【書籍化決定】「先日救っていただいたドラゴンです」と押しかけ女房してきた美少女と、それに困っている、隠居した元Sランクオッサン冒険者による辺境スローライフ
第12話:仕方なしに冒険者を手助けします(その2)
第12話:仕方なしに冒険者を手助けします(その2)
「おお、ラルクさんは斧投げが上手ですねえ」
パチパチとディアが手を叩いて褒めていると、死亡した三体のワイバーンが地面へと落下。衝撃が地面から伝わってくる。
「いやいや……いやいやいや! どんな筋力と技術だよ!」
「すごすぎる」
ラルクの攻撃に驚きながらも、ユーリは迫るワイバーンの後ろ脚による鉤爪攻撃を盾で防ぎ、すれ違い様にワイバーンの首を剣で掻き切った。
ミーヤはワイバーンの噛み付きを避け、カウンターとして槍を突き出す。ワイバーンの鱗をあっさりと貫通した槍の穂先がその心臓へと到達し、一撃で絶命させた。
「ほう……」
そんな二人の攻防を見ながら、ワイバーンの首から血まみれの手斧を抜いたラルクが感心したような声を上げた。
(なかなか筋が良い。相手がワイバーンとはいえ、あれほど無駄なく綺麗に倒せる冒険者は帝都でも少ないだろう)
「ふう……」
「流石に一対一なら勝てるね」
刃についたワイバーンの血を拭うユーリ達に、ラルクが賞賛の言葉を送る。
「二人とも見事だ。相当狩り慣れているな」
「ん? ああ、いやまあ。ワイバーンならちょいちょい倒しているからなあ」
「今までそれぐらいしか依頼がなかったもんね」
そう当たり前のように話す二人だが、帝都の冒険者を知っているラルクからすると二人はかなりの腕利きに思えた。しかし、彼らからはそういう自信みたいなものが見えない。
(ワイバーンが出てくるのが日常的なこの村で、冒険者をやっているせいかもしれないな)
ワイバーンを倒して当たり前――それが言える冒険者がどれだけ少ないかを知っているかだけに、ラルクは二人に対する評価を大幅に上げていた。
「いやでもラルクさんの方がすげえよ」
「それ、ただの手斧だよね……?」
しかしユーリ達本人は自分達のことよりも、ラルクのバケモノじみた動きに関心を示していた。
「ん? ああ、まあ曲芸みたいなものだ」
「それでワイバーン三体倒すんだから、大したもんだよ。俺も練習してみるか」
「槍投げ……してみようかな」
「投げるならそれ専用のものにした方がいい」
「なるほど」
なんて会話をする三人を見て、ディアが頬を膨らませて分かりやすく拗ねている様子を出している。
「むー! なんか疎外感!」
正直、ディアとしてはあまり面白くない展開だった。なんだかラルクを二人に取られたような、そんな気がしたからだ。
彼女はラルクが元冒険者だということをもちろん知らないのだが、なんとなくこの冒険者二人とラルクが似た者同士なのを敏感に感じ取っていた。
(せっかくのラルクさんとの甘々でラブラブな毎日が、この先こいつらに邪魔されそうな気がする!)
そんな乙女の勘が働いたディアだった。
「しかし妙だな」
そんなディアをよそに、ラルクが腕を組んでワイバーンの死体を見つめていた。
「何が妙なんだ?」
ユーリの問いにラルクが答える。
「ワイバーンが群れで襲ってきた点だ」
「ああ。そういえば、人里近くに降りてきて悪さをするのは大体群れからはぐれた奴だけだもんな。群れでの遭遇は俺も初めてだよ」
「やはり縄張りが荒らされているのかもしれない」
すっかり仲間同士になったユーリとラルクの会話を聞いて、ディアはますます拗ねはじめる。
(こうなったらあたしがさっさとこの依頼を終わらすしかない!)
そう考えた結果――ディアがすうっと息を吐き、叫んだ。
それは人の可聴域を超えた叫びであり、ユーリ達には決して聞こえない……はずなのだが。
「ん? どうしたディア」
なぜかそれに気付いたラルクに、ディアが慌てた様子で視線を彷徨わせた。
「な、なんのことです? いやあ山登りはやっぱり気持ちいいですねえ! やっほーって叫びたくなるというか!」
そんな苦し紛れの言葉を早口で紡ぐディアを見て、ラルクが訝しむ。それでも結局、彼は気のせいだったとして、再び前へと進みはじめた。
ホッとするディアだったが――
「っ! 来たぞ!」
強大な存在が高速で近付いてくる気配を、素早く察知したラルクが手斧を構えた。
(どういうことだ? ブラックワイバーンの飛行速度を遥かに超えているぞ……まさか何かに追われているのか? それとも)
なんて考えていると、前方の空から黒い影がこちらへと猛スピードで突っ込んでくる。その体はワイバーンの三倍は大きく、黒い鱗は生半可な刃なら逆に折ってしまうほど硬いという。
それこそがブラックワイバーン――通常種のワイバーンでは使えないブレス攻撃もしてくる、厄介なレッサードラゴンである。
その討伐難易度はワイバーンとは比にならない。
「速っ!」
「あれは流石に無理!」
そんな脅威が、恐ろしいほどの速さでこちらへと突っ込んでくる。
なぜかラルクにはブラックワイバーンが何かに焦っているように見えた。よく観察すれば、ブラックワイバーンの鉤爪の中に、掠われたという少女リルカの姿があった。
「ここは俺に任せろ」
ラルクが手斧を構えつつ、前へと飛び出した。下手にブラックワイバーンを殺してしまうと、リルカを怪我させるかもしれない。
(まずは足を切断してリルカを救出してからトドメ……いやその間にブレスを撃たれたら危険か?)
なんて考えていると――
「その子を離しなさい!」
ディアがそう叫んだ。
「!!!」
その叫びに呼応するように、ブラックワイバーンが翼を広げて急停止、掴んでいたリルカを優しく地面へと降ろした。
「は?」
「どういうこと?」
ユーリとミーヤが困惑の表情を浮かべる。
その間にラルクは素早くリルカを救出。見たところ気絶しているだけで外傷はないようだ。
ブラックワイバーンはというと、頭をペコペコを下げながら地面へと降り、何やらディアへと必死に訴えている。
「うんうん……なるほど、怖い黒い竜がやってきて縄張りを奪われた? なるほど……それで……え?」
ブラックワイバーンから何やら聞きだしているディアを見て、ラルクはようやく何が起きたかを理解した。
「ディア、君がこいつを呼んだのだな」
ラルクがそう聞くと、ディアがこくりと頷いた。
「ブラックワイバーン程度なら、声だけで調伏させられますから」
「なるほど。それで、何と言っている?」
「ええっと……それが……」
ディアが困ったような笑みを浮かべ、視線を彷徨わせた。それは、何かを誤魔化そうとしている態度だとラルクは気付き、視線の圧を強めた。
その視線に負けて、あたふたしながらディアが説明をはじめる。
「えっと……まあ、あれですよ! あたしが直接の原因ではないんですけど! ほら、ブラックワイバーンってワイバーンよりちょっと賢いというか知性があるので!」
「そうだな。だからワイバーンより遥かに厄介なんだ」
「それで! いや、なんていうか……仁義というか、スジというか……」
「……?」
ラルクが理解できないとばかりの顔をするので、ディアが覚悟を決めてこう切り出した。
「つまりですね……。この黒吉は縄張りを追い出されて、この山を新たな縄張りにしようとしていたんです。でもあたしが近くにいることが分かったから、縄張り争いを避けるために……なんか貢ぎ物としてその子を掠ったみたいで」
「黒吉……?」
「この子の名前です! 要するに、人間を捕まえてあたしに差し出すことで、舎弟として縄張りを認めてもらおうとした的なそういうなんかアレです!」
ディアの説明を聞いて、ラルクは一瞬あれこれ考えたが、
(竜の世界の文化はよくわからん……)
となってしまい、考えるのを止めた。
「まあ要するにディアが原因ということか」
「遠因です! 黒吉が勝手にやったことなんです! あたしは悪くない!」
「ふーむ」
〝マジで勘弁してくださいよ、旦那~〟とでも言いたげなブラックワイバーンを見て、ラルクはため息をつくしかない。
「とにかく人を襲った以上は、討伐せねばならん」
ラルクが手斧を再び構えた。ブラックワイバーンは抵抗する素振りを見せず、ジッとラルクを見つめている。
「で、でも! 結果的に女の子は無事ですし! もう二度とこんなことしないって言い聞かせますから!」
ディアが泣きついてくるのを見てラルクはどうするか迷い……結局手斧を降ろしてしまった。
「はあ……。黒吉に、二度と人間を襲わないと約束できるか聞いてくれ」
「それは大丈夫です! ついでにこの山で他のワイバーンが悪さしないようにしっかり見張ってくれるって言ってます」
「なるほど……そうなるとこの山も安全になるか」
「はい! 黒吉が他のワイバーンを従えて、この山を他のレッサードラゴンや魔物から守ると言ってました!」
ディアの言葉に、ブラックワイバーンがその通りとばかりに頷いた。どうやら人間の言葉は多少通じるようだ。
「ふーむ」
ラルクが考え込む。もしそれが本当なら、採掘士達は大助かりだろう。なんせこの山での採掘士の事故は、その五割近くがワイバーンが原因なのだ。
「分かった。なら、ディアに任せる。黒吉にはこの山を支配して、人を襲わず、代わりに守るように厳命してくれるか?」
「はい!」
その後、ディアがあれこれブラックワイバーンへと竜言語で話し掛けると、ブラックワイバーンは翼を広げ飛び去っていった。
「これで、一件落着か」
「ですね! でも直接はあたしのせいではないとはいえ……この子には怖い思いをさせてしまいました」
ディアが、ラルクに背負われたリルカを見て、しょげたような声を出す。
「いや、結果的にディアのおかげでリルカを無事助けることができた。ありがとう、ディア」
励ますようなそのラルクの言葉に、ディアがようやく笑顔を取り戻す。
「えへへ、お役に立てて光栄です」
なんて会話をしている二人を見て――ここまで黙って見ていたユーリとミーヤが声を揃えて叫んだのだった。
「「いや、あんたらマジで何者だよ!!」」
*あとがきのスペース*
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