第21話:最強の二人


 ディアへ魔の手が迫っていることに気付いていないラルクとリーシャは、宿屋の前の大通りで大暴れする、巨大な存在と対峙していた。


「なんでこんな街中にこいつがいんのよ」


 周囲に漂う腐臭に顔をしかめながらリーシャが視線を向けた先。


 そこにいたのは体の半分が腐り、骨が剥き出しになっている動く竜の死体――ドラゴンアンデッドだった。


 竜の死体にネクロマンサーの禁術を使うことで生み出されるこの魔物は、厳密に言えば竜でもレッサードラゴンでもない。しかし多少防御力が落ちているものの、竜と遜色ない戦闘力を有しているので、レッサードラゴン扱いされることが多かった。


「明らかに人為的に放たれたものだ。すぐに止めないと被害が出るぞ」


 ラルクが大斧を構えてドラゴンアンデッドを睨み付けた。


「さっさと倒すわよ。ポイズンブレス放たれる前に決着つけてやる」


 リーシャが両手の拳を打ち合わせて、不敵な笑みを浮かべる。


 そんな彼女の殺気を感じたのか、ドラゴン・アンデッドが甲高い咆吼を放つ。


「キュオオオオオ!」


 それが戦闘開始の合図となった。


 ラルクとリーシャが同時に疾走し、左右に分かれる。


「対竜戦闘の極意その一! デカブツはまず足をぶっ壊す!」


 ドラゴン・アンデッドの腐りかけの左脚へとリーシャが一瞬で肉薄。

 彼女は恒常的に己の肉体へと自己強化魔法を発動させているおかげで、その身体能力は竜すらも凌駕する。


 目がない代わりに魔力で相手を感知するドラゴン・アンデッドは、その動きに反応すらできない。


「――〝狂い咲け〟」


 リーシャがそう詠唱すると同時に、ドラゴン・アンデッドの左脚に右手で触れた。


 殴る、でも、叩く、でもない。ただ触っただけ。


 それだけなのに――


 まるで薔薇の花の蕾が開くかのように広がる爆炎が、ドラゴン・アンデッドの左脚をあっけなく爆散させる。


「相変わらず派手だな」


 それを見て、ラルクが苦笑いする。


 リーシャとは何度も共闘し、そして決闘もしたことがあるラルクは、その魔法の恐ろしさをよく知っていた。


 それは禁術と言われる類いの魔法であり、リーシャが唯一使えるという攻撃魔法――〝爆華ブラスト・ローズ〟。


 それは極めてシンプルな魔法であり、〝術者が触れたものを〟という効果がある。


 刃も魔法も弾く超硬度を誇る竜の鱗すらも火薔薇に変える、その魔法を防ぐ術はない。


 唯一あるとすれば、彼女に触れられないように立ち回るしかないのだが、エルフの魔力で紡がれる自己強化魔法によって得た彼女の異常な速度がそれを許さない。


 結果として何体もの竜や魔物が、彼女の手によって爆殺されてきた。


 そんな彼女に付けられた二つ名は――〝薔薇ばら〟。


 ただ撫でるだけで、相手に死をもたらす薔薇を咲かせるがゆえに。


「俺も負けていられないな」


 ラルクが大斧を振りかぶると同時に、魔力を柄を通して先端の刃へと注いでいく。


 刃の内部に仕込まれた機構部が魔力を切っ掛けに起動。


「〝雷嵐に吼えろ――タラニス〟」


 大斧の刃に青白い雷撃が宿る。


 そのままラルクは大斧を振りぬき、ドラゴンアンデッドの右脚へと叩き付けた。


 脆くなっているとはいえ、元が竜であるドラゴンアンデッドの鱗はそう簡単に刃を通さないのだが、刃に宿る雷撃による熱と衝撃がいとも簡単にそれを破壊する。


 結果、彼の斧を止められるものはなく、あっけなく右脚が切断された。


「ギュオオオオオオ」


 怒りの声を上げながら、両脚が破壊されたドラゴンアンデッドが前へと倒れ込む。


「対竜戦闘の極意その二! 頭が下がったらトドメ!」


 リーシャが地面を蹴って跳躍。同時にラルクも大斧を掬い上げるように振りあげて、落ちてくるドラゴンアンデッドの首の、骨が剥き出しになっている部分へと叩き付けた。


 衝撃音と共にドラゴンアンデッドの首が飛び、それでもなお噛み付こうと顎を開いた首へと、リーシャが右手で触れた。


「もっかい死ね!」


 爆炎が咲き誇り、ドラゴンアンデッドの顔が爆散。


 それがトドメとなって、ドラゴンアンデッドの体がただの死体へと戻っていく。


「楽勝ね」


 着地し、ポキポキと拳の骨を鳴らすリーシャを見て、ラルクが険しい表情のまま答える。


「まだだ。ネクロマンサーがまだどこかにいるかもしれない」


 ドラゴンアンデッドがいたということは、必然的にそれを使役したネクロマンサーがいるということになるのだが――


「のわりに、次のアンデッドが出てこないけど?」

「確かに」


 周囲は大騒ぎになっているが、怪しい人物は見当たらない。


「……面倒事にならないうちに戻りましょ。あーあ、タダ働きしちゃった。あとで領主に請求書回そうかしら」

「市民を守るのもSランク冒険者の務めだ」


 ラルクが大真面目にそう言うので、リーシャがため息をついた。


「あんたはもう違うでしょ。ディアが泣くわよ、置いてけぼりにして」

「……しまった」


 つい気が逸って飛び出したが、よく考えるとディアを置き去りにしていたことに気付いたラルクが慌てて酒場に戻るも――


「……? お連れ様なら先ほどマリウス様が連れて帰られましたよ?」


 ディアの姿が見当たらず、店員に聞くとそう答えてくるので、ラルクが思わず店員の肩を掴んでしまう。


「どういうことだ!? なぜマリウスが!」

「あ、いや、そう言われましても……何やらお連れさんが酔い潰れていた様子で、マリウス様が、〝うちが招待した客なので館に連れて帰る〟と言ったので……」

「酔い潰れた?」


 そこまで飲んでいないはずだとラルクが反論しようとすると、隣にいたリーシャが、テーブルの上に転がっていた空の小瓶を手に取って、彼へと見せ付けた。


「もしかしてこれ、飲んじゃったんじゃない?」

「まさか。水と勘違いして……」

「あの子、お酒弱いんでしょ? だったらテレジアの美味しい水のこと知らなくても不思議ではないわ」

「クソ……俺のせいだ」


 ラルクが悔しそうな表情を浮かべ、大斧の柄を握り締めた。


「酔ったディアを独りにしておくべきじゃなかった」


 突然のドラゴンアンデッドの襲来。ディアに執着していたマリウス。

 このタイミングでマリウスが現れて、酔い潰れたディアを連れ去ったという事実を繋ぎ合わせると――


「さっきのドラゴンアンデッドはマリウスの手引きか?」

「はあ? どういうことよ? つーか、そのマリウスって誰?」


 ラルクがリーシャに事情を説明すると、彼女の顔が怒りで真っ赤になっていく。


「なにそれ、じゃあその馬鹿息子は、ディアを拉致するためにわざわざあんな危険な魔物を街中に放ったっていうの!? 馬鹿じゃないの!」

「そうとはまだ決まっていないが、あまりにタイミングが良すぎる。何より運が悪かった」


 もしディアが酔い潰れてなければ、マリウス如きが無理矢理彼女を連れ去ることなんて絶対にできないだろう。

 だけども運悪く、彼女は無抵抗の状態になっていた。


「ちっ。私がテレジアの美味しい水頼まなければ……」


 リーシャが舌打ちして、指の爪を噛んだ。


「とにかくマリウスが領主の館へとディアを連れて帰ったのなら、話が早い」


 ラルクが大斧を背負うと、外へ向かっていく。その背中から怒りが漏れ出ていた。


(これが領主の意向なのか、マリウスの暴走なのかはどうでもいい。ディアを助けないと)


 ラルクが殴り込みも辞さない気持ちで外へと出ると、なぜかその隣にリーシャが並んだ。


「私も行くわよ」

「リーシャは関係ない。場合によっては、Sランク冒険者の君には迷惑が掛かる」


 ラルクがそう忠告するも、リーシャはそれを無視して大通りの向こうにそびえる領主の館へ向かって歩いて行く。


「あら、偶然。私も領主に用があんのよ。ドラゴンアンデッド討伐の報酬を貰わないといけないからね。別にディアを助けに行くわけじゃないわ。ま、場合によってはそのマリウスとかいう女の敵はぶっ飛ばすかもしれないけど」


 なんて平然というリーシャに、ラルクは頭を下げた。


「……すまない」

「そういう時は〝すまない〟じゃなくて、ありがとう、でしょ?」

「そうだな。ありがとうリーシャ」


 ラルクの感謝を聞いて、リーシャがツインテールを揺らしながら、少しだけ微笑んだ。


「よろしい。じゃあさっさとディアを助け出して、さっきの酒盛りの続きをやりましょ」

「ああ!」


 こうして、おそらく最強とも呼ばれる二人がディアを救うべく、領主の館へと向かったのだった。

 





*あとがきのスペース*

Sランク冒険者の中でも珍しい、ゴリゴリのインファイターであるリーシャとラルクは似た者同士で、他のSランク冒険者からも〝あの二人だけは規格外〟とか言われているとか。


*感謝*

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