第5話:竜尖樹を手に入れます!
キーナ村の東に広がる大森林。そこは途中から竜界となるため、木こり達もあまり好んで行きたがらない場所であり、当然魔物も多い。
しかしその分、稀少な薬草や木材が多く、一攫千金を求めてこの森にやってくる者もいるそうだ。
そんな森に作られた道を、ラルクとディアが歩いていた。
「ふんふんふん、ふ~ん」
ご機嫌で鼻歌を歌いながら進むディアのあとを、ラルクが警戒しながら進む。
「気を付けろ、ディア。この森にいる魔物は手強いものが多い。レッサードラゴンもたまに出没するので注意が必要だ」
「ふえ? 魔物?」
「そうだ」
「なら、大丈夫ですよ。あとレッサードラゴンも」
ディアの言っていることの意味がわからず、ラルクが思わず聞き返してしまう。
「何が大丈夫なんだ」
「さっきからずっと歩いていますけど、一匹も出てきてないですよね? 多分、私の魔力を感知して避けているんですよ。レッサードラゴンなんて多分、当分はこの森の周辺には近付かないと思いますよ」
言われてみれば、森に入ってもう三十分は経つのに、未だに魔物にもレッサードラゴンにも遭遇していなかった。
単に運が良かったのだろうと思っていたラルクだが、ディアの説明もあながち嘘でもなさそうだと気付いた。
「そうか。魔物は魔力の流れや気配に敏感だから、ディアの魔力に怯えているのか」
「そういうことですねえ。だから竜界って魔物いないんですよ。で、知能の低いレッサードラゴンは縄張り意識は強いけども、強者が後から来たから素直に逃げます」
「なるほど……便利だな」
カラス避けの案山子みたいなものか、とラルクは思ったが、何となくそれを口にするとディアが怒りそうなのでやめた
「なので、安心安全です!」
「そうだな。助かる」
とラルクが答えながら、これまでの道中でしていたように、足下にあった草に生えている青色の葉を千切って、腰のポーチへと入れていく。
「そういえば、さっきからそれ何を採ってるんです?」
「ブルーブラッドリーフだ。こいつは薬草の一種で、売れる」
「ほえー! あたしも拾います!」
そうして二人が薬草を拾いながら森の中を進むと、
「そろそろ着くはずだが」
ラルクが立ち止まり、地図を確認しながら辺りを見回した。ここまでは木こり達によって作られた道があったので快適だったが、その終わりが見えてきている。
道の終点は、森の中のちょっと開けた場所になっていて、頭上から陽光が差し込んでいた。
ここは意図的に木こり達によって伐採されていて、木材の集積場として使われていたようだった。見れば、木材を運ぶ用の大きな荷台が置かれている。
「ダリウスが使っていいと言っていたから、帰りはあれに木材を乗せて帰ろう」
「はーい。でも、その竜尖樹ってのはどこにあるんです?」
「まだ先だ」
集積場から先は道がなく、鬱蒼と草や木が生い茂っている。もう少し先に進まないと竜尖樹はないはずだ。
ラルクはダリウスから借りた鉈で打ち払いながら、先へと進んでいく。
そんな彼の背中に、ディアが疑問を投げかけた。
「そういえば竜尖樹ってどんな木なんです?」
「まるで剣のように鋭く硬い葉が特徴的な木だ。帝都では家具用の木材として高値で取引されている」
「ほええ」
「帝国領土内でもこの大森林にしか生えていないからな。だから竜尖樹と呼ばれている」
「なるほど……あ、あれですかね?」
ディアが指差した先には、鋭い細長い葉が生えた木が何本も生えていた。それは確かに竜尖樹で間違いないが、なぜかラルクは立ち止まって、ディアを手で制した。
「ん? どうしました?」
「……何かおかしい」
ラルクがそう言って、竜尖樹の周囲の地面を注意深く観察する。
良く見ないと分からないが、竜尖樹の周囲の土と今ラルク達が立っている土の色が微妙に違っている。
さらに集積場に近いこんな場所にある竜尖樹が、手付かずなのも妙だった。
(そういえばダリウスが言っていたな……強い魔物が出たせいで、木こり達がこの森に入らなくなったって)
そこまで考えて、ラルクは背負っていた大斧を手に取った。
「ディア、下がっていろ」
「ふえ?」
ラルクがディアを下がらすと大斧を大上段に構え、竜尖樹の手前にある地面へと振り下ろした。
ラルクの人間離れした剛力があれば、どれほど硬い地面であっても、弾かれることはないはずだった。
しかし。
「っ!」
大斧が地面を少し削ったその下にある何かに、弾かれてしまう。
同時に地面を揺らすような振動がラルク達を襲う。
「あわわわ! 地震ですか!?」
揺れる足下に、ディアが驚く。
「違う……これは」
ラルクが振り返るも、これまでに通ってきた道の草や木は揺れていない。つまり、この周囲だけ揺れているということだ。
つまり――
「下から来るぞ!」
ラルクがそう警告すると同時に、目の前の地面が爆発。
そこから現れたのは――巨大なトカゲだった。緑色の鱗に覆われたそのトカゲの背中から、先ほどの竜尖樹が何本も生えている。
その特徴から、ラルクがその正体に気付く。
「……っ! ガイアリザードか!」
「グラアアアアア!」
咆吼が森に響き渡った。
ガイアリザード。
それはレッサードラゴンの一種であり、厳密に言えば、魔物ではなく竜である。普段は地面に潜り、背中に稀少な植物を生やすことで人や動物をおびき寄せ、近付いてきたところを捕食するという生態を持つ。
しかし知能は竜ほど高くなく魔法も使えないため、レッサードラゴンに分類されている。
そんなガイアリザードを見て、ディアが楽しげな声を出した。
「おお! ポット君だ!」
「……ポット君?」
その妙に可愛らしい名前に、臨戦態勢だったラルクは思わず気が抜けてしまいそうになる。
「そうです! 竜界ではガイアリザードは園芸用によく飼われているんですよ~。こいつの背中って、あらゆる植物を異常成長させるんで、植木鉢とかの代わりに使うんです! なので愛称がポット君!」
「こいつを……飼う?」
目の前の、巨大かつ人を喰らうほど凶暴なレッサードラゴンを飼うというその発言が、ラルクには信じられなかった。
「ほら、竜界って元々人界と違って娯楽が少ないんで、結構色々人界から取り入れているんですよ。いかにポット君の背中に植えた植物を芸術的に仕上げるかを競う大会もあるぐらいですよ!」
「そ、そうなのか」
「あ! そうだ!」
ディアが何かを思い付いたような顔をすると、ラルクの前へと出る。
「ディア、危――」
「――〝haegsuas kshdau kjasoi lkuy?〟」
ディアの口から、聞き取れない言葉が発せられた。
(今のは……
ディアは人の見た目をしているが、竜である。竜達の言語である
会話が続くうちにガイアリザードが急に大人しくなり、ディアへと頬を擦り寄せはじめた。
「……どういうことだ」
「あ、えっとですね。なんか怖い竜に縄張りを追い出されたらしくて、それで仕方なくここまで逃げてきたそうです。だからあたしが保護してあげるといったら喜んじゃって」
ディアがニコニコそう語るが、ラルクは驚くしかなかった。
凶暴なガイアリザードを言葉だけで従えてしまうディアに、思わず感心してしまう。
「ほら、ラルクさん、畑をするって言ってたじゃないですか? だったら、ポット君使えばいいんじゃないかなあと思ったんです! それに今背中に生えている竜尖樹も使えますよ」
「なるほど……ガイアリザードの背中なら確かに畑に向いてそうだ」
(俺は……討伐することしか考えていなかったな……)
ラルクは改めて、ディアが規格外であることを思い知ったのだった。
*あとがきのスペース*
竜の子供達は野生のガイアリザードを捕まえてきては、園芸が趣味の大人の竜に売ってお小遣い稼ぎをしてるとか。
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