第32話:ラルクさんの妹がやってきました!


 翌朝。


「うーん……? あれ?」


 ディアが自分のベッドから起き上がり、横でまだメアが寝ているのを見て、首を傾げた。

 窓からは朝日が差し込んでおり、小鳥の鳴く音が聞こえてくる。


「昨日、プールで遊んで……」


 それからディアは自分が疲れきって眠ってしまったことを思い出す。


「ラルクさんが部屋まで運んでくれたのかな? お礼を言わなきゃ」


 ディアは寝ているメアを起こさないようにソッとベッドから抜け出すと、一階の居間へと向かった。


 しかし、そこにはラルクどころかリーシャすらもいない。


「どこ行ったんだろ」


 困ったディアがキョロキョロと居間の中を見回していると、テーブルの上に書き置きがあるのを見付ける。

 それを手に取ると、そこにはラルクの字でこう書かれていた――〝東の森に少し行ってくる〟、と。


「東の森……?」


 リーシャがいないことからすると、彼女絡みの何かだろうか?


「……ま、そのうち帰ってくるよね」


 そう自分を納得させて、ディアが朝食の準備を始めるべくキッチンへと向かう途中。


 なにげなく窓の外を見ると、家の前で誰が立っているのが見えた。


「あれ、お客さんかな」


 それは軍服のようなものを纏った銀髪の若い女性で、この村の住人という感じには見えない。

 しかも彼女は不思議そうな顔でジッとこの家を見上げていて、かと言ってそれ以上何か動く様子もなかった。


 悪意や敵意は感じないが、不審者と言えば不審者ではあるので、ディアは迷った末に玄関を少しだけ開けて、顔を出した。


「あのう……何か、うちにご用ですか?」


 ディアがそうその銀髪の女性に声を掛けると、彼女は一瞬驚いたような表情を浮かべると、すぐにそれを柔和な笑みへと変えた。


「ああ、すまない。私は帝国軍のノエルというものだ。ここは君の家かい?」

「そうですけど」

「そうか。いやなに、少しだけ懐かしくてね」


 その女性――ノエルの言葉に、ディアが首を傾げる。


 この家は元々はラルクの実家だったが、彼女がかなり手を加えてしまったので見た目はかなり斬新なことになっている。


 それを見て〝懐かしい〟と言ったノエルが不思議だった。


「見た目は全く違うがあの窓とか、昔住んでいた家とそっくりなんだ。というか、元々ここにあったはずなんだがね」

「え?」

「ん?」


 二人が顔を合わせる。


「えっと……昔、ここに住んでいたんですか? ラルクさんの家に?」


 ディアがそう聞くと、ノエルが目を丸くする。


「ん!? やっぱりそうだよね!? 見た目はえらくエルフっぽくなっているが、うちの実家とそっくりなんだ! 君はラルクお兄ちゃんのことを知っているのかい?」

「知っているも何も、今、


 ディアがそう発言した瞬間――風が吹いた。


「え?」

「――その話、詳しく聞かせてもらおうか」


 ディアが気付いた時にはノエルは目の前にまで肉薄していて、その細腕でドアを掴んでいた。


 その手には恐ろしいほどの力が込められていて、ドアが軋みを上げている。


「えっと……」

「改めて自己紹介しよう――僕は帝国軍所属対竜特別執行騎士団、通称〝竜狩り隊〟で副隊長を務めるノエルで……


 そう名乗ったノエルの目は――決して笑っていなかった。



***



 一方その頃。


 東の大森林の中の道なき道を、ラルクとリーシャが歩いていた。


「だから、あんたは来なくていいって言ったじゃない」


 先頭を行くリーシャが不服そうに背後にいるラルクへと言葉を投げた。

 

「ダークドラゴンがいるとなれば、流石に俺も、のほほんと構えてはいられないさ」


 ラルクが背中に担いでいる大斧の柄に触れると、リーシャが立ち止まる。


「……あんたさ、もし仮にダークドラゴンがいたとしたら、どうするつもり」


 背を向けたままのリーシャの問いに、ラルクが不思議そうに答えた。


「どうするも何も邪竜であれば、討伐す――」

?」


 間髪入れずに返ってきた言葉に、ラルクが息を呑んだ。


「ディアさ、昨日の話しぶりからするとあんたの過去のこと、あんまり知らないでしょ」

「……それは」

「隠してるの? そりゃあそうよね、〝僕は君の同族を何千体と殺してきて、そのおかげで英雄って褒められたんだよ! 凄いでしょ!〟、なんて言えないもんね。その斧についてだってそう。あの子、ドラゴンウェポンのこと知っているの? それが何を動力にしているかを」


 リーシャの言葉に、ラルクは上手く言葉を返せない。


 それはずっと彼も考えていたことだ。


 いつかディアには話さなければならないことではあった。でも、わざわざ言う必要もないとも思っていた。

 ただ故郷の村でのんびり暮らすだけ。それにそんな過去は必要ない……そう考えていた。

 だけども確かにリーシャの言う通り、竜であるディアにそれを隠していたのは、話すことを躊躇ったのは――

 

「嫌われるのが怖かった? まあそうよね。あんな可愛いくて懐いてくれてるもんね。でも私はズルいと思うし、中途半端だと思う」


 背を向けたままだが、ラルクはリーシャが少しだけ怒っていることに気付いていた。


「過去と決別するのはいいけどさ。だったらもう二度と竜を殺さない、武器も手に取らない――それぐらい言いなさいよ。私が心配だかなんだが知らないけど、あんた考えなさすぎなのよ。レッサードラゴンならともかく、知性ある竜をあの子の目の前で殺す気?」

「それは……その通りだ」


 ラルクはリーシャの言葉を全て受け止めた。


 結局、冒険者であった時の気持ちが残ったままだった。冒険者を辞めるなんて言っておきながら、武器を後生大事に持ち帰ってきて、今でもこうしてことある毎に担いでいる自分が滑稽だった。


 それがディアに対する不誠実だと、気付いてすらいない。


「だから、あんたはもう帰りなさい。ダークドラゴンが出ようが邪竜が出ようが、あたしが何とかする。昨日も言ったけどあんたはもうただの村人なのよ。だったらそれらしくしなさい」

「……すまん」

「謝る相手は私じゃないでしょうが。ま、とにかくあとは任せて」


 手のひらをヒラヒラさせて、リーシャが再び前へと進んでいく。


「ありがとう、リーシャ」


 その小さな背中へとラルクが感謝を述べ、背中を向け、村へと戻るべく走っていく。

 

「はあ……私って馬鹿だなあ」


 ラルクがいなくなってから、リーシャが森の木々の合間から見える空を見上げながらそう呟いた。


 先ほどラルクへとぶちかました言葉はもちろん本音ではあったが、八つ当たりでもあったことを彼女も認めていた。


「どこで間違えたんだろ」


 リーシャが空から、苔むした石や草が生えている地面へと視線を移した。


 時にぶつかりながら、時には協力しながら冒険者をやっていた二人はいつかは――そんなことを乙女のように夢想していた自分が馬鹿らしかった。


「あー、無性に竜を殺したい気分だわ」


 リーシャが殺気を撒き散らしながら、森を進んでいく。


 しかし彼女は気付いていない。


 彼女の進む方角とは別の方向から、赤い竜がキーナ村へと接近していることも。

 

 そして彼女の進む方角に――強大な存在がいることも。


「なんかうるさい羽虫がいると思ったら、なんでこんなところにエルフがいるのかしら」


 そんな言葉と共に、リーシャの目の前に現れたのは黒い黒曜石のような鱗を持つ竜――アダマンだった。


 それを見て、リーシャが凶暴な笑みを浮かべると共に、震える拳を握り締めた。

 その竜がとんでもない量の魔力を秘めていることを否が応でも理解させられた。


 この竜が――とんでもないバケモノであると分かってしまう。それでも、退くわけにはいかなかった。


「あんたね、最近頭悪そうな魔力を垂れ流しているダークドラゴンは」

「ダークドラゴンだって分かっているのに逃げないのは、馬鹿だから? こっちはそれどころじゃないんだけど」


 アダマンが怒りを全身から放つ。並の人間であれば、それだけで気絶しそうなほどの圧力を発している。


「生憎こっちも虫の居所が悪くてね。悪いけど、あんた殺すよ」

「やってみれば?」


 その言葉を最後に――両者が激突する。

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