第17話:なんだか変な人が来ました!


 キーナ村の西方。


 キーナ村へと向けて、街道をやけに豪華な馬車が進んでいた。護衛もついており、それなりの身分の者が乗っていることが窺える。


 その馬車の中で、二人分の座席を占めているのは、でっぷりと太った一人の男だった。豪華な服を纏い、その芋虫のような指にはギラギラといくつもの指輪が嵌まっている。


 その顔も体同様に贅肉がついており、いかに堕落した生活をこれまで過ごしていたかが分かる。


「ぶふぅ……なんで僕がこんな片田舎に、わざわざ村人を呼ぶ為に行かなきゃいけないんだ」


 その太った男が不満を隠さずに、そう向かい側に座る仮面の男へと言葉をぶつけた。


「お父上の命令ですから、我慢してください、マリウス様。これから迎えに行く相手は、レッサードラゴンを討伐するような強者です。領主の息子である貴方を使いとしたのは、相手に対する最大限の敬意の表れなので失礼がないようにお願いします」


 そう弁明しながら、仮面の男――とある国の裏組織である〝真を語る者ヴァイザー〟の一員、ザルクは仮面の下で頬を引きつらせていた。


 デナイ男爵にレッサードラゴン討伐を果たした村人を招集し、戦力にするべしと具申したのは他の誰でもない自分であるが、まさかその使いに、この放蕩息子を任命するとは流石に想定していなかった。


(あの領主は極めて有能であるが……子育てだけは三流だな)


 そう思っても口にできないしするつもりもないが、自分をお目付役として同行させた辺りは、やはりデナイ男爵も息子に問題があることを分かっているのかもしれないと思い直す。


「ちっ……そのナントカ村には美人はいるんだろうな? 着いたら一番いい宿を取って、何人か見繕ってこい」


 なんて下卑た笑みとともに言い出すマリウスを見て、ザルクはため息をついた。


「キーナ村には宿は一つしかありませんよ。それにすぐにラルク氏を連れてバレンジアにとんぼ返りなので日帰りです」

「僕はもう疲れた! 日帰りなんて嫌だぞ!」


 もう二十歳と言うのに、まるで子供みたいな駄々をこね出すマリウスを見て、ザルクは小さくため息をつく。


「とにかく着いたらすぐにそのラルクとかいう村人を尋ねますので、そのつもりで。私が全てお話しますので、マリウス様は立っているだけで構いません」

「……めんどくさいなあ。たかがトカゲを一匹やったぐらいの田舎者のためになんで僕が……」

「お願いですから、当人の前でそれを言わないでくださいね……」

「ふん!」


 そっぽを向くマリウスを見て、ザルクは嫌な予感がしていた。


***


 果実酒を仕込んでから三日後。


 ラルクとディアが畑仕事をしていると、青子が何かを察したのか、ラルクのすぐ傍へと生えてくる。

 

「主様、来客よ。あんまり、歓迎したい感じの客ではなさそうね」


 珍しく青子が真面目な口調でそう伝えてくるので、ラルクはディアと顔を見合わせた。


「誰だろうな」

「誰でしょう?」


 ラルクはディアに土で汚れた服を着替えるように言うと、一人、家の表へと回った。

 そこには、この村の風景には全く馴染まない、豪華絢爛な馬車が止まっていた。


 その馬車から馬車と同じぐらいに着飾った肥満体の男が降りてくる。


「なんだこの家は……草臭い」 


 開口一番にそう吐き捨てたその男を見て、ラルクは怒りを覚える前に疑問を感じてしまう。あんないかにもな貴族が自分の家を訪ねてくる理由が分からなかった。


「……うちに何か用か」


 ラルクがその肥満体の男へとそう問うと、慌てた様子で後ろから細身の仮面を被った男が現れ、口を開く。


「これはこれは……貴方様がレッサードラゴンを見事討伐したというラル――」

「父上がお前に兵になれと言っている。拒否権はないのですぐに州都であるバレンジアまで来い。分かったな?」


 仮面の男の言葉を遮って放たれたその言葉を聞いて、ラルクがすぐに口を開いた。


「断る」


 昔から貴族やそれに類する輩とは全く良い思い出がないラルクは、思わずそう冷たく返してしまう。


「なあにい!? お前! この僕が誰か分かっているのか!?」

「知らん」

「むきぃ! 僕はこのレザンス州の領主であるデナイ男爵の息子のマリウスだ! つまり近い将来お前らが跪く存在なんだよ!」


 肥満体の男――マリウスがそう唾を飛ばしながらラルクへと叫んだ。


「だから?」


 ラルクがゆっくりとマリウスへと迫りながら、そう低く答える。領主の息子だろうがなんだろうが、無礼な人間にへりくだるほど、彼は素直な人間ではなかった。


「僕の命令に従えと言っている!」

「さっきも言ったはずだが? 断ると」

「ぐぬぬぬ! お前に拒否権はないんだ! 無理矢理連行するぞ!?」


 マリウスの言葉で、馬車の傍で待機していた兵士達が剣へと手を掛けた。


「マリウス様! 落ち着いてください! ラルクさんもどうか、話を聞いてください!」


 仮面の男が二人の間に割って入り、一触即発な様子の二人を止める。


「邪魔するなザルク! こんな生意気な平民は縛ってでも連れていくべきだ!」

「用がないなら帰ってくれ」


 ラルクが憮然とした態度でそう言うので、ザルクは最悪の状況になってしまったことに頭を抱えていた。


「ぐぬぬぬ! ザルク! こいつは不敬罪で即刻死刑だ! 僕が許す!」

「これだから貴族は嫌いなんだ」


 ラルクが剣呑な空気を纏いつつあるのを見て、ザルクはその顔に見覚えがあることに気付く。


(あれ……この顔どこかで見たことがあるぞ?)


 それがどこでだったかを思い出そうとした瞬間、ラルクの後ろにある扉が勢いよく開いた。


「ラルクさん! 着替えまし……たよ?」


 扉から出てきたのはキーナ村の衣装ではなく、黒のワンピースを纏ったディアだった。しかしその場の空気がピリついていることに気付き、首を傾げた。


「えっと……お知り合いですか?」

「君は家の中にいた方がいい」


 ラルクが、事態がややこしくならないようにと、ディアを家の中押し戻した。

 それからマリウス達へと振り返り、彼らを追い払おうと口を開こうとする。


 しかし

 

「う、美しい……なんて可憐な少女なんだ」


 マリウスがその場で立ち尽くしているのを見て、ラルクは言うべき言葉を失ってしまう。


「マリウス様!? どうしたんですか!?」


 ザルクもマリウスの様子がおかしいことに気付いた。


「……俺は天使に出会ってしまった」

「はああ!? 何を言っているんですか!」

「そこのお前。今のはお前の娘か?」


 そう問うてくるマリウスに、ラルクはどう答えたらいいか分からず、すぐに言葉を返せない。


「どうなんだ!?」

「あ、いや、彼女は――」

「妻のディアです!! ね? ラルクさん!」 


 扉から顔だけを出したディアがそう口を挟むと、マリウスが体を仰け反らせながら、芝居かかった口調で喋りはじめた。


「ま、まさかの禁断の恋……! だが僕は諦めない。そう! これは神が我に与えたもう試練なのだ!」

「えーっと……マリウス様? 気を確かに!」

「止めるなザルク! 例え茨の道だと分かっていても、男には退けない時があるのだ! それがまさに今! 僕はディアちゃんと結ばれるためにここへとやってきた!」

「違いますよ!」


 なんてマリウスとザルクのやり取りを見て、ラルクが呆れたような表情を浮かべるしかなかった。 


「もう帰ってくれ……」


 それから、十分ほどああでもないこうでもないと話し合った結果――


「というわけなんです……すみません」


 結局、相手は領主の息子ということなので、ラルクは渋々二人を家の中へと招き、ようやく彼らが訪ねてきた理由を聞くことができたのだった。


「……うーむ。レッサードラゴンを倒した程度、領主がわざわざ招待するほどのことではないと思うが……」


 とラルクが言うものの、


「ま、ラルクさんにかかれば、レッサードラゴンなんてポポイのチョイですよ!」

「なるほど! 素晴らしいな! ディアちゃんがそう言うなら間違いない!」


 なぜか盛り上がるマリウスとディアのせいで、そうは言えない雰囲気になっていた。


「ふふーん。ね、ラルクさん、あたしそのバレンジアって街行ってみたいです! お洒落な服とかがあるってこないだミーヤに聞きましたよ!」

「だがなあ」

「お願いします……」


 ザルクと名乗るその仮面の男の言葉に、ラルクは頷くしかなった。


 正直言えば全く乗り気ではないのだが、これが領主の息子であるマリウスの気紛れではなく、領主による正式な招待となれば流石に無視できない。


 何より、先ほどから疲れきった様子を見せるザルクからは、どこか怪しい気配を感じ取っていた。


(この仮面……確かどこかの国の伝統的な仮面だったような)


 しかし、基本的には竜や魔物を狩ることを生業としていたラルクはそれ以上の知識はなかった。

 なぜそんな仮面を被った男が帝国の辺境領主に仕えているのかも分からない。


「とにかく、バレンジアいて領主であるデナイ男爵がお待ちしておりますので……一緒に来ていただけますか」

「分かった。領主の命なら仕方あるまい」


 ラルクが壁に掛けていた機械仕掛けの大斧を背負い、最低限の荷物だけまとめはじめる。

 さらに青子にユーリとミーヤへの伝言と留守番を頼み、ディアを連れてマリウス達の馬車へと乗った。


 こうしてラルクとディアは、マリウス達とともに領主の待つ州都バレンジアへと向かうこととなったのだったのだが――


(ぐふふ……バレンジアにさえ入ればあとは好きにできる……ディアちゃんを僕のものに! この男は適当に金でも渡して帰らせればいいか)


 なんてマリウスがあくどい計画を立ていたり……。


(……げえ!? あの斧って、Sランク冒険者〝竜断〟を象徴するドラゴンウェポン、〝竜心斧タラニス〟じゃないか!? え、なんでただの村人がそんなもん持っているんだよ! あれ、そういえば〝竜断〟の本名って……ひえええええ!)


 ラルクの正体に気付くと同時にマリウスの無礼な態度を思い出し、ダラダラと汗を掻き始めるザルク。


 ラルクとディアの波乱に満ちた小旅行がはじまる。



*あとがきのスペース*

補足。

ラルクは、数少ないSランク冒険者ということでその界隈では超有名人ですが、実際に会ったことある人はさほど多くありません。さらに二つ名の方で呼ばれることが多いので、本名も知られていません。


ただ、とある理由から彼の大斧は広く知られています。なので、斧を見てザルクは気付けたのです。これについてはまた本編で明かされるかと思います。



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