第26話:美味しい果実酒ができました!


「たった一日だけなのに、ようやく帰れた感がありますね」


 キーナ村へと帰ってきたラルクとディア。二人が椅子に座って一息ついていると、青子が果汁を水で割った果実水をグラスに入れ、テーブルに置いた。


「お疲れ様。色々あったみたいね~」

「ありがとう」


 ラルクが礼を言うと、青子が微笑む。それから彼女は、キッチンの方へと視線を向けた。


「そういえば、そろそろ果実酒の様子を見た方がいいかもしれないわね」

「果実酒!」


 ディアが思わず椅子から立ち上がる。それを見てラルクも苦笑しつつ、同じように立ち上がった。


「少し試飲してみようか」

「やったー!」


 なんてディアが喜んでいると――畑へと繋がる裏口が勢いよく開いた。


「果実酒が!」

「飲めると聞いて!」


 それは裏で畑仕事をしていたユーリとミーヤだった。


「ご苦労様。すまなかったな、留守中の畑仕事を任せて」


 ラルクが二人を招き入れ労うと、二人がとんでもないとばかりに首を横に振った。


「いやいや! この程度ならいつでも」

「採れた果実と野菜分けてもらってるしね」


 そんな二人の言葉を聞きつつ、ラルクがソッと果実酒を発酵させている壺の蓋をどける。


 すると果実の爽やかな香りと僅かな酒精の香りが立ちのぼる。


「んんん! 何これ!? もうすでに美味しいそうな匂いが!」


 ディアが目をキラキラさせながら、興奮したような声を出した。 

 果実酒はいまだに発酵しているのか、プツプツと小さな泡が立っている。


「これ本当に果実酒ですか? 俺、この村に来てから結構果実酒飲んでますけど、こんなに香りがいいやつは初めてですよ」

「早く飲みたい……」


 待てない様子でいるユーリ達の横で、ラルクがお玉で果実酒を掬って、小さなグラスに入れていく。

 これまでの経験上、まだ少し濁っているが、香りからして既に飲めそうなぐらいには発酵が進んでいるのが分かった。


「さ、飲んで感想を言ってくれ。酒精が足りないようなら少し砂糖を足すが」


 とラルクが言った途端に、ディアとユーリ達の三人が同時にグラスに入った果実酒を飲み干した。


 すると三人がまるで示し合わせたかのように目を見開いて、驚きの表情を浮かべる。


「なにこれ!?」

「めちゃくちゃ美味い!」

「こんなに美味しいの初めて!」


 三人の顔を見て、飲まずとも果実酒が美味しくできたことが分かりラルクが微笑む。


「そうか。なら良かった」


 あっという間に飲み終わった三人がグラスを差し出してくるので、ラルクは仕方なくもう一杯ずつ入れていった。


「いや、これ、帝都でも売れるんじゃないか!?」

「高級な果実酒もここまでの味はしない」


 それもすぐに飲み干して、ユーリとミーヤが興奮した様子で感想を言い合う。


「ラルクさんも飲んでみてください! めちゃくちゃ美味しいですよ!」


 ディアがニコニコしながらラルクの分のグラスを用意したので、ラルクがそこへと果実酒を注ぐ。


「確かに香りはいいな」


 ラルクが香りを嗅ぐと、オラージとリモネの爽やかな香りがスッと鼻を抜けていく。その香りに奥に潜む酒精が、早く飲みたいという欲求をそそってくる。


 一口飲むと舌の上で柑橘特有の酸味が弾け、微かな甘さと酒精が口の中に残ったかと思うと、そのあと何の違和感もなくそれらがスッと消えていく。


 それは、それなりに高い酒や美酒と呼ばれるものを飲んできたラルクすらも驚くほどに、よくできた果実酒だった。


「これは……美味い」

「ですよね!? 初めて作ったわりにはこんなに美味しくなるんですね~」


 ディアが感心したようにそう口にするも、ユーリがそんなわけないとばかりに首を横に振った。


「いやいや、素人が作ったとは思えないレベルの美味さですよ、これ」

「これだったら、五ベタン……いや十ベタンでも売れる!」

「早速村の酒場に売りに行こう!」

「ええ、それよりあたし達で飲もうよ」


 なんて盛り上がるユーリ達をラルクが一応たしなめる。


「それは流石にぼったくりすぎだ」

「そうですか? 俺ならそれぐらい払ってでも飲みたいけどなあ」

「同意」

「ラルクさん、もう一杯!」


 まだ飲み足りなさそう様子のディア達を見て、ラルクが果実酒の入った壺に蓋をした。


「今日はこれぐらいにしておこう。まだ甘さが残っているからもう少し発酵させるつもりだ」

「……はーい」


 残念そうにするディア達を見て、この分だと売るほどの量が残るか疑問になってきたラルクだった。


 そんな彼らを見ていた、青子がふと何かに気付く。


「……あら?」


 ディアについては元々異常なほどに魔力を秘めているし、ラルクについては流石に竜であるディアに及ばないものの、戦士にしておくにはもったいないぐらいの魔力を持っている。


 だからその二人に関してはさして変わらないのだが――


「ユーリとミーヤの二人、ちょっといい?」


 青子がそう聞いてくるので、ユーリ達が不思議そうな顔で言葉を返す。


「ん? どうした青子さん」

「二人とも、なにか感じないかしら?」


 そう言われて、ユーリとミーヤがお互いの顔を見つめた。


「そういやなんか体の芯が熱いな。酒飲んだせいか?」

「うーん、そこまで酒精強くないからそれが原因じゃないと思う。でもなんか体が軽くなった気がする」


 なんて言うので、青子が二人に裏の荒れ地に来るように指示する。


「ちょっと試したいことがあるのだけど、いい?」


 青子がそう聞いてくるのでラルクが頷き、ディアと共に見学するべく外へと出た。


「で、何するんだよ青子さん」


 ユーリがそう発言した瞬間――彼の足下から槍のように尖った根が彼の顔を目がけて放たれた。


「っ!」


 咄嗟にユーリがそれを避けると、続いて何本もの根がユーリとミーヤを襲う。


「ちょ、ちょっと待って!」

「いきなりなんだよ!」


 突然の攻撃に怒りを露わにしながら、青子の樹木魔法を避け続けるユーリ達。


「……ほう」

「へえ」


 見ていたラルクが感心したような声を出した。


 青子の猛攻は全く手加減しているように見えず、並の冒険者なら最初の一撃で死んでいただろう。そこからさらに余裕そうに避け続けるユーリ達の動きは、控えめに見積もってもAランク冒険者なみの身体能力がないと無理だった。


(ユーリ達はここまで動けたか?)


 ラルクが直接稽古を付けた数日前の彼らの動きは、少なくともここまで良くはなかった。


「攻撃しないと終わらないわよ~」


 なんて青子が言うので、ユーリが剣を抜いた。


「そこまで言うならやってやる!」

「右に同じく!」


 ミーヤが槍を器用に使って根を払うと、その隙に飛び出したユーリが青子へと迫り、剣を振るった。


 もちろん、手加減なしの本気の一撃だ。


 というのも、これまでユーリが何度か青子と戦って分かったのは、彼女の体は見た目以上に硬く、この剣ではただ弾かれるだけということだった。


 だからこそ、安心して本気の一撃を放てたのだが――


「へ?」

「え?」


 ユーリの渾身の一振りから魔力を伴った斬撃が発生。それは黒い衝撃波となって青子をいとも簡単に真っ二つに切断した。


「うわあああああああ!? 青子さん!?」

「青子さん! ユーリ何やってるの!?」

「いや、俺も何がなにやら!」


 なんてユーリ達があたふたしていると、彼らの横に青子がスッと生えてくる。


「私は大丈夫よ~」

「うわ!? 生えてきた!?」

「そりゃあ生えてくるわよ~。植物だもの」


 それを見ていたラルクが信じられないとばかりに、目を見開いていた。


(今のは……魔剣士が使う魔力斬って技じゃなかったか? どうしてただの剣士のユーリが?)


 なんて考えていると、横でディアが不思議そうな顔をして呟いた。


「今の……なんかあたしの魔法に似ている気がするなあ。重力魔法に近いというか」


 それを聞いていた青子が、当然とばかりにこう言い放った。


「そうね~。確かに今のユーリとミーヤの中には、ディア様の魔力が宿ってるわ」

「ディアさんの魔力が!?」

「なんで!?」


 その疑問に、青子が答えていく。


「私、見たのよ~。ディア様が酵母を入れた時に、ディア様の魔力が酵母に何らかしらの影響を与えてしまったところを。それとガイアリザードの上で育った果実で作った果汁が反応して……凄いお酒が出来たのよ」

「あれ……あたし、そんなことしたっけ」

「無意識だったと思うわ~。でも結果として、美味しいだけじゃなくて……になってしまった」


 その説明を聞いて、ラルクは苦笑いを浮かべるしかない。


 ただの果実酒を作るはずが、これまたとんでもない物が出来てしまった。


「青子はそれが分かったから、こうやってユーリ達を外に連れ出したんだな」

「その通りよ、主様」

「すげえ! 俺魔術師になれるんじゃねえか!?」

「私も……さっきの必殺技うちたい!」


 なんてはしゃぐユーリ達を青子が微笑ましそうに見つめながら、こう言った。


「残念ながら、その魔力は一時的なものよ~。とはいえ、数時間は残ると思うけど」


 それを聞いてユーリ達が少しだけがっかりした様子を見せるも、すぐに笑顔を取り戻した。


「そうか……いやそれでもすげえよ! 今なら黒吉にだって負ける気がしないぜ!」

「ユーリ、早速黒吉のところいって試してみよ!」

「おう! じゃあ師匠、ちょっと行ってきます!」

「それでは!」


 これまでにない速さで去っていくユーリ達を見て、ラルクはため息をついた。


「……果実酒を売るのはやめた方が良さそうだな」

「ええ? めちゃくちゃ売れそうですけど!?」

「絶対に騒ぎになるからダメだ」


 これ以上の騒ぎは勘弁とばかりにラルクが言うので、ディアもそれ以上何も言えなかった。


「さて。畑も順調だし、そろそろ別のことにも手を出すか」

「お! 何をするんです!?」


 ディアがワクワクしながらそう聞くと、ラルクが気合い十分という顔で、こう返した。


「それは……魚釣りだ! まずは道具作りからやるぞ!」


 実は釣りが三度の飯よりな好きなラルクなのだが――当然、それがただの釣りで終わるはずもないのだった。




*あとがきのスペース*

<竜断の果実酒>

効果:竜の魔力を一時的に得ることができる

効果時間:約五時間

竜殺しが竜の協力を得て作った美味しいお酒

その味は絶品であるが、その真価は飲んだあとに現れるという。

竜の魔力を得た者は一時的にだが身体能力が向上し、

竜に対する特効特性をもった魔力攻撃が可能になる。

竜断の名に相応しい、人による人のための竜殺しの酒である。



というわけで釣りきちラルク編はじまるよ~


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