第16話:果実酒を作ろう!
「まずは果実の選定だ。桶の水面に浮かんでいるのは中身がスカスカで果汁がほとんど出ない」
家の裏で水を張った大きな桶を前に、ラルクがそうディアへと説明した。桶の水面には十数個の果実がぷかぷかと浮いていて、その他は底まで沈んでいた。
「だからこれは使わず肥料にするんですよね?」
「その通り」
「分かりました!」
ディアが早速浮かんでいた果実を手に取って、別のカゴへと入れていく。
次にラルクは沈んでいる果実を一つ一つ取り出して、その表面をブラシで丁寧に磨いていく。
「それは?」
「表面の汚れや余計な皮の油分を落としている」
地道な作業だが、これをすると雑味や苦みが減って格段に味が良くなることをラルクは知っていた。
「なるほどぉ。ちゃんと意味があるんですね」
「美味しいものを作る時は、どんな作業もサボるなと教わった」
「はい!」
二人が黙々と果実を磨きはじめる。。そこに会話がなくても作業が全く苦じゃないからディアは不思議だった。
「主様~、私も手伝うわよ~」
青子がすぐ傍の地面から生えてきたので、ラルクが頷く。
「じゃあ、磨き終えた果実の皮を剥いてくれるか? 皮はそっちのカゴで、実はこっちだ」
「は~い」
青子が枝状の手の先で器用にナイフを掴むと、果実の皮をスルスルと剥いていく。
「上手だね、青子」
「この程度なら、簡単よ~」
それから十分ほどで果実磨きを終えたラルクとディアが、ナイフを手に皮剥きをはじめた。ラルクは慣れているのか、青子かそれ以上の速度で次々と皮を剥いていく。
「ぬぬぬ……見るとやるとでは大違い……難しい」
しかしディアは慣れない道具を使っての皮剥きに苦戦していた。それを見たラルクは一度手を止めると、彼女の背中側へと回り、後ろからハグするような形でディアの手に自分の手を重ねる。
「え!? え!? ラルクさん!?」
「ナイフを動かすのではなく果実そのものを動かすイメージだ。ナイフはこうして固定して……」
ラルクがディアの手を動かして皮剥きのやり方を教えていくが、ディアの顔が真っ赤になっていることに気付いていない。
「あらあら~」
ニヤニヤする青子を見て、ラルクが首を傾げた。
「……?」
「も、もう大丈夫ですから!」
ディアが恥ずかしそうな声を出すので、ラルクがスッと手を離す。
「うー、いきなりはズルいです……」
髪の毛を弄りながらモジモジしているディアを見て、ラルクが首を傾げた。
(いつも向こうからくっついてくるから大丈夫だと思ったが、いきなり体に触れたのがまずかったか?)
なんて真剣に考えるラルクを見て、青子が苦笑する。
「主様は分かってないわね~。ある意味分かっているのかしら?」
「何がだ?」
そう問うラルクを見て、ディアがブンブンと顔の前で手を振った。
「なんでもないです! さ、続きやりましょう!」
「お、おう」
なんとなく変な空気になったのを察知して、青子がラルクへと疑問を投げかけた。
「主様、どうせ果実を搾るなら、皮をこうして剥く必要があるのかしら?」
「確かに。皮ごとブシュッとすればいいんじゃ?」
ディアがその疑問に同意すると、ラルクがそれに答える。
「一般的な作り方だと確かに皮ごと圧搾機にかける。だけどもそれだと、美味しい果実酒はできない」
「どうしてです?」
「こういう柑橘類の皮には、油分と苦み成分が含まれている。だから一緒に圧搾するとその苦みや油分まで入ってしまう」
「なるほどね~。でも、果実酒ってそういう苦みも一つの味わいって聞いたわよ~?」
「剥いた皮は果汁を発酵させる時に少しだけ一緒に入れておくだけでいい」
「ほ~」
ディアが手を動かしながら納得とばかりに頷く。その手付きはさっきとは比べ物にならないほど速くなっており、ラルクも感心していた。
(少し教えただけですぐに出来るようになるとはな)
そうやって会話をしているうちに、皮剥きが完了する。
「よし。本来ならここから少し実の部分を寝かした方が味に深みが出るのだが、今日は一気にやってしまおう」
「いいんですか?」
「ああ。それはそれで新鮮な味わいになるからな。今の季節ならそっちの方が好まれる」
「分かりました! 要はこれを潰せばいいんですよね!?」
ディアが待ってましたとばかりに手を掲げた。
「そうだ。で、このザルで濾して残った薄皮や種は取り除く。果汁はこの壺に入れるんだが、その前に一度壺を熱湯で洗おうか」
「了解です!」
ラルクが用意していた大きな壺に向けて、ディアが魔法を放つ。
水魔法と火魔法を組み合わせることで生成した熱湯が壺へと注がれていき、ひとりでにぐるぐると渦を巻いていった。
「そんなもんでいいだろ。そのあとは風で乾かそう」
「はーい!」
壺から熱湯を捨てると、今度は魔法で発生させた熱風でカラカラに乾かしていく。
「ディア様は器用ね~。これだけの属性の魔法を操れるどころか同時に使うなんて」
青子がディアの魔法を見ながら、感心したような声を出した。それはラルクも思っていたことで、これだけ器用に魔法を使い分けられる竜は見たことがない。
「まあこれだけ使えるのは竜の中でもあたしぐらいですね。なんか、あたしの魔力にはそういう性質? があるとか」
「羨ましいわねえ」
「あ、でもあたしの魔力から生まれた青子なら、出来るんじゃない?」
ディアがさらりととんでもないことを言って、ラルクを驚かせる。
「そうなの? じゃあ練習してみようかしら。どうせユーリさん達と訓練もあるし~」
なんて言って微笑む青子を見て、ラルクは今更ながら実はユーリ達にとんでもない訓練を課したのではないかと思い始めたのだった。
なんて言っているうちに壺が乾き、準備が整う。
「ラルクさんできましたよ!」
「分かった。じゃあ、圧搾を行おう。ただし圧力を掛けすぎてもいけない。果汁を絞れる程度に調整できるか?」
「もちろんです! 重力魔法が一番得意ですから!」
ディアが任せろとばかりに胸を張り、右手に魔力を集中させる。ラルクは壺の上に濾すためのザルを蓋のように置いた。
「まずは集めて~」
ディアから放たれた魔力が空中で黒い渦となって、皮を剥いたばかりの果実を吸い込んでいく。
「からの圧搾!」
渦に飲まれた果実が重力によって圧搾されていき、ディアの操作によって器用に果汁だけが壺の中へと落ちていく。
「上手いものだな」
ザルで濾された果汁が壺の中へと溜まっていき、僅かな種や甘皮がザルの上に残った。
「これで終わりですね」
あっというまに壺が果汁で満たされる。
「圧搾機を使ってもこう速くはできないだろう。ありがとう、ディア」
ラルクがディアに感謝すると、ディアが微笑みを返す。
「いえいえ。それでこれからどうするんです?」
「あとは酵母を入れて、発酵させるだけだ。一週間ほどで酒になる」
濾されて残った種や甘皮を肥料用にする予定の果実を入れたカゴへと放り込みながら、ラルクが説明した。
「あ! その酵母入れるのやりたいです!」
「ん? 入れるだけだぞ?」
不思議そうな顔でラルクが乾いた酵母の入った袋をディアへと手渡した。
「こういう時に気持ちを込めるといいお酒になるって、師匠に聞いたことあるんですよ。だからやってみたいなあって」
「そうか。それはそうかもしれないな」
気持ちを込めたからといって何かが変わるわけではない。でも、ラルクはそういう造り手の気持ちを大事にしたいという考えは嫌いではなかった。
「美味しくなれ、美味しくなれ」
ディアが気持ちを込めてそう言葉にしながら、酵母を壺の中へと入れていく。
「……あら?」
見ていた青子が何かに気付くが、結局それを口にすることはなかった。
なぜならそれは些細なことだった。
ディアが気持ちを込めすぎたのか、酵母へと微かに
ただそれだけだった。
「さ、今日はこれでおしまいだな。片付けをしよう」
「はーい」
ラルクが果汁の入った壺を家の中の涼しいところへと移した。
「さて……上手くできるといいが」
ラルクがそう呟き、壺へと蓋をする。
その壺の中で……不思議な反応が起こり始めていることに気付くことなく。
*あとがきのスペース*
青子「まあ、今更やしええか……」
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