信頼
それからしばらくした後……
「只今です、芋虫さん」
そんな声と共に少女は帰ってきた。
「お、お帰り。どこに行ってたんだ?」
そう尋ねると少女は少し微笑んで……
「少し教会へ。芋虫さんの身体に合う様な服を頂いてきました。お古なので少しほつれたりはしているかもしれませんが……お気に召して頂けたら嬉しいです。」
そう言いながら少女は俺の座っているベッドに2着の服を並べていった。
2着ともその品質やデザインに大差は無く、麻で織られた様な荒い布目の、何の飾り気も無い様なシンプルな服だった。
そこでふと視線を上げれば、少女の服も同じ物。
間違えても15歳と言う年頃の女の子が着る様な服では無いことはお洒落とは縁遠い俺でも良く分かった。
なんとか楽させてあげられたら良いんだけど……じゃなくて!
それも大切だが今は名前だ。
「その……今更で悪いんだが……名前、教えてくれないか?」
「え?……あ!そうですね!そう言えば名乗ってませんでしたね。すみません、芋虫さん」
笑顔でそう言うと、少女は改めて向き直り、姿勢を正して……
「私はミル、ただのミルです!これからよろしくお願いしますね?芋虫さん」
そう元気に自己紹介してくれたのだった。
「そうか、ミルか。生憎、返せる名が無いのは残念だが、今後ともよろしく。じゃあ早速だが……」
それにこう返しつつ、本題に移ろうと口を開くと……
「ちょっと待ってください」
少女……もといミルからストップが掛かった。
「ん?どうした?」
そう声を掛けると、少しおどおどしながら……
「その……あ、いえ。よくよく考えれば当然のことかも知れないんですが……芋虫さんって無いんですか?名前。」
まぁ、そりゃあね。
「あぁ、産まれた時から一人だったわけだしな。名前は無いな。」
「じゃあその……僭越ながら、私が付けさせて頂いても良いですか?」
なに?
「ミルが付けてくれるのか?名前を?」
「あ、はい。その……嫌で無ければ……ですが。」
嫌も何も、そんなの……
「嬉しいよ、ずっと「芋虫さん」なんて呼ばれてちゃ距離感が有って仕方ないからな。是非頼めるか?」
「あ……はい!一生懸命考えさせて頂きますね」
目を輝かせ、心底嬉しそうにミルはそう言ったのだった。
それからしばらくして。
もっと言うならそのやり取りから2、30程経った後の事。
「うーん……」
……未だにミルは頭を抱えていた。
「その……あれだぞ?そんなに思い詰めなくて良いからな?」
そう頭を抱えているミルに伝えたのだが……
「いえ!そう言う訳にも行きません!なんせ名前ですから!一生抱える宝物ですから!」
そう目を血走らせんばかりに見開き、熱弁するミル。
どうやら名前に関しては一家言有るらしい。
……親から唯一残された思い出だからだろうか。
そこでふと思い起こすのは、あの「殺す」と断言した彼女の顔だった。
あれを思い起こす限り自分の名前なんて過去ごと消し去ってもおかしくないとは思ったんだが……意外に大事にしてたりとかするのか?
あと可能性が有るとすれば改名したーとかだが……聞いてみるか。
「なぁ、ミル」
「?なんです?」
「ミルの名前っていったい誰が付けたんだ?」
「あぁ、それなら神父様ですが……どうしていきなり?」
あぁ、なるほど。
「……いや、気になっただけだ。」
……ちょっと期待しただけに両親が可哀想になったとは言えねぇよなぁ。
「あ!そうだ!」
そんなことを考えていると、突然ミルがそんな声を上げた。
「どうした?」
「あっ、いきなりすみません。でも、神父様ならきっと芋虫さんにも良い名前を付けてくださるんじゃないかと思って……どうでしょう。」
んー……なるほど。
正直これはイメージでしか語れないが……
「いやー、厳しいんじゃないか?だって神父だろ?立場的には俺と正反対。そんな奴が魔物なんかに優しくしてくれるとは思えないんだが……」
「あ、いえ、神父様なら大丈夫ですよ。神父様は「善」なので」
「善?」
……どう言うことだ?
善だろうが悪だろうが、人間ならあるだろ、色々と。
「あ、えーっと……取り敢えず話したら分かりますよ。それで……どうでしょう。行きますか?神父様の所へ。」
……どうだろう
正直「善」とか言う既知の様で未知な概念については非常に興味をそそられる所では有るのだが……そうだよ。そもそも神父が手を出して来ないにしても、行くのは教会だ。
当然そこに居るのは神父だけじゃ無いだろう。
それでも行く理由が有るとすれば……
ふと目を遣れば、こちらを伺う様に首を傾げ、笑顔でこちらを伺うミルの姿。
「……分かった。行こうか」
これからのパートナーだ。
こちらからも信じねば始まらないだろう。
……正直、どこの誰とも知れない奴に名前を付けられるのは残念では有るのだが。
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