第4話
そうして俺は盗賊の前に対峙している。
斥候として来たのか、武器を持った2人がまず村へやってきた。
いくら盗賊が怖いとはいえ、たかが2人だ。
俺以外に立ち向かう人間がいてもいいと思ったが、そんな希望は我が義兄によって打ち砕かれた。
「皆さんご安心を。我が弟、一刀が盗賊など返り討ちにしてくれるでしょう」
義兄は立てた親指を俺に突き出した。
兄の余計な挑発のせいで、盗賊の敵意は完全に俺に向いた。
盗賊が来るまでの2日間、出来るだけのことはした。
いつものように素振りをし、仮想の相手を頭の中に作り出し、イメージトレーニングに励んだ。
昔からやっていたが、よく相手に選んでいたのは、塚原卜伝や足利義輝、永倉新八などの名の知れた剣士で、頭の中でも一度も勝ったことがない。
世間では駄目二世とも言われている仮想今川氏真にも勝てなかった。
結局のところ、実戦経験が全くない俺は、剣士の動きを知っていても対応ができないのだ。
しかし、目の前の盗賊が俺の脳内の仮想剣士より強いとは思えない。
確かに盗賊の片割れはかなりの巨躯の持ち主だが、もうひとりは対して俺と変わらない。
それに2人とも武器は斧だ。攻撃方法は限られている。
グローチアから渡された古い両刃の剣を構える。
剣身部分が恐ろしく錆付き、元の色なんて分からないほど、赤褐色の錆に覆われている。
おそらくこの剣では人は斬れない。
いくら相手が悪党とはいえ、人を殺すなんてこと自分にできるとも思えないし、思いたくもないのでさいわいとした。
せっかくなら日本刀を使いたかったが、おそらくこの世界には無い。
日本刀ならば、反りの部分を使えば、簡単に峰打ちができただろう。
グローチアの強化魔法のおかげで、剣は物凄く軽い。
昨日魔法を試して見たが、確かに運動能力はかなり上がる。
ただ問題点として、魔法の効果時間はかなり短い。
今こうして間合いを測り、相手の仕掛けを待っている間にも時間制限は迫っている。
「さあ早く来い」
盗賊を挑発する。
仮想剣士に対して俺が唯一有効打を決められる瞬間が存在した。
それはカウンター、つまり反撃。
2人同時だと無理だが、1人相手ならこの錆びた剣で一撃当てることくらいはできる。
「おりゃあ!」
さっそく、小柄な弟分が仕掛けてくる。
右手で斧を振り下ろす、淡白でなんの工夫もなお攻撃。
それでも、命を奪うことに対して躊躇のないその攻撃は、普通の人なら怯んで動けなくなるだろう。
俺は後ろに引くわけでも横に避ける訳でも無く、会えて左足を前に踏み込み、盗賊の腹部目掛けて剣を払った。
「ぐぇっ」
盗賊は呻き声を出し、前に倒れた。
意外に上手くいくものだと感心した。
今の一撃が初の実践だとすると、やはり俺には剣豪になる素質があるのかもしれない。
「てめぇ! よくも」
油断する暇は無い。
もう1人の大柄な男がすぐに迫る。
男はもうひとりとは違い、体躯に似合わず両手で斧を持って横への薙ぎ払った。
当たればもちろん敗北、つまり死である。
「凄いぞ一刀! あと一人だ頑張れ」
「その調子です一刀さん。賊の本体が来る前に終わらせてね」
息を飲む緊迫の中、村の皆はどこかへ綺麗さっぱり逃げてしまったというのに、我が義兄と義姉は少し離れたところで叫んでいる。
グローチアはともかく、エミリアのは果たして応援と言えるのだろうか。
実は俺は嫌われているのではとの疑念が浮上しかけたが、無理やり沈める。
「ああもう!」
俺から仕掛けるが、振り下ろした剣は斧の柄によって軽々と受け止められる。
「一刀! 時間がありませんよ」
グローチアの魔法は、一度かけるともう一度使うのにある程度の猶予が必要らしい。
グローチアの言葉で、後ろに下がり頭をフル回転させる。
また相手の斧が振ってきた。それを躱して距離をとる。
何度も向かってきた斧を躱すと、お互いに息が上がり始めた。
「てめぇちょこまかと……鬱陶しいやつだ」
「それにしてもなんだか俺、牛若丸みたいだよな」
ふいに五条大橋での弁慶と義経の決闘が脳裏に浮かぶ。
「そうだ!」
咄嗟に当たりを見回した。
運のいいことに、すぐ近くに畑を囲んだ木の柵があった。
その柵に向かって走り、盗賊が接近したところで、胸くらいの高さのある柵の上へ飛び乗った。
普通なら飛べない高さだが、グローチアの魔法のおかげで何とかなった。
「てめぇ!」
いい加減逃げる俺に嫌気がさしたのか、大振りになった斧が迫り来る。
まさに今、俺は義経のように柵の上を飛び上がり、賊の頭目掛けて剣を振り下ろした。
ガンッと鈍い音がし、賊は頭から血を流して倒れた。
「勝った……」
倒れた賊を足で触り、動かないことを確認し、首の脈を測った。
「よかった。生きてる」
自分を殺しに来た相手とはいえ、やはり人を殺めるのは嫌だ。
「兄さん、姉さん! この2人を縛る縄を持ってきてくたまさい」
離れてみていた2人に向かって叫ぶが、2人は返事もせずに立ちすくんでいる。
まるで俺が本当に勝つとは思っていなかったかのように、大口を開けて呆けている。
「兄さん!」
「はっ! わかった。いきましょうエミリア」
もう一度叫ぶと、グローチアら我に返ったのか、エミリアを引っ張りどこかの小屋へ走り出した。
2人が居なくなった隙に、俺は盗賊から離れ、兄達が走っていった方向とは反対の建物の影に身を隠した。
2人を倒した時の感触がしっかりと手に残っている。
「やったんだな俺」
それは初めての高揚感だった。
テストで百点とった時も、クラスで1番人気の女子に声をかけられた時も、こんな気持ちにはならなかった。
─本当に剣豪になれるかもしれない。
元の世界に帰れるかどうか分からない。
帰りたい気持ちは確かに胸の中に存在する。
それでも今はそんな淡い期待と未知への好奇心が俺の中を駆け回っていた。
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