第3話 撮影 前半

 7時に待ち合わせをして撮影所に入ったのは、8時過ぎだった。撮影スタジオにはスタイリストや監督、男優がいた。


「初めでだよね。緊張しなくても大丈夫だからね」


 監督はわたしの肩を軽く叩いた。ドラマの撮影とは違いアットホームな雰囲気を感じる。思っていたほど、ギラギラとした雰囲気は感じなかった。撮影所には女性も数人おり、忙しそうに走り回っていた。


「さあさ、小島沙也加ちゃん。撮影用にメイクするよ」


 三十代半ばの女性だろうか。笑いながらわたしを鏡の前に連れて行った。思ったよりもかなり砕けている雰囲気がした。


「わたしね、前田香って言うの。スタイリストは多く無いから何度も会うと思うけどもよろしくね」


 思い切り微笑みかけられた。


「香さんは、どうしてこの業界に?」


「義務感かな。男が多い現場でしょう。女優の女の子も覚悟してくるだろうけどね。誰かが緊張解いてあげないとね」


 普通の現場とは違うのだ。きっと緊張の糸が切れて泣き出す娘もいるに違いない。サポートをするスタッフは必要だった。


「流石に元アイドルだよね。緊張してない……」


「そんな事ないよ。緊張してるよ」


「そうなの? こう言うの平気なのかと思ったけども……」


 業界に染まっていると色々とあるだろう。表沙汰にはならなくても派手な交友をしている娘だって知っていた。


「わたしは……、その初めてだから。緊張するよ」


「おっどろいた。撮影の内容、本当だったんだ」


「やはり、嘘が多いですか?」


「まあ、業界が業界だけにね、処女の娘はやはり少ないよ。嘘もあるにはある」


「嘘じゃ無いこともあると?」


「そうだねえ。その娘がそうだと言えば確かめようが無いからね。もちろんこちらから嘘をつく場合もある。結局、売り出し方だね」


「清楚そうに見えたら、そう言う売り出し方もあると?」


「そんな感じだね」


 鏡を見ながら嬉しそうに呟くように言った。


「で、どんなメイクにしようか?」


「えっ!?」


「あっ、そうか。この業界初めてだもんね。アイドルなんかは全て決まってるの?」


「はい。撮影前に打ち合わせもありますし、監督の意見などが取り入れられやすいですね」


「うちは、女の子がメインだからね。嫌がられたら意味ないしさ」


「元アイドルの場合は、どんなメイクをするのですか?」


「うーん。その娘次第だね。変わりたいのか。今までのイメージのまま出たいのか。本当にその娘次第だね」


 自由なんだよ、と嬉しそうにわたしの前に身を乗り出した。


「で、沙也加ちゃんはどんなメイクがしたいかな」


「わたしは……」


 スタイリストか監督が決めていると思っていたので、どんなメイクをしようなど考えてもいなかった。わたしは再出発だから……。


「今まで通りのイメージで行っちゃってください」


「いいの!?」


「忘れたい過去はないので……」


「流石だね。分かったよ。この世界に飛び出すこと、勇気がいっただろ」


「はい、わたしには他に道がなかったから……」


「そんなもんかなあ。沙也加ちゃんなら可愛いし、他にも選択肢いくらでもあると思うけどね」


「他の選択肢はきっと後悔すると思ったんですよ」


「そっか、まあ決めちゃったんだから、頑張ろうね。応援するからね」


 香はわたしの目の前に立って、両手を握りしめた。


 一時間くらいかけてゆっくりと昔の自分が現れてきた。オフとは違うオンのわたしだ。何度もこの姿を見て励ましてきた。今回も頑張ろう、と鏡に向かって自分に語りかけた。


 撮影所に戻ると撮影のスタンバイができていた。監督が前に立ち、目の前には海岸線が見えた。


「最初の撮影は今までのイメージビデオの撮影と同じ感じで行くからさ」


 わたしは海辺に立ち、こちらに向かってくる波を足元に感じながら、カメラに向かってニッコリと微笑みかけた。気分は南国だ。何台ものカメラがわたしの一番いい一瞬を切り取ろうとする。


 この一番いい写真がショップやネットに並ぶのだ。


「カット! いいよいいよ」


 ここから休憩を挟んで、実際の撮影が始まる。最初のシーンの説明を監督からされた。イメージビデオを思わせるシーンから、少しずつ脱いでいく。


 業界のことを知らなかっただけに、最初から絡みがあると思っていたわたしは少し驚いた。


「まあ、今日は一日がかりの撮影になるからね。大変だろうけども、頑張ろうな」


「はい、頑張りますね」


 ドラマなどと違って、シーンごとに切ったりはしない。数日単位の撮影スケジュールがあるわけでは無いのだ。そう言う意味ではこの仕事は肉体労働だと感じた。


 イメージビデオ風の撮影の途中までは、アイドル時代と同じでむしろ懐かしささえ感じていた。


「それじゃあ、そこで脱いでね」


「えっ!?」


「いや、だから……」


 当たり前だった。一瞬身体がすくんで手が止まってしまった。


 女性スタッフが走ってきた。


「わたしは、撮影の前川るりね。大丈夫かな」


「ごめんなさい。覚悟はしてたんですけどね」


「お願いします。半時間休憩入れて……」


「いいんですか?」


「いいの、いいの。うちは女優さんのことを一番に考えてる。一番勇気出して出演してくれてるんだからね」


「ごめんなさい。沙也加大丈夫?」


「うん、平気、平気。悠一、ごめんね」


 マネージャーの悠一は、頑張ろうと手を握りしめた。そうだ、わたしには悠一を辞めさせた責任がある。


「ゆっくりでいいよ。監督もそう言ってるからね」


 悠一は監督の方に頭を下げた。



――――――


撮影のカット前半戦ですね。

次回が後半戦になります。


応援ありがとうございます。

今後ともよろしく♪


 

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