第22話:デナイ男爵の最悪の一日
領主の館――執務室。
「お前は何をやっている!!」
デナイの怒号が館中に響き渡る。
しかし怒鳴られた本人であるマリウスは、どこ吹く風か、平然とした顔をしている。
「僕の妻となるべき人を見付けたので、連れて帰ってきただけですが?」
その言葉に、デナイが激怒する。
「その為に勝手に兵を動かしただろ!? そもそもその女性はラルク氏と親しいと聞いたぞ!」
「動かしたのは僕が個人的に雇っている傭兵だけですし、ディアちゃんはあのラルクとかいう男の恋人でも妻でもありませんよ。よって僕が貰い受けても問題ないです」
「問題だらけだわ! そもそもその傭兵とやらにネクロマンサーまでいるという噂じゃないか! しかも街中でアンデッドを召喚しただと? 自分が治める街に魔物を放つ奴がどこにいる!」
デナイの怒りが頂点に達するも、マリウスに反省している様子は全くなかった。
「うるさいなあ……結果的に被害はさほどなかったからいいじゃないですか。それよりもディアちゃんとの結婚式の日程を決めたいんですが」
「……もういい。お前はしばらく自室で大人しくしてろ」
マリウスの言動に呆れ果てたデナイが控えていた兵士へと目配せをするも――なぜか彼らに動く気配がない。
「おい、どうした」
兵士達は顔を逸らし、目を合わせようとしない。
「ぶふう……どうせ父上は反対するだろうと思いましたね。懐柔しておいたのですよ」
「馬鹿な!?」
デナイが驚きのあまり、立ち上がってしまう。
同時に兵士達が槍を向けてくるのを見て、マリウスの言葉が本気であることが窺えた。
「お前、まさか……」
「心配しなくても、領主の地位まで乗っ取るつもりはありませんよ! 領主の仕事なんてめんどくさいし」
「ふざけるな! こんなことをして、許されると思っているのか!」
「父上はこういうやり方が嫌いなようですが、僕からすれば馬鹿馬鹿しい考えですよ。力こそ全て! 力があれば、女も、自由も手に入る!」
マリウスが自分の言葉に酔いしれているのを見て、デナイはなぜか怒りが収まり、冷静な思考を取り戻した。
(おかしい。こいつは確かにろくでもない息子だったが、こんな大それたことをやるような器ではない。となると……)
「誰の入れ知恵だ、マリウス」
「入れ知恵? 何の話です? とりあえず僕とディアちゃんの結婚式までの間は、急病ということで自室で大人しくしてもらいましょうか」
兵士に連れられ、デナイが隣にある寝室に叩き込まれるとそのまま外から鍵を掛けられてしまう。
「くそ……こんな時に限ってあいつは!」
デナイが唇を噛み締めた。
(ダークドラゴンの予兆、元Sランク冒険者の歓待。やるべきことは山ほどあるのに、今はこんなことで身内争いをしている場合はないというのに、あの馬鹿息子は!)
「とにかく、一刻も早くあの馬鹿を止めねば」
デナイがどこからか脱出しようと探すも、流石に三階の高さにある窓から飛び降りるわけにもいかなかった。
「どうしたものか……」
デナイが脱出を早々に諦めてソファへと座ると、思わず天井を見上げてしまう。
すると、
「おや、気付きましたか」
そんな言葉と共に天井の一部が外れ、顔を出したのは――
「ザル――っ!!」
叫びそうになって、慌ててデナイが自分の手で口を塞いだ。それを見て、仮面の下で苦笑しながらザルクが音も無くソファの傍に着地する。
「いやあ、実はマリウス様が何やらきな臭い動きをしていたのに気付いたので、隠し通路に隠れていたんですよ」
なんてしれっと言うザルクを見て、デナイが顔をしかめた。
「……なぜこの部屋の上に隠し通路を作ったんだ」
「あはは、こういう時の為ですよ」
カラカラと笑うザルクだが、デナイはため息をつくしかない。とはいえ、助かったことは事実だ。
「ザルク、すぐにハンブラに行って、この事をバルトア子爵に報告して、すぐに救援を寄こすように伝えてくれ」
デナイが苦渋の決断とばかりにザルクへとそう命令しながら、書簡を書き始める。
このレザンス州の隣にあるハンブラ州を治めるバルトア子爵とは旧知の仲だが、決して仲が良いとは言えない相手だ。
「いいんですか? こんなことが外部にバレたら、デナイ男爵の評判は地に落ちますが。しかも犬猿の仲であるバルトア子爵に弱味を握られることになりますよ」
「このままあの馬鹿の暴走を放っておく方が危険だ。元とはいえSランク冒険者を敵に回すなど、あいつはどこまで馬鹿なんだ。間違いなく裏で誰かがあいつを唆したに違いない」
「おそらくですがマリウス様が雇っている傭兵団、〝ダラガスの鼠〟の奴等でしょうな」
ザルクの言葉に、デナイが渋い表情を浮かべた。
「ただ、ネクロマンサーなんていたら流石に私も気付きますし、〝ダラガスの鼠〟自体は半分ごろつきみたいな連中で、ここまで大それたことをやるほどの頭はないと思うのですよ」
「では、誰が?」
「分かりません。ただ最近、このレザンス州にテラリス教団の連中が入り込んでいると聞いています。もしかしたら……」
テラリス教団――その名前を聞いて、デナイが露骨に嫌悪感を表した。
彼らは生贄を求める邪教の信者であり、帝国内で様々な問題を起こしている。
何より彼らが忌み嫌われる理由は、死者を弄ぶネクロマンサーを信奉し、幹部として祭り上げているからだ。
「あの邪教徒どもか……確かにそれならありえる話だ」
「ええ。ですが確証もなかったですし、特に何かするわけでもなかったので捨て置いたのですが……まさかマリウス様に接触していたとは」
「だが、なぜこんなタイミングで動く?」
「分かりません……ですがデナイ男爵。一つ提案があるのですが」
ザルクの言葉を聞いて、デナイが頷く。
「言ってみろ」
「今からバルトア子爵に救援を求めていては間に合いません。ここは――ラルク氏とこの街に滞在している〝撫で薔薇〟に協力を仰ぐのは如何でしょう?」
「ほう?」
「そうすれば、デナイ男爵に彼らと敵対する意向がないことを分かりやすく示すことができます。むしろマリウス様という共通の敵ができたおかげで、当初の目的であるダークドラゴン来襲時の対抗策になってほしいというこちらの要求も通るかもしれません」
「なるほど……確かにな」
デナイがその提案の合理性に頷く。
(こちらが立場として完全に不利になってしまったことだけは痛いが、今はそれを言っている場合ではないな)
「それでいこう。すぐに彼らに接触してくれ」
「かしこまりました。おそらくラルク氏は、まだこちらの迎えを待っているでしょうから、すぐに迎えに行って参りま――っ!!」
ザルクがそういった瞬間――轟音と共に館全体が揺れるほどの衝撃が床が伝わってくる。
「何事だ!?」
「分かりません! すぐに見て参ります!」
ザルクが身軽に窓から飛び降りたのを見て、デナイは深いため息をついた。
「くそ、本当にどうなっているんだ」
***
数分前。
「貴様じゃ話にならん。さっさとマリウスを出せ」
デナイとザルクが対策を練っている間――彼らが協力を要請しようとしていたラルクとリーシャは既に館の入り口まで来ていた。
「いやあ、誰も入れるなって言われてるんすよ。あ、そっちのダークエルフだけなら入れてやるぜ? まあ娼婦としてだがな!」
ヘラヘラと笑う、とても領主の館を守る兵士とは思えないごろつきに、あくまで冷静に対処しようとしていたラルクだったが――
「分かった。もういい。ラルク、どいて」
リーシャが笑みを浮かべたまま、そのごろつきへと近付く。
「マリウス氏には少女誘拐の疑いがあり、救助せよという依頼を受けている。Sランク冒険者の権利の一つである強制執行権を発動する」
「は? Sランク冒険者? お前が? 馬鹿じゃねえの!」
ごろつきがリーシャを見て嘲笑う。それを見てラルクが大斧を構えた。もはや話す余地はなくなっている。
「ちゃんと宣告したからね? じゃ、そういうことで――死ね」
笑顔のままリーシャがごろつきの胸へと、トンと手のひらを置いた。
「へ?」
「爆ぜろ」
爆音と共にごろつきの体が吹っ飛び、館の頑丈の扉へと激突。彼はそのまま地面へと落ち、ピクリとも動かなくなった。
見れば服の胸の部分だけが弾け飛んでいるが、その下の皮膚は無傷だった。
「派手なノックだな」
リーシャが魔法を加減して、僅かな衝撃と音だけの爆発で抑えたことを知っているラルクが、構えていた大斧を下げた。
「大斧でぶち破るよりはスマートでしょ? というわけでやっぱり殴り込みよ」
「……やれやれだ。すぐにディアを取り戻して脱出するぞ」
「分かってるわよ。ついでにデナイ男爵からたっぷり謝礼金をふんだくってやる」
ラルクとリーシャがそんな会話をしながら、扉を空け、館内へと侵入する。
「なんだてめえ!」
「ここがどこか分かってんのか!?」
襲いかかってくるごろつき達を見て、リーシャがため息をつく。
「めんどくさいから、一発で終わらせていい?」
そう聞いてくるので、ラルクが頷く。
「壊しすぎるなよ。いつもあとから請求が来て泣いていただろ」
「泣いてないわよ!」
そう言いながら、リーシャが右手で床に触れた。すると床全体が爆弾と化し、彼女は器用にごろつき達がいる周辺だけを爆破。
領主の館が――揺れた。
そうして、ようやくとある人物が目覚めるのだった。
*あとがきのスペース*
リーシャさん、魔法の使い方が無駄に器用。
次話、ディアさん大暴れの回となります。南無。
あとしれっと出てきたテラリス教団については一話を参照するといいかもしれません。
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