第28話:メアちゃんです!


 謎の赤髪の幼女を釣り上げたディア。


 幼児のような体型に、赤髪のおさげから伸びる四本の触手。水着のような肌にぴっちりとフィットした謎の素材の服。

 背中には妙にツルツルした素材で出来た箱のようなものを背負っていて、首にはチカチカと点滅する赤い光点がある黒い金属製の輪を巻いていた。


 そんな幼女を見て、二人が同時に口を開いた。


「タコ!」

「この姿……まさか悪魔か」

「いや、これどう見てもタコですって!」


 なんて言い合うラルクとディアを尻目に、幼女が軽い身のこなしで地面へと着地。二人へと可愛らしいがなぜか妙に無表情な顔を向けた。


「悪魔、違う。タコはもっと違う。メアは、メアだ」

「喋った!」

「そりゃあな」


 メアと名乗るその幼女を見て、ラルクはさてどうしたものかと困っていた。流石に触手をうねらせる幼女を釣ってしまうのは想定外だった。


(せいぜい、釣れても海の魔物かレッサードラゴン程度だと思ったが……)


 それも十分おかしい想定なのだが、ラルクはディアとの生活に慣れて少し感覚が麻痺していた。


「メアちゃんはタコの妖精じゃないの!?」


 なんて言い出すディアを見て、メアがスッと目を細めた。よく見ればその瞳孔がまるでヤギのように横に長い長方形型で、決して人ではないことが分かる。


「違う。でも、お前は敵性知的脅威生命体ドラゴンだな」

「え?」


 メアが身構えたのを見て、ラルクが肌が粟立つ感覚に襲われた。


(これは……殺気? マズい)


「なぜ原住民にんげんの姿をしているか不明。でも、エーテルパターンからドラゴンと判断――


 その言葉と同時にメアの背中の箱が展開。そこから金属製の腕のような物が伸びてきて、彼女の両腕に重なるように装着されていく。


 それは幼女が装備するにはあまりにゴツくいかめしい装甲となり、その先端から赤い光の刃がまるで爪のように五本伸びている。


 触手をうねらせ、空気を焦がすような赤い光刃を構えるその姿は――まさに悪魔と呼ぶに相応しい姿だった。


「ディア、避けろ!」


 ラルクが叫ぶと同時に、赤い光刃がディアへと迫る。


「あわわわわ!」


 ディアが慌ててそれを避けるも、それは彼女の予想を上回る速度で、完全には避けきれずに髪の毛を何本か切り裂いていった。


「下がれ!」


 ラルクがディアを下がらせると同時に、前へと出る。一応念の為にと持ってきた大斧を起動させつつ、メアと相対す。


「――そっちの武器からもがするな。邪魔するなら排除する」


 幼女とはとても思えないほどの速さで、メアがラルクの懐へと飛び込んだ。


(迷わず飛び込んできたか。こいつ、戦闘慣れしているな)


 ラルクが目の前の相手がただの幼女ではなく脅威だと認め、すぐに思考を切り替えた。手加減するとか、そういう考えは一切ない。


「先に襲ってきたのはそっちだ」


 ラルクがそう呟くと同時に、バックステップ。目の前に迫る五本の凶刃を避けつつ、大斧を水平に振りぬいた。


 狙うは首。


「ラルクさん!」


 その攻撃が本気で殺しに行っていると気付き、ディアが声を上げる。


 しかしラルクの一撃は、無表情なままのメアの首へとまるで吸い込まれるように叩き込まれた。


 その瞬間、パリン、という音と共に何かが割れる音が響き、メアの小さな体が吹き飛ぶ。


「……馬鹿な」


 ラルクが驚愕する。


「メアちゃん!?」

「……うーん」


 なぜなら、本気の一撃を首に叩き込んだのにもかかわらず――その首には傷一つ付いていなかったからだ。


 代わりに、巻いていた首輪が粉々に割れていた。


「ラルクさん! いくらなんでもひどいですよ! 相手はまだ子供ですよ!?」


 倒れて、目を回しているメアを抱き抱えたディアが、怒ったような顔をラルクへと向ける。

 

「いや、だが……」


 それ以上ラルクは何も言えず、黙って頭を掻くしかなかった。

 間違いなく、さっきはこっちがやらねば、やられていた。見た目は幼女かもしれないが、秘める力は竜と同等かあるいはそれ以上だとラルクの長年の勘が告げている。


 だからあの判断が間違っていたとは思わない。


 それでももう少しやり方があったかもしれない、と反省するラルクだった。


「大丈夫? メアちゃん?」

「うーん……あれ?」


 目をパチリと開けたメアが、不思議そうな顔でディアを見つめた。


「……誰?」

「ディアだよ! メアちゃん、どこか痛くない?」

「痛くない。でも、メアちゃんって誰のこと?」


 可愛らしく首を傾げるメアを見て、思わずディアはポカンと口を開けてしまう。


「へ?」

「分からない。ここどこ?」

「え……えええええ!?」


 何やら更なる厄介事になりそうな予感がしたラルクだったが……今回ばかりは自分が原因だということは嫌というほど分かっていた。


***


 それから色々と聞き込んだ結果。


「つまり、メアちゃんは海の底にある都市で暮らしていたんだね?」

「そう。〝サンタマリア〟という名前。星の海すらも越える、偉大なる街だよ」

「で、メアちゃんは、〝異星の民〟という種族なんだね?」

「多分……その特徴にメアが当てはまるから」


 ラルク達が話を聞くうちに分かったことは、どうやらメアはラルクの一撃を食らったせいで、記憶が飛んでしまったようだった。


 知識はあるのだが、自分が何者かということが思い出せないという。


「しかし悪魔でもタコでもなく、海の中に住む種族とはな……」

「メアちゃんはそういえばなんで襲ってきたの?」

「……分からない。なんでだろ?」

「ディアがドラゴンだから、と言っていたな」


 ラルクがメアの発言を思い出し、そう口にした。


「……分からないけど、メア達にとってドラゴンは脅威。幸い、海の中まで進出していないけど、来た時のための準備は整ってる。メアはその中の一つかもしれない」

「海は遊びにいくところで、住むところじゃないよ!」

「だったらいい」


 しかし、すっかり仲良くなってしまったメアとディアを見て、ラルクは嫌な予感がしていた。


「メアちゃん、そのサンタマリアに帰れるの?」


 ディアがそう聞くと、メアがフルフルと首を横に振った。


「分からない。そういう街があるのは分かるけど、それが海のどこにあってどう帰るかまでは……」

「困ったね……流石に海の底まで送っていくわけにもいかないし」


 そう言いながら、ディアがチラチラとラルクへと非難めいた視線を送る。それを受けて、ラルクがメアへと頭を下げた。


「……メア、すまなかった。俺のせいで記憶が」

「大丈夫。お兄ちゃんが悪い人でないことは、エーテルで分かる。覚えていないけど、メアがきっと悪い」


 そう健気に言うメアを見て、ディアが思わず彼女を抱き締めてしまう。


「うー! メアちゃん、可愛すぎる! ラルクさん! 大人として、責任取るべきではないですか!?」

「せ、責任?」

「そうです! ラルクさんのせいで、メアちゃんは記憶がなくなって、おうちに帰れなくなったんですから! 責任もって記憶が戻るまでの間はうちで保護するべきです! メアちゃんもそう思うよね!?」


 ディアにそう言われて、メアが上目遣いでラルクを見つめた。


「……だめ?」

「はあ……記憶が戻るまでの間だけだ」

「やったあ! あ、メアちゃんの服とかベッドとかも用意しないと!」


 なぜか妙に張り切りだすディアを見て、ラルクはまた同居人が増えたことについて自業自得とはいえ、ため息をつくしかなかったのだった。


 こうしてラルクの家に、メアという新たな仲間が加わったのだった。


 彼女がディアと負けず劣らずの規格外の力を有しているとも知らずに。




*あとがきのスペース*

ディアがファンタジー担当だとすると、メアはSF担当です。

ラルクの家が更なるカオスになること請け合いです。


次話、〝ラルク、整う〟――お楽しみに!



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