人間
それからしばらく例の走法で跳んだ後のこと。
ふぃー、しばらく跳んできたけど……まだ着かねぇのかなぁ。
わりと変わり映え無い景色に飽き飽きしながら俺はそんなことを考えていた。
なーんか、思ってたより遠いみたいんだよなぁ。
俺が掴んだ『何らかの何かしら』も方角が分かるだけで正確な位置までは掴めねぇし。
……これ、一体何が原因なんだろうな。
原因と、その反応する頻度によっては、わりと困ったことになりそうなんだが……
だってそうだろ。
正確な位置と原因も分からないのに、その感覚が複数に反応しちまったら絶対パニクる自信有るぞ、俺。
……ま、ここで考えてもしょうがねぇか。
取り敢えずはこの反応の正体を暴く所からだな。
じゃないと鬱陶し過ぎて何も手につきやしねぇ。
そう決意新たに再び跳ぼうと身体を縮めた時のことだった。
「……ーーーー!」
俺の耳が微かに悲鳴の様な声を聞き取った。
…………悲鳴?悲鳴だと!?
つまり人間が居るってのか!?ここに!?
そこからの俺は早かった。
こ、こうしちゃ居られねぇ!
予定変更!人間に向けて面舵一杯!
……と思ったが奇遇にも方角はこのままで良いらしい。
それなら加速するだけよ!
そうして俺は跳ぶペースを上げた。
それから少しした後。
居たぁ!!
少し広めのギャップに彼女は居た。
ゆったりとしたローブに小さな盾。
構えているのが杖である辺り、魔法職なのだろう……ってかやっぱ魔法とかあんだね。
それで?一体何に対して悲鳴上げてたんだ……って、えぇ……
その相手を見て俺は思わず呆けた。
そこに居たのは……
「グルルルルルル」
狼だったのだ。
引き締まった身体に、人間の半分程度の大きさを持つ狼。よく見れば口許にべったりと血が付いており、辺りには食い散らかされたのであろう辛うじて服を纏った肉塊。
つまりこれは……そう言うことなのだろう。
だが、寂寥感や、やるせなさを感じている暇は無かった。
なんせようやく見つけた第一村人なのだ。
恐らく仲間であったであろう人間は救えなかったが、生き残った彼女までも目の前でむざむざ犬畜生の餌になんてさせるわけには行かねぇ。
つまり……大前提として俺はコイツに勝たなきゃならん訳だ。
だが、正面から行こうものならまず勝機は無いだろう。
なればどうするか。
答えは簡単だ。
自分の活かせる全てを活かすのだ。
多少硬いらしい自分の表皮。
ロケットと言う得意スキル。
更には弱点にすらなり得る身体の小ささまで。
一見使えない様に見えるものですら使って文字通り俺の持つ全てを使ってコイツに立ち向かう。
そう強く決意して、俺は賢者の手記を捲った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
種族:ショックウルフ
ランク:D
Lv :16/20
HP :182/204
MP :93/102
恒常スキル
【顎撃:Lv3】
固有スキル
【単振:Lv4】【共振:Lv1】【意志疎通:Lv1】
耐性
【炎耐性:Lv-3】
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お、HP、MP共に削れてる。
さっきの奴らが削ってくれたのかな。
それなら……尚更負けるわけにゃ行かねぇよな……
……うし!気合い十分!
んで?固有の単振とか共振ってのは何だ?
一つ一つ見て行っても良いが……固有だしワンチャン、コイツの説明まで見れば一度に分かるのだろうか?
上手く行けば戦闘用のMPの節約になるのだが……
ってか因みに今どのくらいだ?
MP:93/95
お、殆ど減ってねぇな……ってかそもそもロクにMP使うスキル無いしそこまで気にしなくても良いのか?
多分だが半分も有れば戦えるんじゃなかろうか……なんて言ってみたが、如何せん試行回数がほぼ0に等しいのでなんとも言えないのだが実情なのだが……まぁ、良いか。
頼んだ手記さん
パラリ
――――――――――――――――――――――――――――
ショックウルフ
黒の森を縄張りとする狼
体内の特殊な構造による音で爆発を起こして獲物を狩る。
基本は群れで行動し、群れの規模が大きいほど爆発の規模が大きくなる。
――――――――――――――――――――――――――――
なるほど、音……音かぁ。
こう見るととんでもねぇ性能してんだな、魔物ってのは。
音の振動による爆破なんて前世でも出来ないんじゃないか……ってそれどころじゃないか。
今はスキルの正体が分かったことの方が重要だ。
単振に共振。
この二つのスキルは恐らく音による爆破。
その原因が一体か複数体による物なのかがこの二つを大きく分けているのだろう。
だが……だとすると少しおかしいな。
説明文を見る限り、この狼は基本群れて行動する種族の筈だ。
それが何故群れで使うであろう共振のレベルより単振のレベルの方が高いのだろうか。
文字通りの一匹狼って奴なのか?
それだと助かるんだが……いや、下手に勘繰っても仕方ねぇよな。
取り敢えず戦わなきゃいけないわけだが……さーて、いつ仕掛けたものか……
そう悩んでいた次の瞬間のことだった。
狼が人間に飛びかかったのだ。
「ヒッ……」
マズイ!
そう思い、とっさに飛び出そうとしたが、目の前の人間はただ死を待つだけの存在では無かった。
喉から飛び出しかけた悲鳴を押し殺し、目の前に小さな火球を生んだのだ。
なるほど!跳んだ後なら避けられない!
初めての魔法と少女の咄嗟の判断に感嘆していたが、この程度で済むなら彼女の仲間も死ぬことは無かったことを思い知ることになった。
イィィィィィ
突如としてそんな音が辺りに響いたのだ。
何事かと辺りを見回すと……
「あっ……」
最後の希望が断たれた様なか細い声がした。
その声に慌てて視線を戻すと、ちょうど火球が霧散しようとしているところだった。
は!?なんで……クソッ
このままじゃ食い殺される!
そう判断した俺はすかさずロケットで飛び出した。
「ギャン!!」
予想だにしない一撃への驚きと痛みで姿勢を崩す狼。
その牙は少女の眼前を大きく空振った。
「え?……え?」
それまで杖を構えて身を守っていた少女は突然のことに目を丸くしていた。
そりゃそうだろう。
なんてったって死を覚悟していたであろう次の瞬間にはその死のヘイトが別の何かに向いているのだ。
覚悟していた者からすれば拍子抜けだろう。
……変に希望を持たせるようで悪いがもうちょい付き合ってくれ。
なるべく俺も……頑張るからさ。
狼の身体をズラした後。
弾かれた俺は奴のヘイトを一身に浴びながら冷や汗と共に今は亡き唇を歪めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます