優華とハーティーク(2)

(___あぁ、懐かしいなぁ。これ、幼稚園の『お泊まり会』の写真かぁ。

 私は寝たふりしてたけど、優華はもうぐっすり寝てて・・・・・


 あ、これは『小学校の入学式』

 名札を落としたけど、優華が一緒になって探してくれたんだっけ・・・・・)




 床一面に広がる、『優華との思い出の写真』 それを眺めるだけで終わってしまう1日。もう私の体内時計は、完全にあの日のまま、止まってしまう。

 気づけば私は、カーテンを閉めきった部屋のなかで、アルバムを読みあさっていた。そして、優華が写っている写真を床に並べては、思い出に浸る。

 

 何故こんな事をしているのか、それは単なる『現実逃避』


 あの騒動から、もう半月は経過している。私の脳と耳にこびりついている、『別人の優華』が、まだ離れてくれない。

 でも、私と一緒に長い時を過ごした優華は、絶対あの時の優華ではない。そう思いたくて、願いたくて、私は必死に『記憶のなかの優華』を守る。


 部屋の外で、ずっと両親の声が聞こえるような気がする。 でも今の私には、その声を聞き取る事すらできない。

 (あぁ、声が聞こえるな・・・)と思うばかりで、床の写真から目が離せない。だって、少しでも写真から目を背けたら、私の知っている優華が、消えてしまいそう。


(優華は・・・優華は・・・すごく優しくて、誰にでも親切で。

 でも決して弱いわけじゃなくて・・・


 _____弱いわけじゃない??? どうしてそう思えたの・・・???)


 私は毎日毎日、涙を流す。もう記憶のなかの優華でさえ、私は自信がなくなってきていた。幼稚園生の頃から、ずっと一緒に遊んで、ずっと一緒に勉強していたのは、誰だったのか。

 

 見慣れていたあの顔も、あの子の声も、手をつないだ温もりも。私の記憶は正しいのか、それとも間違っているのか。

 変わってしまった優華が、本物だったのか、それとも・・・


 _____いや、どちらも優華だったのかもしれない。私はどちらにしろ、ちゃんと優華を見ていなかった。優華を知らなかった。

 そんな自分が、『親友』を名乗れるわけがない。勝手に私が優華という『架空の親友』をつくりあげて、自分の都合のいいように見ていただけ。


(_____もしかして、優華を追い詰めていたのは、リカさんじゃなくて

 私・・・???)


 私は、目の前で救えるはずだった優華を、救えなかった。救わなかった。それは、『優華の決意』を守るためだったのか、それとも、ただ自分が臆病なだけか・・・

 リカさんも悪いけれど、私はリカさん以上に悪い。私があの時、『自己満足』でもいいから、優華を助けていれば、違った未来があったかもしれない。


 それでもし、優華に嫌われたとしても、避けられるようになったとしても、今よりマシだったかもしれない。

 ___でも、過去を変える事なんてできない私には、『あったかもしれない未来』を思い浮かべる事しかできない。


(_____ごめんね。ごめんね。ごめんね・・・・・

 弱くてごめんなさい、助けられなくてごめんなさい・・・・・)


 気がつけば私の1日は、『懺悔(ざんげ)』と『後悔』だけで終わってしまう。

もう時間の感覚があやふやで、今が日中なのか、それとも夜なのか。それすらもどうでもいい。


 一体いつ寝たのか、いつ何を食べたのかも分からない。なぜ自分が、こんな状態でも生きていられるのか、自分でも分からない。

 鏡を直接見て確認したわけではないけど、今の私の姿は、まさに幽霊そのものだ。高校生になって、頑張って伸ばした髪も、今はもうボサボサ。

 

 枕や布団、写真の上に散らばる、私の長い髪。まるで『蛇』の様だった。どれくらいお風呂に入っていないのかも分からない、全身が痒いような、痛いような・・・

 スマホも、もう充電がとっくに切れているから、SNSも見ていない。外から聞こえる『鳥の音』や『人の声』が、遠い存在に思える。


(_____いっそこのまま、静かにこの場所で・・・・・)




 コンッ コンッ


「寧々、ちょっと話があるんだけど・・・」


「_____???」


 いつもと様子が違うお母さんの口調に、私は久しぶりに、ドアの方に目を向ける。それに、ドアの向こうからは、お父さんの声と、『聞き覚えのある声』が聞こえる。

 お父さんともう一人は、なにかを話し合っている様子。でも、もう聞く力もない私には、二人が何を話しているのか、さっぱり分からない。


 最近は、「ご飯、ここに置いておくよ」「寧々、具合はどう?」という言葉しか聞いてこなかった。部屋の前にどんな料理を置かれても、食べられない日々が続いて、お母さんに申し訳なく思う。


 でも、今の私は食欲もないし、食べたところで、胃が拒否しそう。大切な『優華との思い出』を、汚すわけにもいかない。


「あのね、学校から『カウンセラー』の人が来てくれたの。

 ドア越しでもいいから、お話してみて。ね?」


「__________学校は・・・」


「???」


「学校は、優華がいなくなっても困らない。だから優華は・・・優華は・・・・・」


 優華が壊れてしまった大きな原因は私だけど、その環境を野放しにした、学校側にも、少なくとも責任はあるはず。

 未成年の私たちにできる事は限られている。

こうゆう時こそ、大人の出番ではないか。


 私は別に、『現実逃避』『罪逃れ』をしたいわけではない。ただ、リカさんと優華の関係を、何も知らなかった学校側にも、疑惑を感じずにはいられない。

 もし仮に気づいていたとしても、『優華からのSOS』がなければ動けないのも、おかしいと思う。


 誰だって、「このクラスにいじめがあります」と、面と向かって教師に言うのは勇気がいる。

 後から何かしらの『仕返し』がないとも言いきれない。逆に自分が、いじめの標的にされてしまうかもしれない。


 その恐ろしさを、大人は理解してくれない。

私たち子供にとって、学校は『世界そのもの』

世界から弾かれないために、必死にしがみつくしかない。


 でも、世界を管理している『教師』たちは、私たちの苦労は『大袈裟』の一言で片付ける。なら、優華の件も『大袈裟』に含まれるのか。


 それに、今更になって、学校側が行動したところで、優華が騒動を起こした事に変わりはない。私は、騒動を起こす『前』に止めてほしかった。私も止めたかった。

 ニュースを見ていると、いつも思うことがある。どうして大人は、行動するのが遅いのか。






「寧々ちゃん、こんにちは。」


「っ??!」


 その声を聞いた瞬間、私は思い出した。『ゴールデンウィーク』の時のことを。映画を見た私は、近くにあったカフェに寄って、そこで・・・・・


「_____もしかして。」


「あ、覚えていてくれた? そうだよ、あの時カフェで声をかけた。


 鏡 輝由(かがみ きゆう)です。よろしくね。」


「__________っ」


 私は、何も言えなかった。あの時は怖くて何も言えなかったけれど、あの時勇気を出して、優華のことを相談していれば、こんな状況にはなっていなかったかも。

 『疑わしい世の中』を恨むべきか、それとも相談しなかった私の責任なのか・・・


 どちらにしても、私は鏡さんの前に姿を見せるべきではない。恥ずかしくて見せられない。あんなに拒否したのに、実は相談したいことが色々とあった・・・なんて。

 私は急に恥ずかしくなって、耳を塞ごうとする。でも、何故か鏡さんの声だけは、無意識に耳へ入ってくる。


「お父さんとお母さんから聞いたよ。全然ご飯食べてないんだってね。

 お風呂にも入っていないみたいだけど、具合はどんな感じ? 熱とかある?」


「__________」


「2年4組のクラスで、一番ダメージが大きいのは、やっぱる優華ちゃんと、幼馴染

 である寧々ちゃんなんだよ。

 ___まぁ、それ以外の生徒も、ダメージが全く無いわけではないんだけどね。


 優華ちゃん一家も、寧々ちゃんを心配していたみたいだよ。

 「娘が寧々ちゃんに酷いことをしてしまったみたいで、申し訳ない」って。」


「ち、違う・・・・・

 謝らなくちゃいけないのは、むしろ・・・!!!」


 優華の家は、先祖代々『農家』らしい。

だからなのかな、優華の一家が優しいのは。

 人間に優しくするのも大変だけど、野菜や動物に優しくするのも大変。


 中学生になっても、優華の家へ遊びに行っていたけど、毎回遊びに行くと、必ずと言っていいほど『お土産』を持って帰った。

 売り物にならない野菜でも、食べてしまえば、料理してしまえば関係ない。


 冬山一家の優しさは、野菜にもたっぷり入っていた。私の両親も、冬山一家のつくる野菜を気に入っているから、お店で出される料理の野菜は、全部冬山さんの野菜。


「_____優華のお母さん達は、今・・・・・」


「___だいぶ憔悴しているよ。

 優華ちゃんも、君のように、部屋にずっとこもっているから、話を聞きたくても聞

 けない。職場である畑にも、なかなか足が向かないみたい。」


「__________うぅ・・・うぅぅぅうう・・・・・」


 私は、優華の両親が心配になった。優華と一緒に暮らしている家族なら、そのショックは私とは比較にならない。

 心にたまった申し訳なさが、またさらに大きくなって、胸がすごく苦しくなる。まるで、じわじわと心が押しつぶされるような感覚。


 苦しむ私の声が、ドアの隙間からもれているのか、ドアの外が騒がしくなる。そして、ドアノブが小刻みに震えている。

 よく聞くとお母さんが「寧々が・・・寧々が・・・・!!!」と言っていた。


 でも、まだ私には力が残っているのか、それともプライドが残っているのか、私は動かないようにドアノブを掴んでいた。

 お母さんが心配しているのも分かるけど、それでもまだ、開けられない。


 そんな私に、鏡さんは『ドア越しの現状』を伝える。二人が私を心配しているのは分かっているけど、部屋の外がどうなっているのかは分からない。

 だからこそ鏡さんは、ありのままの現状を伝えようとしている。私に少しでも、外に興味を向かせるために。


「___でもね寧々ちゃん、苦しんでいるのは、冬山さんの家だけじゃないんだ。

 君を心配して、ご両親もだいぶ弱っている。


 俺はカウンセラーの資格は持っているけど、医師免許は持っていないんだ。

 そんな俺でも、寧々ちゃんのご両親が、だいぶ大変な状態なのは分かる。

 それくらい弱ってるんだ。」


「__________」


「ご両親だけじゃない、二人のクラスメイトも、かなり心配してるんだよ。

 寧々ちゃんと優華ちゃん以外のお家にも訪問しているけど、そっちもだいぶ大変な

 状況なんだ。


 もうすぐ夏休みなんだけど、学校に来ている寧々ちゃんのクラスメイトは、半分に

 も満たない時があるくらい。

 学校に来てくれたクラスメイトも、途中で具合が悪くなったりして、授業どころじ

 ゃないんだ。」


「_______さんは?」


「ん?」


「_____裏白(うらしろ)さんと井伊(いい)さんは?

 ゴホッ!!! ゴホッ!!!」


 久しぶりに声を出したから、喉が痛い。私が咳き込んだのを聞いた、ドアの向こうでは、『お母さんが走る足音』が聞こえる。

 そして、少しだけ開いたドアの隙間から、『ペットボトルのスポーツドリンク』を渡してくれた。


 鏡さんは、私を無理やり部屋から出さず、このままの体制で話を聞いてくれる。

ドアがちょっと空いた時、私は無意識に身構えてしまったけれど、鏡さんの対応一つ一つが、カウンセラーとしての実力を表している気がする。


 私は、久しぶりに『水以外の水分』を体に流し込む。でも、飲んですぐにまたむせてしまう私。

 冷たい飲み物を飲んだのも久しぶりだったから、心臓が飛び跳ねた。冗談抜きで、本当に『心臓マヒ』になりかけたかもしれない。


 そして、びっくりしたのは心臓だけではない。

乾きすぎた喉に突然水分を流し込んだから、喉がびっくりした。

突然水分を受け止めた胃が、逆流するレベルでびっくりした。

久しぶりに『味』を感じた舌も、ヒリヒリするくらいびっくりした。


「ぶぁっっっはっっっ!!!」


「寧々ちゃん?! 大丈夫?!」


 ドアの前が、スポーツドリンクでびっしょり濡れてしまった。でも、優華との思い出が詰まっている場所は、無事で済んだ。

 鏡さんが慌ててドアを開けようとするところを、咄嗟にまた私はドアノブをにぎって阻止した。


 半分だけになってしまったスポーツドリンクを、私は今度は少しずつ口に入れながら、鏡さんの話を聞く。私が二人の名前を出したのには、ちゃんと理由があるから。


「___どうして、寧々ちゃんはその二人の名前をあげたのかな?」


「_____り・・・・・・・り・・・・・・・」


「安心して、ここにいるのは俺と、君の両親しかいない。

 話し合った内容も、誰にも話さないから、大丈夫。」


「_____二人は、リカさんの『取り巻き』だから。」


「成程・・・・・」


 鏡さんも、リカさんがどんな人なのか、大体把握している口ぶり。多分、クラスメイトから聞いたんだと思う。

 どんな説明を聞いたのかは、何となく察せる。二人はリカさんと仲が良いのか、それとも怖いから一緒にいるだけなのか・・・


 少なくとも、その二人が優華をいじめて、楽しんでいる様子には・・・あまり見られなかった。どちらかというと、『無理やり笑っている』感じがした。


「_____実はその二人のダメージも結構大きいんだよ。

 裏白さんは『手紙』で、井伊さんは『SNSのメッセージ』で、優華さんにずっと謝

 罪の意思を伝えているみたいなんだ。


 でも優華ちゃんは、どちらも受け取り拒否状態だから、その分二人をさらに追い詰

 めているんだ。」


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