教会

「ここですよー!芋虫さーん!」


 そうして大きく手を振るミル。


 その後ろに有るのは、古く、厳格な雰囲気を醸し出している石造の教会だった。


「すげぇ……」


 思わず声が漏れる。

 全体的な見た目としては、石の隙間に緑が入り込み、苔むした様な見た目では有るものの、それは決して見るものに不快感は与えず、むしろそんな中でも雄大に佇む教会に思わず胸打たれる様な……


「芋虫さーん!早くー」


 ふと立ち止まり、そんな感慨に耽っていると、ミルからそんな声が飛んできた。

 ……ミルには少し、情緒というものが感じにくいらしい。

 まぁ、そりゃそうか。

 生活に困ってたら綺麗な景色に足を止める余裕なんてないよな。

 なんとかそれに足を止め、場の雰囲気を感じ取れる程度には心と生活の余裕と言うものを持たせてやりたい。

 ……いや、今思えば別にここに来るのは初めてって訳じゃ無いんだな。

 だったら慣れかな?


 そんなアホなことを考えながら、俺はミルの元へと足を速めた。




「じゃあ、開けますよー」


「あぁ」


 扉に手を当て、こちらを伺うミルにそう頷く。

 それを見てにっこりと笑ったミルは、手に力を込め、両手で両扉の片側を押し開けた。

 そこには……


「おぉ……」


 外観に負けず劣らずの神秘的な空間が広がっていた。


 入り口から奥に向けて多くの長椅子が並び、その奥には太陽と月を象ったと思われる対になった二枚のステンドグラスに、その真ん中に有る大きな窓。

 そこから真っ直ぐに差す光の下に、一人の男が立っていた。


 男は此方が入ったことに気が付くと……


「おや、先ほどぶりですね。ミル。そして……なるほど。そちらの方が……」


「はい、芋虫さんですよ!神父様!」


 急に向けられる二人の視線。


 ……えっ?これ何か言わなくちゃいけないの?


「あっ、えと……キャピタルスケイラです……どうも」


 ……それで捻り出した返事がこれだってのは我ながら相当ヤバいとは思うが……これはしょうがなく無いか?

 名前も無い奴に何を期待してんだよ。


 そんな考えが表情から読まれたのか、神父は少し慌てたような微笑と共にこう言った。


「あぁ、これは失礼。決して名乗らせるつもりは無かったのです……というより、その為に来たのでしょう?」


「……はい」


 何故分かった……ってのは野暮か。

 長年ミルを預かってきたのだ。

 「名前の無いであろう魔物を拾ってきたミルが次に何をするか」程度の推測ならきっと容易いのだろう。


 そうひとり合点して、俺はその返事を頷くだけに留めた。


「大方、ミルが私に名前を決めて欲しいといったところでしょうが……そうですね。」


 そこで神父は顎に手を当て、少し考える様子を見せると、納得したかのように顔を上げ、此方に顔を寄せてこう言った。


「一つ伺いたいのですが、芋虫さん。貴方は私よりミルに名前を付けて欲しいのでは有りませんか?」


 ……ほう。

 流石にこれは気になるな。

 神父に合わせて、こそこそと返すことにした。


「確かにそうですけど……どうしてそう思ったんです?」


「いえ、当てずっぽうというか……保険ですね。昔からミルは優しいのですが、興奮したときは酷く独善的になってしまうので……」


「あぁ……なるほど」


「?」


 今度はミルが二人からの目線に晒される番だった。

 まぁ、ミルは俺と違いテンパることもなく、可愛らしく小首を傾げているだけなのだが……ってあれ?つまるところ、俺のコミュ力はこんな小さい娘に負けてるってのか?


 不意に訪れたある種の真実に打ちのめされた様な気分になっていると、そんな俺をよそに、神父はミルの頭に手を置き、こう言った。


「ミル。貴女の優しさは美徳では有りますが、同時に悪癖にもなり得る危うい物です。貴女が善行を為そうとするのなら、先ず最初に相手のことを考えることから始めなさい。」


 けれど……


「?は、はい。でも神父様?今回は何が駄目だったのでしょうか。」


 不思議そうに、戸惑うように。

 精一杯頭を働かせても分からないのか、ボロボロの服の裾をギュッと握りしめながらミルはそう尋ねる。

 その問いに対して神父は口許を緩めると、ミルに目線を合わせてこう言った。


「要はその人から見た他人のイメージなのですよ。ミル。」


 そう言うと、顔を苦笑気味に歪めて、神父はこう続ける。


「その……自分で言うのもどうかと思うのですが、私はミルの中においては、そこそこ信用して貰えているとは思うのです。」


 うわっ、ホントに「自分で言うのもなんだが」だ。

 ……まぁ、それを自覚しているからこそのこの顔なのだろうが。

 それにブンブン頭を縦に振るミルを見る限り、実際かなり信用されているのだろう。


「そこでミルに質問ですが、貴女の名付けの時。その時ことを覚えていますか?」


「はい、それはもう!忘れる筈がありません!」

 

「それは良かった。ではその時は何事もなく貴女の名前を私が付けたことも覚えていますよね?」


「?はい」


「ですがあの時。「名前なんて一生物の宝物を私が与える訳にはいかない!」と、私がもっと高位の神官に頼んで名前を付けて貰ったら貴女はどう思うでしょうか?」


「それは……少しモヤモヤすると思いま……」


 そこまで言うと、バッと顔を上げ、ミルは神父を見上げた。

 それに対して神父は笑顔で……


「私から言うことはもう何も有りませんよ」


 とのこと。

 成る程なぁ。上手いこと反省を促すもんだ。

 そんなことを考えていると、指を絡め、モジモジとしたミルが此方へ寄ってきた。

 そして意を決したように顔を上げ、此方に目を合わせると……


「その……芋虫さん!気持ちが分からなくてごめんなさい!それと…………」


「貴方のお名前……私が付けても良いですか?」


 不安そうに、けれどどこか期待を滲ませながら、ミルはそう声を上げたのだった。

 俺としては当然、この答えしかあるまいて。


「もちろん」

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