第20話:テレジアの美味しい水
高級宿、〝銀の三日月〟内の酒場――〝月光亭〟
「つまりね、こいつは昔っからそういう奴なのよ!」
大ジョッキをドンとテーブルに置いて、リーシャがラルクを睨みながら語気を強めた。
「ああ、なんとなく分かりますね、それ。あ、海鮮串おかわりで!」
そんなリーシャに相づちを打ちつつ、ちゃっかり海鮮串のおかわりをディアが注文する。
ラルク達三人が囲むテーブルの上には様々な料理が並んでいた。そのどれもがこのバレンジアの伝統料理で、香辛料とニンニクによる香りが、食欲を刺激する。
「昔、即席でパーティ組んで依頼を受けたことあるけど、その時だって聖堂院から派遣されてきた聖女を手籠めにして……」
「ええ!? それでそれで?」
なんてラルクの過去について盛り上がる二人を見つつ、ラルク渋い顔のまま、ちびちびとビールを飲んでいた。
(……どうしてこうなった)
三人で食事をしようということになってから既に一時間経過しているが、領主から迎えが来る気配はいっこうになく、リーシャもディアも気付けば酒を飲み始めていた。
「ディア、飲み過ぎるなよ」
ラルクがそう注意すると、ディアが笑いながらグラスを傾けた。
「分かってますって~。ちゃんと弱いのにしてますし」
そんな二人のやり取りを見て、リーシャが不満そうな顔をする。
「あんたは父親か。酒ぐらい、好きに飲んだらいいじゃない」
「流石リーシャ、話が分かる!」
「いや、ディアは……」
流石にリーシャの前で、ディアは竜なので酒に弱いとは口にできなかった。とはいえ、ディアも分かっているのか、果実酒を水で割ったものしか飲んでおらず、今のところさほど酔っているような様子はない。
一方リーシャはというと、早くも大ジョッキのビール五杯目を空けようとしていた。
「ねえ、〝テレジアの美味しい水〟ある?」
リーシャがそう通りがかった店員へと聞くと、店員がもちろんとばかりに笑顔で頷く。
「ございますよ。ご用意しましょうか?」
「お願い」
それを見て、ラルクは相変わらずだなと苦笑いする。リーシャは見た目は少女だが、ダークエルフなので年齢はその見た目よりは上だ。そしてそれを抜きにしても彼女は酒に異常に強かった。
わりと酒には強い自覚があるラルクですら、飲み比べで負けたことがあるぐらいだ。
「しかし、リーシャ。今休暇中か?」
放っておくと延々と自分の過去を酒のアテにされそうなので、話を変えるべくラルクがそうリーシャへと尋ねた。
「そうよ?」
「なぜバレンジアに?」
「……そ、それは……」
急にソワソワし出すリーシャを見て、ラルクは首を傾げ、ディアは何かに気付いたような笑みを浮かべた。
「ははーん……さてはリーシャ、ラルクさんに惚れてい――むー! むー!」
ディアが言葉の途中でリーシャに手で口を塞がれてしまう。
「うるさい! 黙れ!」
「うー! うー!」
「まあ、休暇でもなんでもいいんだが、実は今日、俺達はここの領主に呼ばれていてな」
「領主? ってことはデナイ男爵ね」
「ああ。厄介事でなければいんだが」
「私も直接会ったことないし、噂しか聞いた事ないけど、相当やり手と聞いたわよ」
「そうか」
「ま、困ったらいつでも言いなさい。こっちはまだSランク冒険者の肩書きがあるから、なんとでもなるわ」
自信ありげな表情でそう言ってくれたリーシャに、ラルクが感謝しつつ笑みを浮かべた。
「そうだな。ありがとう」
「むー! ぷはっ! 息苦しいってば!」
ようやくディアがリーシャの拘束から逃れ、恨みがましい目でリーシャを見つめる。
「ああ、ごめんごめん。あんたが変なこと言うから」
「言ってない!」
なんて仲良く喧嘩し出す二人をみて、ラルクはなぜだか本当に父親のような感慨を抱いてしまう。
(リーシャはいつも俺とか、他の高位ランクの厳つい連中とばかり交流していたからな。やはり同性同世代同士だと気が合うのだろう)
なんて思いつつ、彼はビールを飲み干した。
その瞬間、外から妙な気配がするのを察知してラルクが大斧へと手を掛ける。
同時に、リーシャも何かに気付く。
「リーシャ」
「ええ。私も気付いた」
「ふえ? どうしたんですか、二人とも」
二人の反応を見て首を傾げたディアを置いて、ラルクが立ち上がった。
それは長年冒険者として竜やレッサードラゴンを狩り続けたがゆえの直感でしかなかったが、リーシャもそれに気付いたことからして、間違いなかった。
同時に、外から衝撃音と悲鳴が聞こえてくる。
「やはりか! ちょっと行ってくるから、待ってろ」
ラルクが大斧を手に、酒場の外へ向かうべく走りはじめた。
「え、あ、ちょっとラルクさん! どうしたんですか!?」
「レッサードラゴンの匂いがするわね。私も行ってくるから、あんたは大人しく待ってなさい」
リーシャがそう言って、ラルクのあとを追う。
「リーシャ!」
気付けばあっという間に二人は外へと出ていってしまった。
「レッサードラゴン……?
竜であるがゆえにディアは同族の気配に敏感であり、もしこの街にレッサードラゴンなり竜がいればすぐに分かるはずだった。
だから、レッサードラゴンなんていないことは分かっている。だけども外では何やら騒動が起きていて、ラルクとリーシャがその様子を見にいったのは確かだった。
「あ、あたしも行――」
ディアが立とうとした瞬間、足がふらついてしまう。
「うー……まだ全然飲んでないのに……」
ここで初めて酔いが回っていることに気付いて、ディアがラルク達の後を追おうかどうしようか迷っていると、そこへ店員がやってくる。彼の手には無色透明の液体の入ったお洒落な小瓶があった。
「何やら、外が騒がしいですね。お待たせしました、〝テレジアの美味しい水〟です」
「あ、ありがとうございます」
テーブルに置かれたその小瓶を見て、ディアはいつか言われたラルクの言葉を思い出していた。
(そうだ、酔ったらお水を飲めって言われたっけ)
とりあえず、水を飲んで酔いを覚ましてからラルク達を追いかけよう――そう考えてディアが小瓶の蓋を開けるとその中の液体を一気に飲み干した。
「……!?」
それが水でないことに飲んでから気付き、ディアが目を白黒させる。
喉が焼けるように痛くて、胃の中がまるで地獄のように燃えていると錯覚するほどの酒精。
「なに……こ……」
一気に酔いが回ったディアはそのままテーブルに突っ伏して、酔い潰れてしまう。
〝テレジアの美味しい水〟――それは酒に強いエルフ族が好んで飲む蒸留酒で、エルフ以外が飲むと酔い潰れてしまうと言われるほどの酒精を持つ酒である。
無味無臭のそれは一見すると水にしか見えないので、そういう名前で呼ばれているのだが、当然彼女がそれを知る由もなかった。
そうしてテーブルで寝てしまったディアの下へと――太った男と鼠のように小さく細身の男が向かってくる。
「ぶふう……まんまと釣られたな、あの馬鹿は。僕の作戦、大成功だ」
「マリウス様! いくらなんでも、街中でアイツを暴れさせんのはマズいですって!」
そんな会話と共に、太った男――マリウスがしめしめとばかりにテーブルに突っ伏したディアへと視線を向けた。
「おかげで、邪魔物は外へと釣られただろ?」
「そうですけど! 本当にデナイ男爵の許可は得たんですかい!?」
「もちろんだ」
部下にそう答えると、マリウスは下卑た笑みを浮かべる。
「ああ、僕の可愛い天使ちゃん。こんなところで寝ていたら、風邪引いちゃうよ? 仕方ない……客人を歓迎するのも僕の仕事だからね。さあ、彼女を館へと連れて帰ろう」
マリウスが寝ているディアへと――その手を伸ばした。
*あとがきのスペース*
ディアちゃんに魔の手が……!
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