名付け

 そうして再びミルの長考が始まる……かと思いきや。


「実は……名前なら一つだけ思い付いてたんです」


 なんと、家で考えた約30分の間で相応しいような名前を一つは思い付いては居たのだそう。

 だが、流石に安直過ぎるというか神父の方が良い名前を思い付きそうとのことでこの教会まで向かったというのが教会へ訪れるまでのミルの思考だったらしい。

 ミルの優しさと、自己肯定感の低さが伺えるエピソードだ。


「では、早速……どうぞ」


 そんなことを考える内に、神父がその名前を言うように促した。

 それにごくりと喉を鳴らすと……


「では……発表します。芋虫さんの名前は……」



「シャニラです!!」



 一瞬の静寂。


 ……当然ながらシャニラなんて名前に一切の聞き覚えなんて無いんだが……どうなんだ?


 そんな意を込めて神父に目を遣れば、神父は笑顔でこう言った。


「シャニラ。私達の聖典に登場する英雄の名ですね。人ならざる者ながら、人の為に尽力した生き様は我らが神を以てしても立派に写った様です。……良い名前ですね、ミル」


 ほーん……人外の英雄……英雄ねぇ。

 個人的には英雄なんて願い下げなんだが……


 視線をミルに合わせれば、キラキラと目を輝かせていた。


 ……折角ここまで信じてくれてるんだ。

 ここで答えずにして何がパートナーだ。


「……分かった。分かったよ、ミル。今日から俺は……シャニラだ。」


 そんな決意と共に、俺はそう言いきった。


「良かった!ありがとう……ありがとう!シャニラ!」


「こちらこそだよ。ありがとな、ミル。」


 そう感極まった様に抱きついてくるミル。

 その頭を撫でながら俺は礼を返した。


「神父さんも、ありがとな。」


 そう神父にも礼を言えば、神父は例のごとく、笑顔でこう返す。


「いえいえ、私は何もしていませんよ。さて、それはそれとして……」


 そう言うと、神父はポケットをまさぐりつつ……


「今日は貴方の新たな門出の日です。であれば、人生の先達として先立つ物を渡すのが筋という物でしょう。と言うことで、少ないですが、どうぞお受け取り下さい。」


 そのポケットから一つの小さな袋を取り出した。

 両手で受け取り、それを広げれば……


「……水晶?」


 妖しく煌めく黒紫色の水晶が幾つか入っていた。


「それは、魔石。換金すれば少しはまとまったお金になるでしょう。それを使って装備を整えることを勧めます」


「あぁ、なるほど。ありがとう」


 ……やっぱどこの異世界も似た様な物なんだなぁ……ってあれ?俺が今まで殺した奴に魔石なんかあったかな?


 そんなことを考えながら取り敢えず礼を言っておく。


「それで?この後はどうするおつもりで?」


「そうだなぁ。最初は神父さんの言ってた通り装備でも揃えようと思うんだが、その後が悩むところだな。ミルの望み通り冒険者になるつもりではいるんだが……何か準備する物なんか有るのか?」


「いえ、特には無いですね。強いて言えば手数料は有りますが、この国だと国が負担してくれるので実質無料になります。」


 はぇー、なるほど。


「何かそう言う政策でも有るのか?」


「そうですね。この辺りは悪意が強いですから。他の国に比べて魔物の被害が大きいことから国としては冒険者の数を増やしたい様ですね。」


 悪意……あぁ、そういやこれも聞かなきゃいけなかった。


「なるほどな。それは分かったが……一つ聞いても良いか?」


「えぇ、なんでもお聞き下さい」


「ここに来る前な、魔物が教会なんて行っても良いものか?とかミルに聞いたら、アンタが善だから大丈夫だーなんて言ってたんだよ。それってさっきアンタが言ってた悪意ってのと関係が有るのか?」


 そう聞くと神父は顎に手を当て窓を見ると……


「あぁ、なるほど。それは今話しても良いんですが……少し長くなってしまいますね。もうじき日も暮れてしまいますし、今日は一度家に帰っては如何でしょうか。その代わりと言ってはなんですが……」


 と、神父は奥の本棚まで歩いて行くと、一冊の本を引っ張り出して来た。


「しばらくこれをお貸ししましょう。我らが聖典です。善意と悪意についても載っていますよ」


 何かと思えば神話関係だったのか、それ。

 神話が、現代まで続いているとか考えると結構なロマンだな。


「何から何までありがとう」


「いえいえ、いつでもどうぞ。その為の私たちですので。」


 そんな遣り取りを最後に、俺とミルは教会を後にした。

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