第34話:俺は戦わない


 ディアが姉のアダマンと再会する、その少し前。


 階下から聞こえるシエルとディアの声で、ようやくメアが目を覚ました。


「……あれ? 誰だろ」


 スキャンをかけると、一階にディアと青子がいるのは分かるが、一人、見知らぬ人物がいることに気付く。


「ラルク兄ちゃんはどこいったんだろ」


 寝惚け眼を擦りながら、メアがのんびりとベッドから起き上がると同時に、さらにスキャンの範囲を広げた。


 村の外まで広げると――


「ん、竜? しかも一体だけじゃない……


 それがなんであれ、あまり良い傾向ではないことはメアでも分かっていた。ここは人界であり、決して竜が群れを成してやってきていい場所ではないのだ。


「それに……ラルクお兄ちゃんが何かと戦ってる? というか」


 その動きの詳細までは分からないが……あまりに一方的にやられているように思えた。


「助けないと」


 メアがそう呟くと同時に――窓から飛び出した。



***


 

「おいおい……なんの真似だそりゃあ」


 ザグレスの呆れたような声が、地面に倒れているラルクへと降ってくる。


 ラルクは体のあちこちに火傷と傷が出来ており、いつ死んでもおかしくないような状態だった。


 それでも彼は立ち上がった。


「――俺はもう竜は殺さない。だから、お前とも戦わない」

「はあ? おいおい〝竜断〟が何を今更。そんなことで俺が泣いて喜ぶとでも思ってんのかよ!」


 ザグレスが吼えながら、尻尾をまるでムチのようにしならせラルクへと薙ぎ払う。


 ラルクが咄嗟に防御姿勢を取るも、竜の一撃をまともに食らい、あっけなくその体が吹っ飛んだ。


 襲ってくる激痛。口腔にこみ上げてくる血。


 もうこのまま気絶したいという思いを断ち切って――それでもラルクは立ち上がった。


「ディアの……隣にいる為に……俺が決めたことだ。だから、俺はもう竜とは戦わない」


 血反吐を吐きながら……ラルクがそう宣言する。


 リーシャに言われたことが、ずっと頭の中で響いている。


 ディアとの暮らしは決して悪くなかった。いや、むしろ楽しかった。

 だけども、過去を隠していたという罪悪感もあった。


 だから決めた。


 もう竜は殺さないと、戦わないと。


「もういい。お前は死んどけ」


 苛立つザグレスがトドメを刺すべく、全魔力を集中――巨大な火球を生成する。


 それはラルクどころか周囲一帯を灰燼に帰すほどの威力を秘めたもので、流石のラルクでも直撃すれば死は免れないだろう。


 当然、ラルクだって死にたくはない。


 だが今更動いたところで、既に遅いことは分かっていた。


 強大な竜の本気の一撃を防げる人間はいない。

 よってラルク達のような竜を狩ることに特化した者達は、とにかく先手必勝を心がけていた。竜が本気を出す前に、倒しきる。それしか方法がないとも言える。


 だからこそ彼が防戦に出た時点で――勝敗は決していた。


 迫る火球。


「ディア……すまん」


 ラルクがそう呟いたと同時に――目の前に黒い翼が広がる。


「……!?」


 それはまるで盾のように火球の直撃を防いだ。


「それまでにしておきなさい――ザグレス」

「アダマン様!?」


 ラルクが何が起こっているか分からず呆然としていると、その足下にドサリと何かが落ちて来た。

 

 それを見て、ラルクが思わず声を上げてしまう。


「リーシャ!?」

「ううう……もうちょい、優しく運びなさいよ!」


 それはラルクと同じぐらい満身創痍になっていたリーシャだった。


「大丈夫か!?」

「あんた……よりは……マシよ」


 そんな二人を視界の端で捉えながら、アダマンがザグレスを睨み付けた。


「勝手に動くなって言ったはずだけど?」

「あ、いや……。しかしディアが……こいつと……!」


 言い訳めいた言葉を言い出すザグレスを見て、アダマンがため息をついた。


「大体の話は、そっちのちっこいのから聞いたわ」

「誰が……ちっこいのよ! ゴホッゴホッ」


 リーシャが無理をしてそう叫ぶも、すぐに血の混じった咳をしてしまう。


「ディアが本当に自分の意思で人間なんかと暮らしているかどうかなんて、すぐに確かめられるわ」

「使役の魔術を使っているに決まっています! だからこいつらはすぐに殺すべきです!」


 ザグレスの主張をしかし、アダマンが一蹴する。


「それを決めるのは、私だけども? お前が勝手に動いたせいで、お兄様は迷惑しているのよ? ほら――」


 アダマンがそう言って、空を見上げた。


 青い空に、黒い沁みのようなものが少しずつ滲み出てくる。


 それはどんどん広がっていき、空の半分を覆ってしまう。



 それは――竜の大群だった。


 百を超える竜達が、静かにこちらへと視線を注いでいる。


「そこのでっかい方の人間。お前なら分かると思うけど……私の号令一つで、人界なんて滅ぼせるの」

「……そうか。ディアは、竜界がそこまでしてでも帰ってきてほしいほどの子なのか」


 ラルクがアダマンを見上げて、そう言葉を吐いた。


 ダークドラゴンという時点でディアが只者ではないことは分かっていた。しかし竜が大群となって、さらにディア以上に強そうな竜がこうしてやってきた以上、自分の推測はあまりに甘かった。


「当然よ。だって私の可愛い妹だもの。引きずってでも連れて帰るつもりだったけども……お前の覚悟を見て気が変わった。もし、ディアが本気でお前の隣にいたいと言うのなら――それをまずは確かめさせなさい」

「……好きにしてくれ。俺はもう竜とは争わないと決めたんだ」


 ラルクがそう言って、その場に倒れた。


 もはや座る力すらもない。


「もしディアに使役の魔術が使われていようものなら、予定通り全部燃やす。全部潰す。もしそうでないなら――あとはディア次第ね」


 アダマンの言葉を聞いて、ラルクはもう出来ることはないと目を閉じるしかなかった。


「悪いな……リーシャ。巻き込んでしまって」

「……まったくよ。こんなバケモノみたいな竜は私も初めて。流石にここから竜の大群追加はもうお手上げ」


 リーシャもため息をつくしかなかった。


 明らかに手加減されまくりながら、アダマンにあれこれ聞かれたリーシャは結局最後まで有効打を与えられずに終わっていた。


 あまりに強すぎる。これまでに倒してきた竜とは次元の違う強さ。


 それをアダマンと戦っていやというほどに痛感した。


「アダマン様! なぜですか! こいつらなんて殺して、ディアを無理矢理連れて帰ればいいだけではないですか! なのになぜ、そんな慈悲を」


 ザグレスがそう叫ぶも、アダマンはそれに答えずに――空へと向かって魔力を放つ。

 それはディアならば、絶対に気付くと確信を持てるほどに巨大な魔力だった。


「可愛い妹の言い分も聞きたい。ただそれだけよ。どうせ、こうなったらいつでも殺せるんだから」


 アダマンがゆっくりと翼を畳み、西の方――キーナ村の方へと視線を向けた。


「お前達は黙って見ていなさい。口出しは許さない。したらすぐに殺す」


 アダマンの忠告に、倒れたままのラルクとリーシャが同時に頷く。


「……分かった」

「はいはい、お好きにどうぞ」


 そうしてしばらくして――


「なんで……お姉ちゃんが」

 

 ディアとシエルがその場へとやってきた。


 さらに隠れて、その様子を遠巻きに観察するメア。


 舞台に全ての登場人物が揃った瞬間であった。

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