第7話:開墾も楽勝です!

  翌日。

  まだベッドも寝具もないので、床で雑魚寝して一晩過ごした二人は、早朝から動き始めていた。


「さて、やるか」


 ポット君が潜っている場所はそのまま畑として使えるが、それでもまだ余っている土地を見て、ラルクが近所の村人から借りてきたクワを手に取った。


 それを見て、ディアがうずうずしている。


「あたしも手伝いますよ!」

「頼む。今の季節に植えられる野菜や果物の種や苗木はいくつか譲ってもらったから、まずそっちはポット君の背中に植えてくれるか?」

「はーい!」


 ラルクがポット君の背中――全体的に凹んでいて、その中に土がまんべんなく詰まっている――に近所の村人から教わった通りに、種や苗木を植えていく。


 それらは農地に向かないキーナ村周辺の塩分が多い土でもよく育つという野菜や果物だ。


 芋の一種であり、ほんのりとした塩味が特徴の〝ソルト芋〟。

 真っ赤な実で酸味が特徴的なトルメト、オラージやリモネといった柑橘類。

 さらに帝国料理では欠かせないリーブ油の元となるリーブ。


 そのどれもがこのキーナ村における数少ない農作物だが、本来なら収穫できるまでに相当に根気がいるものばかりだという。


 現に、ラルクは譲ってもらった村人からも、〝一からやるのは相当に難しいよ〟と忠告された。


「なるほど、そうやるんですね」


 ラルクのやり方を見て、ディアがその真似をする。最初はぎこちなかったが、すぐにコツを掴んだのかあっという間にその作業を終わらせた。


「そういえばディアの話だと、ポット君は肥料も水もいらないんだったな」

「そうです! ポット君の背中からそういう植物を成長させる液体がじわじわと染み出るそうで、植えておくだけで成長します」


 だから水やりも不要な上に、ポット君自体が土の中を潜ったまま移動もできるので、日当たりの良い場所にその都度動けるという。


「なんとも便利だな」

「ですねえ。人間ももっとポット君を活用すればいいのに」

「無茶を言うな」


 普通の人間なら自分の家のすぐ裏に、いつ暴れ出すか分からないレッサードラゴンがいると分かれば、おちおち寝ていられないだろう。


「ま、そういうわけで、ポット君の畑に関してはこれでおしまいですね。あとは待つだけ!」

「楽しみだな」


 ラルクが汗を拭いながら出来た畑を見て、満足そうな表情を浮かべた。

 

 かつてのラルクは、冒険者という生き方にいい加減うんざりしていた。

 

 竜や魔物を殺したり、殺されそうになったり。

 ギルドの出資者である貴族達のために慣れない社交会に出席したり。

 この帝国を統治する皇家の無茶ぶりに応えたり。


 そういうことが、いつからか全て煩わしく感じてしまうようになっていた。


 だから、こうしてそういうしがらみから解放されて、のんびりと畑を耕していることが何よりの喜びだった。

 

「なんか、楽しいですよね。ワクワクするというか。ちゃんと実が成るのかなあとか、美味しいのかなあ、とか考えると!」


 そんなことを言いながら笑顔を向けてくるディアを見て、ラルクが頷く。


「そうだな」


 思っていた生活とはかなり違ってしまったが……こうして共に楽しさを分かち合える相手がいるのは悪くないな、と思うラルクだった。


「ソルト芋って食べたことないのでそれも楽しみです!」

「焼いたり茹でたりするだけでも美味いし、そのゆで汁も塩味があってスープに使える」

「へ~。オラージとリモネはそれしか食べない変な竜がいるので、竜界でも結構一般的なんですよ」

「……竜の巨体だと、あまり腹が膨れないんじゃないか?」

「そこは、ちゃんと竜用のでっかいのがありますよ!」

「ほう?」

「人界は、土も空気も水も魔力濃度が薄すぎるので多分育たないと思いますが」

「そういうものなのか」


 同じ陸続きでありながら、人界と竜界はかなり様子が違いそうなことになんとなくラルクは気付き始めていた。

 竜界に行って帰ってきた人間はいないせいで、竜界は人類にとっても、まさに未知そのものだ。だからこそディアの話は貴重だった。


「いつか、ラルクさんをあたしの故郷に招待しますよ……こっそり」

「なぜこっそり」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんにバレたら、ヤバいからです……」


 怖いものなんて何もなさそうなディアが怯えたような様子を見せて、ラルクは意外だなと感じてしまう。


「そんなに怖いのか」

「あたし、お兄ちゃんとお姉ちゃんに育ててもらったせいか頭が上がらないんです……怒ると怖いですし……」

「ディアにも怖いものがあるんだな」

「ありますよ! ま、でもお兄ちゃんもお姉ちゃんも、人界には興味がないので、こっちから行かない限り会うことはないでしょうね~」

「そうか。挨拶ぐらいはすべきだと思ったが……」


 人間の、しかも自分みたいな者と一緒に暮らしていると知ったら、どんな顔をするのだろうか。

 全く見当がつかないラルクだった。


「やめた方がいいと思います……」

「そうか」

「さ、こっちの土地も畑にしちゃいましょ!」


 話は終わりとばかりに、ディアが余っている土地へと視線を移した。


「こっちはそう簡単にはいかないぞ。まずは土を耕して畑を作るところからだが……かなりの重労働だ」


 なんせこっちはただの荒れ地だ。まずは硬い地面を耕して、石なども取り除くだけでも一苦労であり、さらに土も痩せているので掘り返して、空気と石灰、肥料と混ぜる必要がある。


 それから畝を作り、ようやく種や苗木を植える作業ができるのだ。


 ただ植えるだけの、ポット君での畑作りとは訳が違う。


「なるほど……土を掘り返してかつ石を取り除き、空気とそこに置いてある石灰と肥料を混ぜつつ畝を作ればいいんですね」

「そうだが、二人でやってもこの広さだと二日以上はかかりそうだな」


 ラルクが残りの土地を見て、そう判断する。しかしそんなラルクへとディアが得意気な笑みを向けた。


「ふふーん」

「どうした」

「ディアさんにお任せあれ!」


 ディアが何か魔法を発動させようとするので、ラルクがそれを慌てて止めた。


「ちょっと待て。まず何をどうするかを説明してくれ」


 ディアに全て任せるととんでもないことが起こると、流石にラルクも学習していた。


「えっとですね――」


 それからディアが説明したことを聞きつつ、ラルクは何度も細かい質問をする。


「魔法の範囲は必ずこの土地の中だけに収められるか? さらに深く掘りすぎてもいけない。そこも調整できるか?」

「バッチリできますよ! もう、ラルクさんは心配性だなあ」

「……そりゃあな」


 幸いとも言うべきか、隣家は現在空き家となっている。万が一、ご近所に被害が出ることはないだろうが、ラルクとしてはこれ以上目立つ事は避けたかった。


「じゃあ、今度こそやりますね」

「ああ、頼んだ」

「いっきまーす!」


 ディアが右手を掲げると異常なほどの量の魔力が周囲に満ち、その5本の指から黒い雷が迸る。

 それはまるで巨大な竜の爪のような形になると――彼女はそれを荒れ地へと振り下ろした。


 衝撃音と同時に地面が爆散。しかしなぜか土は飛び散らずに、空中にフワフワと浮いている。


「かーらーのー」


 ディアが左手を、ラルクの横に置いてある肥料と石灰の入った桶へと向けた。


 すると桶の中から肥料と石灰が飛び出し、ディアの左手の動きと連動して、空中に浮いている土とひとりでに混ざり合っていく。


 そうして最後に彼女が魔法を解除すると、石灰と肥料が混ぜった土が地面へと落ちた。


 しかも、まっすぐな五本の畝となって。


「見事だな」


 目の前にできたのは、普通にやれば二日以上は掛かるだろう、荒れ地の開墾と土作り、畝作りが既に終わっている状態の畑だった。

 

「ちゃんと土の中の石とかは砕きましたよ」

「ありがとう。しかし重力魔法、恐るべしだな」


 重力魔法によって、荒れ地があっという間に畑へとなってしまった。


 しかしもしあれがこちらへと振るわれたら……そう考えるとラルクは背筋が寒くなる。

 重力ゆえに、防御は無意味。あらゆる装甲も魔法防御も貫くその魔法は、最強とも言っても過言ではない。


 これまでにラルクですら――ディアには勝てないかもしれない……そう考えてしまうほどだった。


「さ、種と苗木を植えましょ! あ、そうだ。ラルクさん。こっちの部分だけあたしが使ってもいいですか?」


 ディアが指したのは、5本ある畝の一角だった。


「ああ、構わないが。何を植えるんだ?」

「実は、大森林を歩いていた時にあれこれ見てきたんで、多分いけるかなあと」

「……?」


 どういうことか良く分からないまま、ラルクはそれを了承した。


(種か何かを拾ってきたのだろう。まあ何が育つかは分からないが問題ないだろう)


 しかしその考えはあまりにも甘かったことを、ラルクは痛感することになる。





*あとがきのスペース*

「畑作りって大変なのよねえ」

「そんな貴方に朗報! 畑作りならダークドラゴンにお任せ!」

「ダークドラゴン!?」

「重力魔法による新感覚畑作りを体験しよう! 、ドラゴンパワーで簡単、グラビティファーミングについてのお問い合わせはこちら――」


*補足*

キーナ村は温暖な気候かつ海が近いので、イメージ的には地中海的な場所です。イメージだけなので実際は違いますが……



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