第31話:ダークドラゴンは誰?


 プールサイドでのパーティが終わり、日はすっかり暮れていた。


 家の中に戻ったラルク達だったが、はしゃぎすぎたのかディアとメアは抱きあったままソファで眠りこけていた。

 

 そんな二人を見て、リーシャが呆れたような声を出す。


「あいつら、さっきまで元気だったのに」


 リーシャがテーブルの前にある椅子へと腰掛けた。


「今日は泊まっていくんだろ?」


 ラルクが果実酒を入れたマグをリーシャへと差し出し、その隣へと座る。


「いいの? 流石にこんな村でも宿屋ぐらいあるだろうし、そこに泊まるつもりだったけど」

「部屋は余っているから構わない」

「そう。なら、お言葉に甘えようかしら」


 リーシャとラルクがマグを打ち合わせ、乾杯する。


「さっきも思ったけど、ほんと美味しいわね、これ」


 果実酒を一口飲んだリーシャがマグの中を凝視する。

 それはこれまでに飲んだことがないほどに美味であったが、それ以上にその酒からはある種の魔力を感じていた。


「自家製の果実酒だ」

「……この酒、やぱりなんか変ね。臭いわ」


 リーシャがジッとラルクを見つめるも、彼は目を逸らすしかなかった。


「あの子が寝ているから言うけどさ。ラルク、あんたもなんで私がわざわざやってきたか分かっているんでしょ?」

「主様に会う為ね~」


 ラルクの代わりに青子がニヤニヤしながら答えると、リーシャが殺意の籠もった視線を彼女へと向けた。


「違う! ディアの正体について聞く為よ!」

「……流石に気付いていたか」


 ラルクが諦めたようにそう呟くと、リーシャが頷く。


「あの子……竜でしょ。しかもただの竜じゃない……ダークドラゴンだ」


 リーシャにディアの正体がバレるかもしれない――その懸念は当然ラルクにもあった。


 だからこそ、バレンジアでは誤魔化すように別れを告げたのだが……こうなってはもう隠し通すのは難しいだろうと彼は判断した。


「その通りだ。黙っていててすまない。だがこれには――」


 そんなラルクの言葉をリーシャが遮って、果実酒を一気に飲み干した。


「事情があるんでしょ。分かるわよ、それぐらい。別にそれには怒ってない。いや、ちょっとは怒ってるけど……」

「すまん」

「でもあんたも迂闊すぎるわ。ダークドラゴンであることを隠すつもりなら、ちゃんと魔力を制御させなさい。ギルドどころか竜狩り隊にまで、おそらくバレているわよ」

「馬鹿な。確かにディアの魔力は強大だが、それでも感知できるほどのものはないはずだ」


 ラルクが信じられないとばかりに首を横に振る。


 確かにこれまでにディアが魔力を使ってアレコレしたのは事実だ。だがそれでも、遠く離れた位置から観測できるほどの魔力を放つほどのことをしたかと言われると、首を傾げざるを得なかった。


「あのデナイ男爵ですらダークドラゴンの存在に気付いていた。竜狩り隊も何やら動いたという情報もある」

「だが……」

「そこで、仮説を立ててみたの」


 そんな言葉と共に、リーシャが指を一本立てた。


「その一。彼らが探知したのは確かにディアの魔力だった。一番分かりやすい結論だけども、それには反論としてラルクの言う〝探知できるほどの魔力を彼女は発していない〟がある」

「その通りだ。あるいは奴等がこの村に潜伏していたというなら、話は別だが」

「それならその魔力の主がディアであるという確証がもっとあってもいいはず。でも彼らはただダークドラゴンが現れたという情報しか持ちあわせていなかった」

「つまり、どういうことだ?」

「そこで、仮説その二」


 リーシャが今度は指を二本立てた。


「確かにダークドラゴンは現れた。でもそれはディアではなかった――つまり、。という仮定を作れば矛盾はなくなる。ディアがいたけども、それとは別のダークドラゴンがいてそいつの魔力を探知した」

「……そんなこと有り得るのか」


 ダークドラゴンは竜の中でもかなり稀少な存在であり、人界に現れることは滅多にない。

 それが同時期に二体も現れたという話はラルクすらも聞いたことがなかった。


「分からない。だから私が来たの。もしディアがそのもう一体と結託して人界を侵略しようっていうなら、そのまま討伐するつもりだったんだけどね」

「ディアはそんなことしない」


 ラルクがそうはっきり断言した。


 ディアと共に暮らしはじめてさほど経っていないが――それだけは分かる。


「……分かってるわよ、でなきゃとっくに討伐してる。でも、もう一体もそうなのかどうかは分からない」

「そうだな」


 ラルクはもう一体のダークドラゴンについては、全く気付いていなかった。だがそれも致し方ないことであった。

 すぐ近くにディアがいるせいで、他の竜の魔力が仮に放たれていたとしても、気付けないからだ。


「というわけで、警告も兼ねてやってきたわけ。何を企んでいるか知らないけど……もしそいつに悪意があるなら、大変なことになるわよ」

「……ありがとう」


 ラルクが感謝を口にする


「ま、とりあえず私は明日から東の大森林を調査してみるわ」

「俺も協力する」


 その言葉を聞いて、リーシャが首を横に振った。


「これは冒険者の仕事。引退したあんたは引っ込んでなさい」

「だが……」

「それよりあんたはディアから他のダークドラゴンについて心当たりがないか聞いておきなさい」


 そう言われてラルクが首肯する。


 確かにディアなら何か知っているかもしれない。


「ま、そんなわけで私はもう寝るわ。じゃ、おやすみ」


 ラルクが用意した部屋へと去っていくリーシャの背中を見つめながら、ラルクはため息をついた。


「もうこれ以上のトラブルは勘弁して欲しいな……」


 そう呟いて、ラルクが果実酒へと口を付けたのだった。


 しかしその願いは叶いそうになかった。


***


 東の大森林――竜界との境界線付近。

 

 そこは鬱蒼と茂った森に覆われた大渓谷であり、怖いほどに静かだった。


「……もうこれ以上は我慢ならん!」


 そんな渓谷に、竜にしか理解できない言語――竜言語の叫びが響き渡る。


 苛立ちを隠せない様子の赤い鱗を纏う一体の若い竜――オスのレッドドラゴンであるザグレスを見て、一際巨大な体と黒い鱗が特徴的なメスの竜が口を開いた。


「落ち着きなさい」


 その竜の鱗は黒曜石のように美しく、その顔からは気品すらも感じさせる。なぜか体全体に無数の細い線状の模様が入っていて、他の竜とは異質な雰囲気を放っていた。


「だが、アダマン様! ディアに万が一のことがあれば!」

「お前に心配されるほど、あの子は弱くない」


 アダマンと呼ばれたブラックドラゴンの言葉に、ザグレスが歯ぎしりする。


「それでも、俺は!」

「お兄様は〝待て〟と言っているわ……お前はお兄様に牙を向ける気?」 

「それは……」


 ザグレスが萎縮し、首を引っ込ませた。

 目の前で、間違いなく格上であるアダマンが膨大な魔力と殺気を漏らしたからだ。


「現状が我慢ならんのはお前だけじゃないと知れ」


 アダマンが激情を押し殺して、そう静かに言い放った。


「可愛い妹があんなサルどもがいる世界にいるかと思うと、それだけでこっちはブチ切れそうなんだから」

「ですが……このまま様子見というのは」


 そんなザグレスの言葉を聞いて、アダマンが彼を睨み付けた。


「クドいわよ、それにザグレス、この際だから言っておくけど……私もお兄様も、認めていないのだからね――

「そ、それは!」


 ザグレスが反論しようにも、有無を言わせないアダマンの視線に、顔を伏せるしかなかった。


「いいから、お兄様の指示があるまでここで待機していなさい。臆病でへたれなお前に出来るのはそれぐらいよ」


 見下すような言葉と共に、アダマンが翼を広げると渓谷から飛び去った。


 独り残されたザグレスが、舌打ちしながらアダマンが去っていった空を見上げた。


「ちっ……クソが。俺はお前らに認められなくたって、ディアを手に入れる。あいつは俺のものだ」


 ザグレスが憎悪の炎を瞳に宿しながら、西の方向――森を越えた先にあるという人界へと視線を向ける。


「ああ……そうだ。俺のものなら、俺がどうしようと自由だ。あんなクソ兄妹の指示なんて待ってられるか!」


 ザグレスが自分を説得させるようにそう言葉を紡ぐと同時に、翼を広げた。


「ディアは俺が連れ戻す。そうすれば誰も文句は言わない!」


 ザグレスが空へと吼えると同時に飛翔。西へ向かうべく、翼で空気を叩く。


「ディアに万が一があったら……人界なんざ滅ぼしてやる!」


 そんな言葉とともに――赤い災厄がキーナ村へと迫る。


 だが、彼は知らない。


 まさかそこに人界における対竜の最高戦力が揃いつつあることを……。



*あとがきのスペース*

すみません! お待たせしました!


というわけで新キャラ登場。シリアスな展開ですが……タイミングが悪すぎる。

ザグレス君、逃げて~

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