第11話:仕方なしに冒険者を手助けします(その1)


 キーナ村の北部に、その山は位置していた。村人達から単に〝北の山〟と呼ばれるそこは、植物はまばらにしか生えておらず、ゴツゴツとした岩が剥き出しになっている。


 一見痩せた土地の見える場所だが、その地下には稀少な鉱石の鉱脈があり、宝石も採掘できる。そのおかげで、ここを訪れる採掘士は後を絶たない。


 そうして今日も、採掘士達によるツルハシと発破の音が北の山に響いている。


「はあ……」


 でこぼこした山肌を歩きながら、ユーリはこの状況をどう呑み込めばいいか分からなかった。


「ヴァンさんによると、ブラックワイバーンはこの山の中腹辺りに現れたみたい」

「しかしブラックワイバーンか。妙だな」


 ラルクはブラックワイバーンなら何度も討伐したことがあるが、そのいずれもがもっと山奥に生息していた。だからこうして人里近くまでやってくるのは珍しいことのように思えた。


「そうですね。私達もキーナ村に来て五年になりますけど、ガイアリザードにブラックワイバーンなんて強いレッサードラゴンが立て続けに現れるなんて初めてです」

「うー」


 ユーリの前で、まるで仲間かのように会話するラルクとミーヤ。そしてそんな二人を唸りながら見ているディア。


「ヴァンの姪っ子のリルカが無事だといいが」

「もう食べられてたりして……」

「手遅れになる前に助けないとな」

「ですね。頑張ります」


 ついに我慢ならないといった感じで、ディアが叫ぶ。


「もう! なんでラルクさんがこの人達の依頼を手伝わないといけないんですか! 仕事奪うなとか理不尽に言ってきたのはそっちのくせに! なのにラルクさんを頼るなんて盗人猛々しい!」


 怒るディアを見て、ラルクが困ったように頭を掻いた。


「いや、そう言うがな……」


 ラルクは、出発前のことを思い出す。


 冒険者としての仕事を奪うなと言われ、偶然舞い込んできたブラックワイバーンからの少女救出という依頼をユーリ達に任せた結果――彼らにこう言われてしまったのだ。


 〝ブラックワイバーンなんて絶対に無理です!!〟


 確かにブラックワイバーンは一番弱いと言われるワイバーンとは格の違うの存在だ。その気性は荒く、かなりの強敵であり、上位ランクの冒険者でも下手するとやられてしまうほどだ。


 ゆえにユーリ達が自分の実力を鑑みて、そう言うのも仕方ないことであった。


 出来ないことを、出来ないと言えることは、冒険者にとって必要な素質だとラルクは常々考えていた。それが出来ずに文字通り、〝冒険〟した結果死んでいった同業者を彼は何人も見てきている。


 ゆえにそう言われてしまうと、ラルクとしては依頼を彼らに回してしまったことに責任を感じてしまうのだ。


 そもそも村の少女の危機を見過ごす訳にもいかなかった。


 結果として――〝依頼自体はユーリ達に回すけど、そのお手伝いとして同行する〟という話になったのだった。


 なので、こうして北の山にユーリ達と共にやってきたのだが……。


「そもそもブラックワイバーンなんて雑魚を倒せないこの人達が悪いんですよ! あんなのちょっと撫でるだけで死ぬやつなのに!」

「無茶を言うな。普通の人間にとって、ブラックワイバーンは脅威なんだ」

「それはそうかもしれないですけどお」


 なんて会話をするラルクとディアを見て、ユーリはこの二人は一体何者なんだと怪しんでいた。


 まるでブラックワイバーンが羽虫か何かのように扱う二人の会話に、全くついていけない。


「どうなってんだよ……」

 

 なんてユーリがぼやいていると――突然ラルクが立ち止まって、背中へと回した右手で素早くハンドサインを送ってくる。


 それは冒険者になった際に必ず教わるもので、ラルクが送ったサインが示すものは――〝危険、制止〟。


 ユーリとミーヤの少し緩くなっていた気持ちが一気に引き締められた。

 それはラルクの背中から発せられている威圧感のせいによるもので、いやでも体を臨戦態勢にさせる。


 しかし。


「あれ? どうしたんです? 急に黙っちゃって」


 ディアだけはまるでここが散歩道かのような暢気な様子だった。

 同時に――地面へと複数の黒い影が落ちる。


「上だ!」


 ユーリが叫びながら、剣と盾を構えつつ頭上を見上げた。その声に反応し、ミーヤも槍を空へと向ける。


 そこにいたのは、牛ほどの大きさの、前脚が翼状に発達した青い鱗を持つトカゲのような存在――ワイバーンだ。


「おお! ワイバーンの群れだ!」


 そんな二人を尻目に楽しそうな声を出すディアへと、ラルクはため息をつきながら彼女だけに聞こえる声で囁いた。


「ディアは手を出すなよ」

「ふえ?」

「……これ以上の面倒はゴメンだからだ」

「はーい。元よりラルクさんについてきただけなので、彼らに協力する気はあんまりないですし」

「そうか。悪いな、付き合わせて」


 ラルクがディアから離れると、腰にぶら下げていた伐採用の手斧を抜いて、その柄を握り締めた。


 今回、ラルクはいつもの大斧ではなくこの小さな手斧を持ってきていた。理由は様々だが、あの大斧はあまりに目立つのでディアと二人きりならともかく、ユーリ達がいる前ではあまり使いたくなかったからだ。


「ユーリ、ミーヤ。やれるか?」


 ラルクがそう聞くと、二人が頷く。


 頭上から襲ってくるワイバーンの数は五体。


「ただのワイバーンなら、やれる!」

「でも五体は結構厳しいかも?」

「なら、三体減らす」


 ラルクが右手に持っていた手斧を、背中側へとまるで弓を引き絞るように持っていくと――それを投擲。


「……は?」

「え?」


 風切音と共に回転しながら飛んでいった手斧が、強襲する二体のワイバーンの頭をあっけなく破壊。そのままその後ろにいたもう一体のワイバーンの首へと突き刺さる。


 たった一回の投擲で――ラルクはワイバーンを三体同時に仕留めたのだった。




*あとがきのスペース*

次話でお手伝い編は終わります!


ちなみにラルクさんは大体どんな武器を使っても強いです。スーパー脳筋。

多分、石投げるだけでワイバーンの群れに勝てます。


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