優華とハーティーク(1)
ゴールデンウィークが過ぎた後も、長い休みが明けた後と同じくらい、みんなのテンションが低い。
私の場合、学校に行くのもためらってしまうくらい、憂鬱な気分。
結局、ゴールデンウィークの残りは、家の手伝いをすることで忘れようとしていた私。でも、どうしても頭から離れてくれなかった。
あの別人のような優華の、鋭く冷たい視線が、ふとフラッシュバックしていた。そのたびに私の体は震えあがり、考えていた事が全部ふっ飛んでしまう。
さすがに親も、私の様子がおかしい事に気づいたみたい。今日朝ごはんを食べている最中、母がこんな事を言ってきた。
「寧々、何か困っている事でもあるの?」
「な、何、急に。」
「ゴールデンウィークで忙しいから、手伝ってくれるのはありがたいけど・・・・・
もしかして、何か欲しいものがあるの?」
「ま、まぁね・・・
あの・・・ほら、あれだよ、欲しかったバイクが予想以上に高かったから、今のう
ちに貯金しておきたいなー・・・・・なんて。
多分、来年はそんなにバイトも入れられなくなっちゃうし。」
「そう?
気持ちは分かるけど、あんまり無茶しないようにね。
寧々が風邪ひいたりすると、お店閉めなくちゃいけないから。」
一応、それでごまかせた・・・事にはなっていると思う。というか、思いたい。実際、お目当てだったバイクが、この前ネットで調べたら、予想以上に高かったのは事実だし。
最近は物の評価を調べる時、SNSを使う手もある。バイクも、実際に乗っている人の感想を聞いたほうが、ちゃんと考えられる。
SNSの情報をうのみにしているわけではないけど、『悪いところ』や『欠点』って、公式のホームページにはほぼ説明がない。
___当たり前ではあるんだけど、買う側からしたら、そうゆう情報もほしい。
(はぁー・・・・・今日もまた『あのやりとり』を見なくちゃいけないのが憂鬱なの
か、それとも『あの時の優華』が、まだ頭のなかに残っているから憂鬱なのか。
どっちにしても、足が重いよ・・・・・)
電車から降りたら、足がいつもの倍くらい重い。今日は珍しく座れてラッキーだったにも関わらず、電車を降りたくない衝動におそわれる。
それでもどうにか踏ん張って、遅いペースで道を歩きながら、私は無意識に優華を探す。会うのが気まずにのに、ついつい探してしまう。
この前の優華は一体何だったのか、その答えは、まだ予測すらできない。
優華が両親とケンカした可能性も考えたけど、優華はケンカすると、決まって部屋に引きこもるから、あんな場所でフラフラしたりしない。
昔、優華の家で遊んでいた時、お菓子を買った・買わないのケンカで、優華がトイレに引きこもった時は、ちょっとびっくりした。
その後、私が説得してどうにかトイレから出てくれたけど、説得する私の脇で、必死にトイレを我慢する優華のお父さんが面白すぎた。
嫌なことがあっても、腹がたっても、決して人に八つ当たりせず、とりあえず一人になりたがる。
それが、一番『大人の対応』である事を、つい最近になってようやく気づいた私。
高校に入ってからも、何か気にいらない事があると、すぐ人に八つ当たりする人って、結構いる。そう、リカさんみたいな人が。
ガラララララッ
(_____優香、全然変わってないな。
結局なんだったんだろう・・・あれは・・・)
教室のドアを開けると、いつも通り、優華は一人、自分の机を向き合っていた。そして、優華を遠くから見て笑うリカさん達も相変わらず。
これがこの教室の、いつも通りの風景。もう違和感すら感じられない私は、もう『手遅れ』なのかもしれない。
そして、リカさんはいつも通り、用事もないのに教室の前へ歩いて行く。これもいつもの流れだ、優華の横を通るとき、足をイスに引っかけて転ばせようとしている。
私は心構えをして、『椅子が倒れる音』と、『リカさんやその取り巻きが高笑いする声』に備えた。
ガタンッ!!!
「っ!!!」
「あ、ごめーん! 足が引っ掛かっちゃったぁー!」
「あははははは!!!」「リカったら酷ーい!!」
「_______________」
ガタンッ
ギギギギギギギギギギギギギギギ・・・・・
「_____え?」
いつもは聞こえない音が聞こえ、クラスが一斉に静まりかえる。聞かないように・見ないようにしていた私も、いつもとは違う優華の様子に、またあの『路上でのやりとり』がフラッシュバックする。
私が見ている優華は、まさにあの時の優華。その違いはよく分からないけど、雰囲気からもう何かが違う。
明らかに『ヤバい空気』に、私以外のクラスメイトも、優華から目が離せない様子。周囲の様子にまだ気づいていないのか、リカさんはまだヘラヘラしている。
「え? 何? キレてるの?
冗談にキレるとか心狭すぎ・・・・・」
だが、リカさんは優華の『手に握られている物』を見て、一瞬で凍りつく。優華は、自分がさっきまで座っていたイスの足を持って、ズルズルと引きずっている。
あの『ギギギギギギギギギギギギギギギ・・・・・』という音は、その音だった。そして、優華は『片手で』、イスを縦に振り上げ、そのままの勢いで振り下ろした。
ブンッ!!!
ガーン!!!
「キャァアアア!!!」 「と、冬山さん?!!」
「優華ぁ!!!」
その音は、心臓に直接響くような重低音だった。優華の目の前に立っていたリカさんは、突然そんな事をする優華に驚き、尻もちをついた。
でも、リカさんの体には、傷一つない。リカさんに当たったのかは見えていなかったけど、優華が「チッ・・・」と舌打ちをしたから、当たってはいなかったと思う。
多分、リカさんはとっさに避けたのかもしれない。もし当たっていたら、きっとかすり傷では済まないかもしれない。
しかし優華は、迷いなくもう一度イスを真上にふり上げる。さすがにもう黙って見ていられなくなった私たち私達(傍観者)は、慌てて優華のもとへ駆け寄る。
男子は、優華の暴走を止めようと、優華の振り上げている両腕を掴んだり、リカさんと優華の前に割って入る。しかし、それでも優華の暴走は治らない。
突然優華は大声をあげながら、男子が負けそうな勢いで大暴れする。その叫び声と表情は、恐ろしくもあり、悲しげでもあった。
「あぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!!!」
「お、おいちょっと!!! 待って!!!」
「冬山さん!!! 落ち着いて!!!」
「悪かった!!! 見ていただけの俺たちも悪かったから!!!」
「きゃぁぁぁあああ!!!」 「私先生呼んでくるー!!!」
「優華!!! お願いもうやめて!!!」
女子が教室の後ろ側へ逃げこむなか、私だけ、男子と一緒に優華を止めにはいる。男子でも息が荒くなってしまうほど、とんでもない力を見せつける優華。
優華の周りをとり囲む男子は、私も教室の後ろへ誘導しようとしていたけど、私はめげずに優華のもとへ歩み寄る。
だって、優華がこうなってしまった要因の一つは、私だから。
今更になって、私はあの路上でのやり取りを後悔する。
あの時、もっと優華に対して危機意識を持っていれば・・・・・
拒絶されても、負けじと話を聞いていれば・・・・・
私を見た優華は、一瞬だけ止まってくれたものの、またすぐに暴れ始める。その様子は、駄々をこねている子供レベルではない。
きちんとしつけられていない、『野良の動物』の様に見えた。私は一瞬引いてしまったが、もうこれ以上、引くわけにはいかない。
「___優華、もう私、見て見ぬフリなんてしな・・・・・」
「うるさい!!! 傍観者のくせにぃぃぃ!!!」
「優華!!! 気持ちは分かるけど・・・!!!」
「_______________
私はもう、『優華』じゃない。」
「_____え???」
「私の名前は、『ハーティーク』だ!!!」
その一言を聞いた直後、なぜか私は意識を失ってしまった。意識を失う瞬間、『お腹』にすごい痛みを感じた。
けれど、それが何なのか、理解するよりも先に、意識を失ってしまう。
気がつくと、私は『保健室のベッドの上』で横になっていた。ぼんやりと見える『真っ白い天井』と、わずかに聞こえる『時計の秒針の音』
視界のすみに見える『黄色いカーテン』で、自分が今どこにいるのかが分かった。起きあがろうとしたけど、またお腹が痛くなって、頭を上げたところで断念。
女子らしからぬ「イデデデデデデデデデデ・・・!!!」なんて声を出してしまい、保健委員の男子がカーテンをほんのちょっぴりのぞいてきて、私はとっさに布団をかぶった。
しばらくすると、保健の先生が入ってきて、さっきから感じている腹痛の原因を教えてくれた。
「多分、骨は折れてはいないと思うけど・・・
一応、今あなたのご両親にお電話して、整形外科に連れて行くそうだから。
今日は早退しなさい。」
「___そんなにヤバいんですか、私のお腹。」
「あなたを連れてきた男子生徒から話は聞いたんだけど、『冬山さん』があなたの腹
部をけり飛ばして、そのまま後ろに飛ばされて、机に頭をぶつけたそうよ。」
「あぁ、なるほど・・・・・
どおりで、さっきから頭のほうもジンジン痛い・・・」
「頭のほうは、さっき確認したけど、傷にはなってなかったわ。
そっちも病院で調べたほうがいいかもね、念のため。」
「_____で、優華・・・・・冬山さんは???」
「__________今、ご両親が連れて帰ったわ。」
「どんな様子でしたか?」
「ご両親に対しても、かなり暴力的になっていたみたい・・・・・
でもあなたの場合、怪我を早く治すのが先よ。」
先生は、言うのをだいぶ渋っている様子。私はちょっと、期待してしまった。さっきまでのやりとりは全部『夢』で、私が悪い予感をこじらせただけでしたー・・・みたいな。
でも、現実はとても冷たく、とても無慈悲だった。あの出来事が現実に起きたことを、お腹と頭の痛みが証明する。
壁に設置されている時計を見ると、もう正午を過ぎていた。普段なら、四時限目になるとお腹が空きすぎて、頭のなかがお弁当でいっぱいになる。
でも、今日は全然お腹が鳴らない。もう時間の経過すら頭にない。ショックでもあり、悲しくもある。様々な感情がグチャグチャになって、涙すら出なかった。
車で迎えに来たお母さんにも、何も言えない自分が悔しい。お母さんは、決して私を責めたりはしなかった。
「大変だったね」「ゆっくり休んでね」「帰ったら何かつくってあげようか?」
そんな言葉の一つ一つが、私の胸に突き刺さる。私も、こんな『温かい言葉』を優華にかけてあげたら良かったのかもしれない。
私は、自分が思っている以上に不器用だった。それがこの結果。母の車のなか、私は後部座席で横になりながら、流れていく景色をボーッと眺めていた。
病院で診察を受けて、特に異常は見られず、お母さんは安心していた。でも、私は安心できない。骨の一本でも折れていれば、優華の気が晴れたのかもしれない。
優華は、私を恨んでいた。親友でありながら、助けなかった私のことを。多分、リカさん以上に恨んでいる。そして、私自身も、私を恨む。
家に帰っても、全然食欲が戻らない。せっかくお母さんが、私の大好物の『オムライス』を作ってくれたのに。
お父さんが、心配して『アイス』とか『ケーキ』とか、いろいろ買ってきてくれたのに。私は、部屋からも出られなくなった。
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