彼女が不幸になる理由

花里 悠太

教え子

 授業を終えた。

生徒が三々五々に帰っていく中、ひとりの女生徒が声をかけてくる。


「せんせー、今日もかっこいいね」

「馬鹿なことを言ってないでとっとと帰りなさい」

「えー、本当のことなのに! つれないところがまたいいんだけどさー」

「はいはい、帰れ帰れ」

「ちぇー」


 不貞腐れたような態度を見せつつ、ドアを開けて帰っていく彼女。

何気なくいなしておくが、困ったものだ。

彼女が俺の何をどう気に入ったのかはわからないが、最近彼女からのアプローチが激しくなっているように感じる。


 他の女生徒に個別に話しているところにやってきて、文句を言ってきたり。

同僚の女性教師と話しているところを見つけて、後から煽ってきたり。


 恋愛対象の有無を確認してきたり、だ。


 何度もアプローチしてくるのだ。

教師と生徒の間、ましてや成年と未成年の間に恋愛は成立しえないのに。

もし思いがあったとしても、世間が許しはしないのに。

いい加減理解してほしい。



 彼女を教室から送り出し、学校の屋上へ行く。

考え事をしたい時、俺はここに来てフェンス越しに校庭を見下ろしながら休憩する。

友達と一緒に帰っていく彼女を見つけて、見送りながら考える。


 このままではいけない。

彼女には未来がある。

そして幸せになるべきなのだ。

なんとかしなければならない。


 校庭を横切り帰る、彼女から目が離せない。

甘えたような声、からかうような態度。

ふとした瞬間に見せる無邪気な笑顔。


 彼女のことが頭から離れない。

他の男と一緒にいるところを見たくない。

彼女を自分のものにしたい。


「俺は、何を」


 自分の中から滲み出てきた感情に気づき、ゾッとする。

俺は今何を考えていた?

俺は彼女をどう思っている?


 教師が未成年の生徒に恋愛感情を抱くだと。

恋愛関係になったら彼女はどうなる。


 絶対不幸になる。

俺が原因で、彼女を不幸にする。


 それはだめだ。

認められない。

俺が、彼女を幸せにする。

力になるのだ。


 どうすれば。

彼女が帰って誰もいなくなった校庭を見下ろす。

彼女の不幸の原因はなんだ。

なんなんだ。


 ……俺か。


 そうか、原因は俺なのか。


 彼女のためを思えば。

彼女の迷惑になるくらいなら。

俺の存在がなくなれば、なかった方が良かったのか。


 そうだ、これでやっと彼女のために力になれる。

彼女が幸せになれる。


 晴れやかな気持ちで、フェンスを乗り越える。

彼女がいなくなった校庭に向かって飛び込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼女が不幸になる理由 花里 悠太 @hanasato-yuta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ