第30話:み、水着を着ました!
『ふううう……。
俺は肺の中の熱い空気を、息と共に吐いた。
体の芯から沸き上がる熱が汗となって、俺の鍛え上げられた肉体から流れ出る。
火照る肉体美。迸る
「……君は何をブツブツと言っているんだ?」
家の横にある小屋から半裸かつ汗だくで出てきたラルクが不思議そうな顔で、何か呟いている青子を見つめた。
「っ! な、なんでもないわ~」
「そ、そうか」
小屋から出たラルクを見付けて、メアがトコトコとやってくる。
「ラルクお兄ちゃん。出たらすぐにプールに入るのが作法なんだよ」
「そうなのか?」
「うん」
「分かった」
ラルクが小屋のすぐ横にある、長方形型のプールへと静かに入っていく。
熱された体が一気に冷えて、思わず声が出てしまう。
「はああ……」
ラルクが恍惚の表情を浮かべ、目を閉じた。
半信半疑でラルクはメアが言う通りにやってみたが、これまでに感じたことのない気持ちよさに襲われていた。
「これは……良いものだ」
そう言わざるを得なかった。
「これがサウナとプールだよ。どう? 整った?」
「……ああ。これはちょっとクセになりそうだ」
そう思わず言ってしまったラルクが、つい一時間前にはここに何もなかったことを思い出し、苦笑する。
メアがプールを作ると言い出すと、
〝地面に穴を掘るの? じゃああたしに任せて!〟
と、メアの話を聞いていたディアが協力し、あっという間に家の横のスペースに穴が出来た。そこへメアが例の機械触手を使ってあれこれすると、あっという間に長方形型のプールの基礎が出来上がった。
それをディアが魔法で生成した水で満たすと、プールの完成だった。
さらにメアは、ディアに密閉した小屋を作ってもらうと何やら不思議な機械を中に導入し、小屋の中をある程度の高温かつ湿度があるように調整した。
そうしてまずはラルクに体験してもらおうと、入ってもらったのだ。
「これが〝トトノウ〟というやつなのか」
「うん。なんかラルクお兄ちゃんみたいな人がみんなそう言ってた」
「というか海の底で、プールは必要なのか?」
ラルクが素朴な疑問を投げると、メアがこくりと頷いた。
「それはそれ。これはこれ」
「そうか……」
なんて言っていると――家の扉から、ディアが顔だけを出した。その顔には恥ずかしそうな表情が浮かんでいる。
「えっと、メアちゃん……本当にみんな、これを着てるの?」
「うん。大丈夫、ディアお姉ちゃん美人だしスタイル良いから似合う。メアの太鼓判」
「そ、そうだよね……うん」
そうしておずおずと扉から出てきたのは――いわゆるビキニと呼ばれる水着を纏ったディアだった。
それはメアが触手で採寸して十秒で作った水着だが、おそらく帝国中どこを探してもないほどに、洗練されたデザインの水着だった。
白い眩しい肌に、スラリと長い手足。惜しげもなくさらされた女性らしい曲線美。
ディア本人の顔の良さと相まって、水着姿のディアはいっそ女神とでも表現できるほどに美しかった。
「ら、ラルクさん……変じゃないですか?」
ディアが顔を真っ赤にしながらそうラルクへと問うが――
「……」
ラルクは完全にディアの水着姿を見蕩れてしまっていた。
「ラルクさん!?」
「あ、ああ! とても良く似合っているぞ!」
「そ、そうですか!」
そんなぎこちない会話をしている二人を視て、青子はため息をついていた。
(まだまだ先は長そうね……)
なんて考えているうちにディアがプールに入り、そこへメアが飛び込んだ。
「きゃああ!」
水しぶきが舞い、ディアが楽しそうな声を発した。
「あははは!」
メアが笑いながら、ディアにじゃれついていく。
そんな微笑ましい光景を見つつ、ラルクが静かにプールから上がりその縁に腰掛けた。
「貴族がプールを好む理由が分かったよ。これは贅沢だ」
ラルクの言葉に、青子が苦笑しながら答える。
「多分、貴族は可愛い子にああいう格好をさせて侍らすのが好きなだけだと思うわよ~。主様みたいに」
「侍らしてないぞ」
「そうかしら~。あーあ、私も水着着れればいいのに」
青子がそう言って、地面に直接繋がっている自分の下半身を恨めしげに見つめた。
「メアに言えば、作ってくれるんじゃないか? 青子も頑張れば足は作れるのだろ?」
「まあねえ。でも、やめとくわ。ディア様やメアちゃんみたいな可愛い子がいるのに私じゃあねえ」
なんて青子が言うので、ラルクが真面目な顔で言葉を返す。
「青子も負けないぐらい美人だと思うぞ?」
「……っ! もう主様は……本当に」
仄かに顔を赤くする青子を見て、ラルクが首を傾げる。
「……?」
「はあ……主様はそういう人だったわね。そのうちに、ひどいめに合うわよ~」
「なんで……」
褒めただけなのに、と思うラルクだったが――その予言は当たることになる。
なぜなら――
「ここがラルクの家ね!」
なんて言葉と共に――家のドアが乱暴にノックされる音が響いたからだ。
「来客かしら? しかもこの感じ、相当に厄介そう」
「今の声は……」
なんていうラルクの呟きが聞こえたのか先ほどの声の主が、家の前から横にあるプールへとやってきた。
その声の主は――
「あれ? リーシャ!?」
ディアがその姿を見て、驚いたような声を上げた。
「あ、あんた! なんて格好しているのよ! それにそっちのちっこいのは何!? っていうかなんでプール!? げっ! 魔物!? いやそれよりも裏からレッサードラゴンの匂いがする!」
色んな情報が一気に入ってきて、その声の主――リーシャが混乱した様子で頭を抱えていた。
「あー、リーシャ。どうしたんだ?」
ラルクがとりあえずそう話し掛けると、リーシャが目をこれでもかと見開いて、ラルクを睨み付けた。
「どうしたじゃないわよ! ここどうなってんのよ!? というかあんたまでなんて格好しているのよ!」
半ズボンのような形の水着を着ているラルクを見て、リーシャが顔を真っ赤にしながら目を逸らした。
「プールとサウナだ」
「さうなってなに!? じゃなくて、あの魔物なによ! トレント!?」
「あれは青子で、魔物ではない。サウナはあの小屋のことで」
「そんなことはどうでもいいの!」
なんて叫んでいるリーシャの後ろへと、悪そうな笑みを浮かべたディアが忍び寄る。
「はいドーン!」
「ぎゃあああああ!」
ディアに押されたリーシャがプールへと落下。
「メアちゃん! 水着着せてあげて!」
「りょうかい」
プールの中にいたメアが触手を伸ばし、落ちる途中のリーシャが着ていた服を水着へと置換していく。
ディアと違い、胸の大きさが慎ましいリーシャに合わせてか、フリルが多めの水着姿になった彼女がプールに落ち、それから水面へと顔を出しながら叫んだ。
「ななななな、どうなってんのよ!?」
「元の服はそっちに畳んであるから、大丈夫」
メアがリーシャが元々着ていた服がプールの傍に畳んで置いてあるのを指差した。
「そういう問題じゃない!」
「リーシャもプールで遊ぼうよ! それに水着、凄い似合ってるよ? ね! ラルクさん!」
ディアにそう言われて、ラルクが頷いた。
確かにディアが言うようにリーシャの褐色の肌に、白色の水着が良く似合っていた。
「いいと思うぞ」
そうラルクが言うものだから、リーシャも顔を赤くしつつ俯いた。
「そ、そう。ならいいけど……」
「じゃ、遊ぼ! あ、この子は一緒に暮らしてるメアちゃん!」
「メアだよ」
「……リーシャよ。というかなんで数日もたたないうちにまた女子が増えてるのよ」
リーシャがラルクを睨むが、その気持ちは全く彼に伝わっていなかった。
「喉も渇くだろうし、果汁水と果実酒、それと美味しいご飯も用意したわよ~」
青子がそういって、即席のテーブルと椅子をプールサイドに作り、そこへグラスと皿を並べていく。
「やった!」
「お酒があるなんて気が利くじゃない……いや違う!」
こうしてその日はリーシャという客を迎え、日が暮れるまでラルク達はプールを満喫したのだった。
*あとがきのスペース*
更新遅れてすみません! 水着回です!
~お知らせ~
作者、本業が少し忙しくなったため、毎日更新から週2~3更新に変更いたします。まだまだ物語は続くので、最後までお楽しみいただければ幸いです
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