第8話:なんか変なのが生えました!


 次の日。


 朝一番に畑の様子を見に行ったラルクは、とりあえず一度深呼吸して、家の中へと戻った。


「……もう一回見てみよう。気のせいかもしれない」


 ラルクが家の裏へと出れる勝手口の扉を開ける。


 その先には昨日耕した畑があり、遠目でもポット君の方の畑は種から既に芽が出ているのが分かる。

 

 だが、その程度はラルクも想定済みだった。撒いた翌日に芽が出た程度など――今、と比べれば些事に過ぎない。


 ディアの力で耕した畑の方は当然、昨日と様子は変わらない。


 しかし、ディアが自分で使うと言った畑の一角。


 そこには――


「おはよう、主様。良い天気ね~絶好の光合成日和だわ~」


 そんな事を言いながら、気持ちよさそうに朝日を浴びる美女がいた。

 

 スレンダーな体には服の代わりとなる樹皮やツタを纏っていて、青が混じる深い緑色の髪からは赤い花が咲いている。その下半身は木となってそのまま土に埋まっていて、まるで畑からようだった。


 その未知の光景に、ラルクは眩暈を覚えてしまう。


「……お前はなんだ」

「あら? なんだと言われても困るわ~。ああ、でも竜族は我々を〝ドリアード〟なんて呼んでいた気がするわね……ふふふ」


 どう見ても枝にしか見えない右手で、口元を押さえて笑うその美女――ドリアードを見てラルクは思わず頭を抱えてしまう。


「とりあえず……大人しくしてろ」

「はーい」


 ラルクがそうドリアードに厳命すると早足で家へと戻り、ディアの部屋の扉を叩いた。


「ディア。すぐに起きてくれ」


 しかし返事はない。


「ディア!」


 ラルクが大きめの声を出しても起きてくる様子がないので、迷った末に彼は扉を開けた。


 まだ家具も何もなく、辛うじて寝やすいように分厚めのカーペットを敷いただけの床の上で、ディアがまるで猫のように丸くなってスヤスヤ寝ている。


 しかし下着同然の姿でおへそも丸出しなっている彼女を見て、ラルクは光の速さで目を逸らしながら、蹴飛ばされていたタオルケットをソッと彼女に掛けた。


「ディア……起きてくれ」

「ん……」


 ディアの少し色っぽい声にドキリとしながら、ラルクがディアの肩を揺らした。


「ディア、畑が大変なことになっている」

「むにゃむにゃ……ラルクさん……ダメだよ……箒を生で食べたら……」

「食べるか。いいから早く起きろ!」


 業を煮やしたラルクがディアのほっぺたをつねる。


「ふえっ!? え? ラルクさん!? ちょっと待ってください! まだ心の準備が! お、お風呂先入ってきていいですか!?」


寝惚けた様子のディアを見て、ラルクがため息をつく。


「何の話だ。すぐに着替えて畑に来い」

「……どうしたんです?」

「見れば分かる」


 ラルクが部屋の外で待っていると、中から衣擦れの音がして、しばらくすると扉が開いた。


「えへへ、どうです? 似合ってます? この村の女性衣装に合わせてみました!」

 

 扉から出てきたのは、普段のワンピースとは違う衣装を着たディアだった。


 赤のプリーツスカート、上には白いレースと花の刺繍が特徴的な白いブラウス。髪の毛も編み込みにして片側から垂らしており、黒髪なのを除けばキーナ村の女性にしか見えない。


 そんなディアの姿を見て、ラルクは思わず固まってしまう。


「あれ? どうしました?」

「……いや、なんでもない。とにかく来てくれ」


 ラルクが慌ててディアへと背を向け、裏口を抜けて畑へと出た。

 背中にディアの視線を感じながらも、彼は振り返れなかった。


(顔はまるで似てないのに、なぜ……)


 キーナ村の衣装を纏ったディアを見た瞬間、ラルクはもう忘れてしまっていたはずの、今は亡き幼馴染みの姿を重ねてしまった。


 そのせいで、胸の動悸が収まらない。


(今はそんなことに動揺している場合じゃない。まずは……アレをなんとかしないと)


 ラルクが畑の一角にいるドリアードを見て、思考を切り替えた。


「……おお! ドリアードだ!」


 畑を見たディアが歓声を上げる。


「やっぱり君の仕業か」


 ラルクが静かにディアへと凄むと、彼女は引き攣った笑いのまま、一歩下がった。


「あ、あはは……いやだなあ! まるであたしのせいみたいじゃないですかあ」

「何をした。あそこに何を植えた」

「いや、違うんです! 聞いてください!」


 ディアが弁明しようと口を開くと――なぜかドリアードが割って入ってきた。


「ディア様は悪くないわよ~。ディア様はブルーブラッドリーフをここで育てようとしていただけよね?」

「そう! ほら、あの森でラルクさんが〝ブルーブラッドリーフは売れる〟って言ってたじゃないですか!? だからあれをここで栽培できたらちょっとはお金の足しになるかなあって思って――


 もの凄い早口で弁明するディアの言葉に、ラルクはもう何度目かも分からない驚きの表情を浮かべた。


「ちょっと待て。種を拾ってきた、とかではなく……再現した?」

「はい。いや、そういえば昔お爺ちゃんがそういうことやってたのを思い出したんですよ。お爺ちゃんはグリーンドラゴンで、そういう魔法を研究してたんですけど」

「そんなことが可能なのか?」

「えっと……失敗しましたね……てへへ」


 ディアがドリアードを見て、照れ笑いする。


「失敗というか、なんだこれは」

「失敗じゃないわよ~? 私、ブルーブラッドリーフのドリアードだし」


 なんて事をドリアードが言い出すので、ラルクもディアも理解できないとばかりに顔を見合わせた。


「どういう意味だ?」


 ラルクがそう尋ねると、ドリアードがおかしそうに笑った。


「ふふふ……ドリアードは元々はただの植物だけども、長い年月掛けて蓄積された魔力のある土地で成長すると、こういう形で発現するのよ~。だから私は、ディア様が再現したブルーブラッドリーフの種から生まれたので、ブルーブラッドリーフでもありドリアードでもあるって話なの。ほら、」


 ドリアードが、枝となっている右手に生えている葉をラルクへと差し出した。それは確かに昨日拾っていたブルーブラッドリーフの葉と同じだ。


 ただし野生のものよりずっと大きく、肉厚だった。


「しかしここは元々ただの荒れ地だったんだぞ。大森林内ならともかく、そんな魔力は――」


 と言っているうちに、ラルクは気が付いた。


「そうか……ディアの魔法で耕して畝を作ったからか」


 ラルクの言葉に、ドリアードが微笑みながら頷いた。


「その通りよ~。この畑には異常なほどの竜の魔力が蓄積されていたわ」

「まさか昨日植えた種や苗木が全部、ドリアードになるのか?」


 ラルクがまだ芽の出ている様子のない畑を見て、そこから美女が次々と生えてくることを想像してしまう。


 そんなことが起これば、流石に大騒ぎになる。


「残念ながら、ドリアードになれたのは私だけね~。主様が言うように、この土地には元々魔力は全くなくて、後から加えられたディア様の魔力も全部私が使っちゃったし」

「なるほど」

「それに、私は元々ディア様の魔法で再現された種から生まれたから、ディア様の魔力と相性が良かったおかげでもあるの。だから心配しなくてもこれ以上ドリアードは生えてこないわよ~」


 ドリアードがそう言ってくれたので、一安心するラルクだった。


「そうか、なら良かった……じゃない!」


 まあドリアード一人ぐらいならいいかと思ってしまった自分に気が付き、ラルクが慌てて自分の言葉を否定した。


「流石に畑に女性が生えていたら、村人達が驚く。君はここから移動できるのか?」

「出来ないわね~。一応根の伸びる範囲内は移動できるけど、地面からは離れられないし、根を伸ばすにも時間が掛かるわ」

「そうか……うーん」


 なんて話していると、ディアが口を挟んだ。


「ラルクさん! その、青子ちゃんが生えたの予想外でしたけども、結果的に良かったと思いますよ!」

「青子ちゃん?」

「ドリアードの名前です! 名前ないと不便ですし」

「ディア様、名付けてくれてありがとうございます~」

「えへへ~」


 なんて手を取り合うディアとドリアード……もとい青子を見て、ラルクがため息をつく。


「……それはそれとして、何が結果的に良かったんだ」

「ドリアードって、竜界では森の守護者って呼ばれているんですよ! ドリアードがいる森は豊かになるって!」

「そうなのか?」


 ラルクが青子へと問うと、青子が当然とばかりに答える。


「そうよ~。我々には周囲の植物を守り、育てる力があるの。だからこの畑と、そっちのトカゲちゃんの背中の畑も全部守ってあげる。ちょっとした魔物やレッサードラゴンなら、私一人で追い払えるし~」

「ほら! まあちょっと動くだけの案山子みたいなもんですって! それにブルーブラッドリーフも採取できてお得! 金の成る美女! だから、ね?」


 ディアが言葉をまくし立てながら、ラルクへとお願いのポーズをする。


 もう既にディアが名前を付けてしまった時点で、追い出せなくなっていたラルクだった。


「……はあ。分かった。青子はいてくれて構わない。その代わりにここの畑を守ってくれるか」

「ふふふ……もちろん。今後とも、末永くよろしくお願いね?」


 魅力的な笑みで笑う青子を見て、ラルクはまた珍妙な同居人が増えたことに、複雑な感情を抱くことになるのだった。



***


 一方その頃。


 アレジア帝国、レザンス州の州都バレンジアにて。


 キーナ村の西にある、辺境のわりにそこそこの規模の街であるバレンジア。


 その中心には、このレザンス州を治める領主であるデナイ男爵の館があり、豪華絢爛な内装が施されていた。


 そんな、ある種成金趣味な館の中にある執務室。そこでデナイ男爵が酒を飲んでいると、黒いローブに仮面を被った奇妙な姿の男がやってくる。


「デナイ様。ご報告があります」

「今、そういう気分じゃないんだが」

「申し訳ございません。しかし、早急に知らせるべきかと判断しました」


 その言葉を聞いて、デナイ男爵が嫌そうな顔をする。


「お前ら、〝真を語る者ヴァイザー〟からの報告はいつもろくでもないからな。今度はなんだ? 邪竜の出現か? 海の悪魔どもの侵略か? それとも、帝都が愉快に爆発四散でもしたか?」

「そのどれでもありません。そもそも帝都が爆発四散したら、流石にもうちょっと緊迫感をもってご報告いたします」


 仮面の男がそう伝えると、確かにとばかりにデナイ男爵が笑った。


「それもそうか。それで報告とはなんだ」


 それを聞いて、仮面の男はこうデナイ男爵へと伝えたのだった。


「東にて、を観測いたしました。おそらくダークドラゴン……厄災級クラスの竜によるものです。早急に――備えを」




*あとがきのスペース*

ダークドラゴン……!? 一体何者なんだ……?


次話は間話となります。ラルクとディアの知らないところで、あれこれ影響がでているようで……?


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執筆モチベーションにも繋がりますので、何卒。

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