ今、大騒ぎしても揉み消される」


「わたしは傷ついてもいいよ。どうせここまで堕ちたんだからさ」


「未来ちゃんはどうするの? 彼女を傷つけることになるけどね」


「それは……」


「ゆっくりと考えて行こうよ。今すぐに結論を出してもいいことなんてないさ」


「分かった。それより今は未来のことが心配」


「だね。行こうよ、今の君なら助けられると思うよ」


 そうだ。未来を助けられるのはわたしだけなんだ。


 未来のマンションの前でインターフォンを鳴らしたが応答がない。来るまでにLINEを何度か送っているが既読にはなっていなかった。今、どこでなにを考えているのだろうか。わたしは気持ちが焦ってきた。


「出かけてるみたい」


「それはまずいな」


 未来もテレビを見ていたのならば知っているはずだ。心配になった未来は朝倉にメールやLINEで連絡を取っているはずだ。


「未来ちゃんの行きそうなところに行ってみようか」


「お願いできるかな」


「もちろん!!」


 行きそうなところを片っ端からあたってみたが、どこにも未来はいなかった。最悪の事態を想像して焦ってしまう。


 警察に連絡しても事件になっていないから、きっと動かない。もし最悪の事態を考えているなら、わたしのLINEは見ないだろう。


 もう背に腹を変えられない。今これを解決できる相手は一人しかいない。


「どこに電話するんだ?」


「これだけは使いたくなかったんだけどね」


 数回の呼び出し音の後、懐かしい声がした。


「珍しいな。沙也加が俺に連絡してくるなんてさ」


「ごめんなさい。合わす顔がない事はわかってる。それでもひとつだけお願いを聞いてくれないかな」


 山根康広、わたしのオーディションを担当した有名プロデューサーだ。彼に評価され、わたしはこの業界に入れた。なのに……。


「珍しいな。沙也加が俺に頼むなんてさ。言ってみろ」


「山根先生は朝倉と言うプロデューサー知ってるよね」


「あぁ、最近人気が出て来たプロデューサーだな。彼をここまで人気にしたのはわたしのおかげだよ。なんだ、彼の番組に出たいのか?」


 わたしにはその番組に出る資格がない。実力がないのだ。山根先生が評価してくれたのに、それを裏切って業界を飛び出した。山根先生は、わたしのAV出演のことを知らないようだった。今の私を知れば許してくれないかも知れない。でも、それでも今はそんなこと言ってられなかった。


「いえ、朝倉さんから未来へ連絡をして欲しいんです。来なくていいですから、一言、いつものバーにいると伝えていただければいいのです。後はわたしがなんとかします」


 電話の向こうの山根先生は、少し言葉を濁し言いにくそうにした。


「そうか、未来ちゃんは朝倉の犠牲者と言うことかね。LINEに連絡させよう。もし必要であれば直接謝罪せてもいい」


「いえ、そこまでは結構です」


 それをしてもらっても未来の気持ちが収まるわけではない。そもそもわたしの気持ちが収まらない。今、嫌々謝られても正直困る。


 通話を切ったわたしは悠一に場所を指示して、その場所に向かった。きっと来てくれるはずだ。わたしはバーに入るといつも朝倉が座ると言う席に座って、未来が来るのを待った。


――――


少し休みをいただきすみませんでした。

これからは毎日更新しますので、よろしくお願いします。


引き続き応援よろしくお願いします。

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