第2話 決意

「発表会見たよ」


「うん」


「どうして……、沙也加ちゃんがそんな仕事するの!」


 携帯に出たわたしの胸を未来の言葉が貫いた。言葉が重く、うんの後、言葉が続かない。


「喋らないと分からないよ。お願い考え直して……、絶対騙されてるよ!!」


「騙されてる……わけじゃないんだ」


「おかしいよ。ねえ、今から会えない。撮影って明日でしょう」


「……分かった」


 わたしはきっと青い顔をしてるだろう。未来はいつも前に向かってどこまでも走っていくような娘だった。彼女がわたしに反論してくることは初めから分かっていたのだ。


「出かけてくるよ」


「未来ちゃんと会ってくるんだね。送るよ」


「平気だよ。近くのショットバーだから、家からも遠くないし……ね」


 悠一はわたしの表情を心配そうに見つめていたが、じゃあ終わったら連絡して迎えにいくから、とだけ答えた。


 わたしは未来と公園で待ち合わせて連れだって歩いた。ショットバー着くまで会話らしい会話はなかった。


 未来は長い髪の毛を後ろに結えてポニーテールにしていた。黒髪と大きな瞳が特徴の可愛い妹みたいな娘だ。身長が140センチしかなく、わたしと20センチも違うので特にそう感じた。


「何を頼もうか?」


「ソーダ杯で、沙也加もでしょ」


 席に案内されるなり、未来はメニューを見ながらソーダ杯を指差した。昔から変わってないな。未来はソーダ杯二つと簡単なおつまみを注文した。


「辞めた方がいいよ。あそこに堕ちたら、もう這い上がれないよ」


 未来はソーダ杯で乾杯をしてすぐにそう切り出す。


「ごめんね。今後もアイドル活動の繋がりを持ちたいから決めたわけじゃないんだよ」


「じゃあどうして、おかしいじゃん。アイドルとは違うんだよ。人に抱かれてお金をもらう仕事なんだよ」


「知ってるよ。分かって決めたんだよ。誰に騙されたわけでもない」


「なぜ、……もしかしてお金に困っていたりする?」


「大丈夫だよ。お金で飛びついたわけじゃないから」


 確かに契約金の額には驚いたけれども、決めた理由はそこではなかった。


「じゃあ、なぜ……」


「わたしね。こう見えてもグループのセンターだったでしょう。みんなよりチヤホヤされて売れてるのは、わたしのおかげかもって勘違いしてたんだよ」


「勘違いじゃないよ……沙也加がいたから、わたしたちは頑張れた」


「ありがとう……でもね。ソロになっていやと言うほど分かったんだよ。自分には才能がなかった」


 全くソロ活動で売れなかった。あれだけあった事務所の予定はソロになって半年もすると底をついた。ファンのハグイベントなどを企画しても埋まらないことが当たり前になっていった。


「それはわたしだって同じだよ。わたしもアイドル辞めて就職も考えた。でも上手くいかなかった。でね……」


 未来は左手をわたしに見せた。薬指に指輪が輝いていた。家庭的な未来ならば男の人も手放さないに違いない。


「おめでとう。相手はどんな人?」


「プロデューサーの朝倉竜司さん。昔からわたしのファンだったと言ってくれた。でね……沙也加にも誰か紹介してくれないかって頼んでみようかと思うんだ」


「いいよ。わたしは……」


「どうして?」


「わたしはとりあえずやれるとこまでやってみたいんだよ」


「だから、AV女優なんて……」


「分かってるよ。社会的に言えば底辺の仕事だよ。でもね、わたし怖くなったんだよ。あれだけ売れてたんだよ。オリコンチャートだって、それがこれほどまでに売れてないって」


「だから、普通に結婚して家庭に入れば……」


「未来は昔から家庭的だったから、それが幸せだと思う。でもわたしには無理なんだよ」


 わたしは未来と話していてなぜAV女優になろうと思ったのか思い出した。


 わたしは人並みよりも可愛く生まれた。チヤホヤもされた。そのおかげでアイドルにもなれた。でも実力が伴わなくてソロになれば化けの皮が剥がれ落ちるように人気がなくなった。


「わたしね。やれるところまで、この武器を利用してやってみたいんだよ」


 わたしに残された武器は可愛さしかない。演技が得意だと言うわけでも、特別歌が上手いわけでもない。


 他の業界であれば可愛い容姿だけでは何ともならないだろう。でもAV女優であれば可愛さは武器になる。


「でも、きっと……壊れていくよ。色んな人見てきたもん。AVに行って壊れて行った人を……だから……」


 涙を溜めて未来はわたしをじっと見つめた。わたしはハンカチを出すとゆっくりと拭いて上げた。


「ありがとうね。でも、わたしが決めた道なんだよ。もし、駄目になったら助けを頼むと思うから、変わらないで友達でいてくれるかな?」


「うん、絶対、絶対だよ。絶対言ってね」


 未来はわたしに手を差し出して強く握りしめた。わたしは唇を噛んだ。


 わたしにとってこのAV業界が最後の挑戦なんだ。アイドル復帰など考えてはいない。そうじゃなくて、もう一度ファンを取り戻したい。もっとわたしを応援して欲しい。


 そして、……変わらずにわたしを応援してくれたファンへの恩返しでもあるのだ。


 わたしは酔いの回った未来を悠一の車で送り届けた。赤い顔でわたしをじっと見ながら未来は何度も何度も繰り返し呟くように言った。


「きっと、きっとだよ。辞めたくなったら、立ち止まったらきっと言ってね。わたし、待ってるから。沙也加の力になるからね!!」


――――


次回から撮影会となります。

よろしくお願いします。


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