第10話:畑ドロボウです!


「ふう……」


 ダリウスが先ほど届けてくれた真新しいベッドを家の中へと運び終え、ラルクが一息ついた。


 ベッドは竜尖樹を使用しているだけあって繊細な装飾が施されているわりには頑丈で、申し分ない出来だった。

 あとはダリウスから木材の代金として貰った金で買った寝具をそこに敷けば、立派な寝室の出来上がりだ。


「これで床で寝る生活も終わりか」


 ラルクは元冒険者なので野宿に慣れているとはいえ、やはり自宅ではゆっくりベッドで寝たいものだ。これでようやく人間らしい生活になりそうだと、一安心していると――


「ぎゃあああああ!」


 悲鳴が外から聞こえてくる。

 同時に、ラルクの部屋の扉が勢いよく開いた。


「ラルクさん! 畑ドロボウです!」


 そう叫びながら、ラルクの手を掴んだのはディアだった。


「畑ドロボウ?」

「いいから来て下さい!」


 窓から外の様子を確認する暇もなく、ラルクはディアに引きずられて裏口から畑へと出る。


 ポット君の畑の作物は順調に育っており、早ければあと一週間もしないうちに収穫できそうなほどだ。

 隣の畑はまだ何も変化はないが、青子曰く〝土の中で順調に育っている〟という。


 そんな青子の足下に、何かが二つ転がっている。


「……た、助けてくれえええ!」

「死にたくない~」


 それはツタによってぐるぐる巻きにされた男女二人組だった。茶髪の方が男で、女は金髪。

 二人ともそれなりの防具と武器を装備しているところを見るに、冒険者か何かだろうとラルクは推測する。


「ラルクさんこいつらです! 畑ドロボウ!」


 ディアが鼻息荒くそう言いながら、その二人を指差した。


「いきなり、襲いかかってきたからとりあえず拘束したんだけども~」


 青子がそうのんびり答えたのを見て、


「魔物が喋った!?」

「もうだめだ……私達はここで畑の肥料になる運命……」


 男が驚きの声を上げ、女の方が悲観的なことを言い始める。


「ラルクさん! こいつらどうします!? 畑を荒らす者は死罪だと思いますけど!?」


 プンプン怒っているディアを見て、ラルクは冷静にこう指摘した。


「畑ドロボウと言ってもな……まだ盗むものはないだろうが」


 ラルクの言葉に、ディアが、ん? と言いながら首を傾げた。

 それから収穫できるようなものが何もない畑を見て、


「それは確かに」


 納得とばかりの声を出した。すると、転がされている二人組がそれぞれ声を上げる。


「俺達はドロボウじゃない! この村に派遣されてきた冒険者のユーリだよ!」

「その相棒のミーヤです」

「なぜ、冒険者が俺の畑に?」


 ラルクがそう聞くと、男――冒険者のユーリが必死な顔で訴えはじめた。


「違うんだ! あんたにちょっと話があって来たんだが、畑に魔物がいることに気付いたんだよ! だから慌てて剣を抜いたら……この有様だ」

「無念です」

「なるほど……とりあえず拘束を解いてやってくれ、青子」

「はーい」


 ユーリ達を縛っていたツタがスルスルと解けていき、二人は体が自由になると立ち上がった。


「いつつ……酷い目にあった。くそ、なんであんたの畑には魔物がいるんだよ!」

「しかも飼い慣らしてる……」


 二人の疑問は至極全うなものだった。ラルクも、もし自分が彼らと同じ立場なら似たようなことを口にしていただろう。


「あー、青子は……そこの木みたいな女性は魔物ではなく、ドリアードと呼ばれる種族で――」


 それからラルクが詳細を省いて説明すると、ユーリとミーヤの顔が困惑から驚きの表情へと変わっていく。


「じゃあ、何か? こいつは魔物じゃなくて畑の守護者だってことか?」

「そういうことだ。人に危害を加えない」

「十分加えられた気がしたけど」


 そのミーヤの言葉に、ディアが噛み付く。


「そっちが先に剣を抜いたからでしょ! そりゃあ青子だってドロボウだって勘違いするよ!」

「私は別にドロボウだなんて言っていないけどね~」


 青子が微笑みながら、ラルクへと視線を向けた。


「つまり……ディアの早とちりだってことだな」

「うー! だって!」

「とにかく、中で話そうか」


 ラルクがユーリ達を家の中へと招待する。


「何もないが、ゆっくりしていってくれ」


 文字通り――本当に何もない家の中へと入って、ユーリとミーヤは顔を合わせた。


「……これはツッコミ待ちか?」

「天然の可能性もあるかも」


 なんてコソコソ喋っていると、


「お困りみたいね~?」


 二人の目の前にいきなり青子が床から生えてきて、二人は思わず声を出してしまう。


「ぎゃああああ!?」

「また出たああああ!」


 そして、ラルクとディアも驚いていた。


「……おお」

「えええ!?」

「なんで主様達まで驚いているのよ~。昨日のうちに根をここまで伸ばしてこの家と同化させといたから、自由に行き来できるのよ~」

「そうなのか……」


 そういえばこの家もディアが魔法で成長させた木で出来ているので、そういうことも可能なのだろうと、勝手に納得するラルクだった。


「凄い! お留守番もできるね!」

「そうね~。あと、こういうことも出来るわよ~」


 青子が右手を動かすと、即席のテーブルと椅子が床から生えてくる。

 それを見て、もはや驚きを通り越して唖然とするしかないユーリ達。


「……なんじゃこりゃ」

「超高度な樹木系魔法だよ、これ」


 そんな二人の様子を見ながら、ラルクが青子へと感謝を伝えた。流石に何を話すにしても、客に床へ直接座ってもらうのは、少し抵抗があったからだ。


「ありがとう、青子」

「むー! あたしも出来たのに!」


 なぜか悔しがるディアを尻目に、ラルクがユーリ達に席を促した。


「まあ座ってくれ」

「お、おう!」

「はーい」


 おっかなびっくりな様子で座る二人の向かい側に、ラルクとディアが着席する。青子は床へと同化するとそのままいなくなってしまった。おそらく畑に戻ったのだろうとラルクは推測する。


「改めて……俺はラルクで、こっちがディアだ。それで、冒険者の二人がうちに何の用があるんだ?」


 ラルクがそう切り出すと、そうだったとばかりにユーリ達がここへ来た理由を思い出した。


「ああ……えっと」


 元々の流れとはだいぶ違う形になったせいで、ユーリはどう話をしようか迷っていると――


「率直に言うと、貴方にガイアリザードを討伐をされてしまって、私達はお仕事がなくなりそうでヤバいって感じです」


 ミーヤがあまりに正直に現状を伝えてしまう。


「ば、馬鹿! お前! 話には流れがあってだな!」


 ユーリがミーヤの肩を叩くも、言った言葉はもう飲み込めない。


 そんな二人の様子を見て、なるほどとラルクは頷いて、少しだけ安心する。


(ガイアリザードを本当に討伐したのかと疑われているわけではなさそうだ)


 そう考えながら――ラルクは二人へとスッと頭を下げたのだった。


「え!? ラルクさんなんで!?」


 それを見て、ディアが驚く。


「すまなかった。あそこまでの騒ぎになるとは思わなかったんだ。迷惑を掛けた」


 ラルクが素直にそう謝罪を口にした。それは嘘偽りない本心であり、自分の行動のせいで冒険者の立場がなくなってしまうことは想定すべきことだった。


 冒険者を長年やっていたからこそ、ユーリ達が自分達のせいで面白くないことは、痛いほど彼は理解できた。


「あ、いや……ええっと」


 まさかすぐに謝罪されるとは思わなくて、ユーリも戸惑ってしまう。


「村人達には俺から、そういう依頼はそちらに回すように言っておく」

「……ありがとう」

「おおー、大人の話し合いだ」


 ミーヤが感心したような顔でラルクとユーリを見つめた。


「むー。ラルクさんは何も悪くないのにい」


 なぜか隣でむくれているディアを見て、ラルクは困った顔をしていると――玄関の扉が勢いよく開かれた。


「ラルクさん! いるか!?」


 慌てた様子で飛び込んできたのは、この近所に住む青年だった。


「……確か採掘士のヴァンだったか」


 ラルクが名前を思い出してそう答えると、その青年――ヴァンが頷いた。


「そう! いや、今は俺の名前なんてどうでもいい! 俺の姪っ子が、北の山で凶暴なブラックワイバーンに掠われちまったんだ! ラルクさん、助けてくれ!」


 その話を聞いたラルクが、ユーリ達へと視線を向けてこう言った。


「……そういう話ならば……彼ら冒険者が助けてくれるぞ」


 ラルクが、約束を果たしたとばかりに満足そうな顔で見つめてくるのを見て、ユーリ達は汗をダラダラと掻き始め、心の中でこう叫んだのだった。


(ただのワイバーンならまだしも、その上位種の討伐とか絶対に無理なんですけど!?)





*あとがきのスペース*

ユーリとミーヤはツッコミ担当な予感がしますねえ…


少しでも面白い! 続きが読みたい! という方は是非フォローおよびレビューをお願いいたします!

執筆モチベーションにも繋がりますので、何卒。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る