第27話:なんか変なのが釣れました!


「ディア、今日は釣りをするぞ!」

「は、はい」


 なぜか朝からやけにやる気満々なラルクに、ディアが少し驚きながらも頷く。


「まずは道具作りからはじめよう。なに、そんなに難しいことはない」


 ラルクがディアに説明しながら、家の横に併設した作業台へと移動する。それは簡易な作業台ではあるが、ちょっとした大工仕事や加工ならできる程度には整っていた。


「必要なのは、竿となる木材に、糸、それに釣り針だけだ。単純な構造だがそれゆえに洗練されていると言える。なんせ釣りの歴史は人類の歴史と言っても過言ではないほどに古いからな」


 いつになく饒舌なラルクを見て、ディアは思わず小さく笑ってしまう。


「ふふふ……ラルクさん、本当に釣りが好きなんですね。竜界には釣りの文化がないので新鮮です!」

「釣りが……ない!? 竜は魚を食べないのか!?」

「食べますけど、大体そういう時は魔法使いますから」

「そうか……そっちの方が楽ではあるだろうな」


 ちょっと落ち込むラルクだったが、作業台の上に頼んでいた通りの木材が二本置いてあるのを見て、気を取り直した。


「流石は青子だ。理想的な木材だよこれは」


 それは細く長いが、しなやかなで弾性のある木材だった。見た目は少し枯れた色で、表面はツルツルしており、一定間隔で節があるのが特徴的だった。


 それを見て、ディアが笑顔でその名前を口にする。


「あ、これ、竹ですね!」

「知っているのか? 帝国内には自生していない珍しい植物なんだが」

「竜界では結構一般的ですよ。へー、竹が竿になるんですか?」

「そうだ。しかも予め乾燥してくれていたようだ。青子も気が利くな」


 その長さに反して、やけに軽い竹を手に取ったラルクが満足そうに頷いた。


「乾燥させるんですか?」

「そうだ。そうして中の水分を抜かないと重くなってしまう。よし、まずは枝を払おうか」


 ラルクが鉈を取り出すと、竹から伸びている余計な枝を払っていく。それに習ってディアも同じようにしていくと、一本のしなやかな竿が出来上がった。


「これだけですか?」

「そうだ。あとは持ち手のところに革を巻いて滑らないようにしよう」


 近所の猟師から分けてもらった革の切れ端を、ラルクが持ち手になるであろう枝の下部に巻いていく。


「これで竿の完成だ。糸は用意してあるので、次は釣り針だな」


 ラルクが腰に付けていたポーチから取り出したのは、細長い金属の欠片だった。


「村の鍛冶屋で譲ってもらった軟鉄片だ。これをまずは棒状にして――」


 ハンマーを取り出すと、ラルクが作業台の上に置いた鉄の台座に金属片を乗せ、それで叩いていく。少しずつ回転させながら金属片を棒状にしていくその技は素人ながら、中々の手付きだった。


 軽快な音が響き、ディアがその作業を興味深そうに見つめた。


「あたしもやっていいですか?」

「やりすぎるなよ? あくまで棒状にするだけだ」

「はーい」


 ディアがハンマーをラルクから受けとると、精一杯加減して、ハンマーをで金属片を叩いていく。


「上手だな」

「えへへ」


 本当は魔法を使えばもっと簡単にできることを、ディアもそしてラルクも分かっていた。

 でも、それでは意味がないのだ。


「よし、できたな。次は適度な大きさに切って、その両端をヤスリで削って尖らせる」


 ラルクが鉈で棒状になった金属片を、細かく切っていく。


 当然、本来ならいくら細いとはいえ金属棒を鉈で切ることは難しいのだが、ラルクの筋力とそれを制御する超絶技巧があればそれは可能となった。


 そうやってできた針のような金属棒の両端を二人で手分けしてヤスリでかけた。


「両端を尖らせるんですよね?」

「そうだ。あえて荒く削って、返しのようにしておき、そこに餌を刺すんだ。糸は針の中央にくくりつける」

「なんかでもこれだと餌だけ取られちゃいそうです」


 ディアが出来上がった細長い釣り針を見て、首を傾げた。


「そうでもないさ。魚の口の構造上、餌と針はまっすぐに口の中へと入る。で、その時に糸を引っ張ると――」


 ラルクが水平に持っていた釣り針の角度を九十度回転させた。


「糸に引っ張られて釣り針が口の中で垂直になって刺さる仕組みだ。だから狙う魚の口の大きさを考えて、長さをバラバラにしているんだよ。大物相手に小さな針では刺さらないし、逆に大きすぎると小魚の口には入らない」

「なるほど! 考えてありますねえ」

「職人が作る、鉤状の釣り針が一番使いやすいが、あれを素人が作るのは難しいからな。よし、できた」


 ヤスリをかけ終えて出来たのは、大小様々な長さのある釣り針だった。


「あとは糸で竿と針を括れば……完成だ」

「あ、あたし自分で作った針を使います!」


 それは、ラルクのものに比べると少し歪んでいる、大きめの釣り針だった。


「大物狙いか。面白い」


 そうして出来上がった二本の釣り竿を見て、ディアが嬉しそうな声を上げた。


「早速釣りにいきましょ! そういえば餌って何を使うんです?」

「磯の辺りでいる甲殻類を捕まえてそれを餌にしよう」


 ラルクとディアが釣り竿とバケツを持って、家のすぐ目の前にある海へとやってきた。


 エメラルドグリーンの海が静かに波を寄せては返している。


「この海って確かラーゲ海って言うんですよね」


 家の前の浜辺から少し歩いたところにある磯で、ラルクとディアが餌になりそうなカニやエビ類を捕まえていく。


「魚もたくさんいて美しい海だが、悪魔が住んでいるという噂もある」

「悪魔?」

「なんでも、八本の足があるとかいう恐ろしい魔物だそうだ。人間よりも賢く、この辺りに伝わる昔話だと、海で溺れた漁師を助けて、知恵や不思議な道具を授ける代わりに、後日迎えに来るそうだ。その後その漁師の姿を見た者はいないとか」

「なんか怖いですね。迎えにくるってのはどういうことなんでしょう?」

「さあな。死ぬ、と比喩表現かもしれない」


 ラルクが器用に小ガニを捕まえていき、小さな袋に入れていく。


「あー、身に余る知識や知恵を与える代わりに、魂を奪うってのは悪魔の常套手段ですしね」

「ま、ただの昔話か迷信の類いだ」


 餌を取り終えた二人が、いよいよ釣りをはじめるべく、釣り針へと取ったばかりの小ガニを刺していく。


「ふふふ、その悪魔が釣れたりして」

「小ガニで釣れるなら、随分と安い悪魔だ」


 なんて冗談を言い合って――二人が釣り糸を海へと垂らしたのだった。


***


 それから一時間後。


「むー! 釣れないんですけど!?」


 ディアが釣り竿を上げると、そこには手付かずの餌がついたままの釣り針だけが、ぶらぶらと揺れていた。


 一方、ラルクはというと――


「よし」


 順調に小魚を釣っていて、横にあるバケツにはもう十匹近い魚が泳いでいた。


「なんで!?」

「少し針が大きすぎるかもしれないな。もう少し小さいのに変えたらどうだ?」


 とラルクが提案するも、ディアが首を横に振った。


「自分の針で釣りたい……」

「そうか。なら餌を変えた方がいいかもしれないな。これ使ってみるか?」


 ラルクがたまたますぐ近くをうろちょろしていた謎の虫を捕まえて、それを差し出した。


「ひいいいいい!? なんですそのグロいの!?」


 ディアがラルクから距離を取りつつ、それから目を逸らした。


「ん? フナムシだが?」

「そ、そそそそれが餌になるんですか!?」

「なるぞ。これを好む魚もいる」

「……ら、ラルクさんが付けてください」

「自分で付けなさい」

「うううう……」


 少し意地悪か? と思ったラルクだがそれも含め、釣りだということをディアに分かって欲しかった。


 ディアが最初は嫌がりながらも、目を逸らしつつぷるぷる震える手でフナムシを釣り針へと刺して、目に止まらぬ速さで海へと投げた。


「うげー……感触がまだ残ってる」

「よく頑張ったな。新鮮な餌はそれだけで魚を引き寄せるから、きっと釣れる」

「……はい」


 今度こそ釣りたい。

 そんなディアの強い想いが竿に伝わり、そこから糸を通して釣り針へと伝播していく。

 それが魔力となって釣り針から発せられ、怖がって余計に魚が近付かないことに彼女は気付いていない。


 しかし、幸か不幸か――その魔力は別の存在を強烈に引き寄せた。


 本来なら海にはいないはずの、強大な竜の魔力。


 それは海を支配するとある存在に取っては、無視できないものだった。


「……ん? んんん!? ラルクさん! なんか竿が重いんですけど!?」


 なんてディアが言い始めるので、ラルクが慌ててディアの下へとやってきた。


「っ! これは凄い大物だぞ!」

「はい! うおおおおおおお!」


 ディアが力の限り、竿を上げた結果――海の中から何かが飛び出した。


「……は?」

「え?」


 ディアの釣り竿の先。釣り針を掴んでいたのは――だった。


 その赤い髪の一部はお下げのようになっていて、途中から吸盤のある軟体動物のような触手に変わっていた。

 

 そんな触手が四本。細い四本の手足に、その四本のウネウネと動く触手を見て、なぜかディアがこう叫んだのだった。


「た……タコだあああああ!」




*あとがきのスペース*

というわけで新たなヒロインです。

その正体については次話で明らかに?


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