寧々とSaya(3)
私が二人の間に入らないのは、優華の宣言を尊重したい気持ちもある。
『優華の楽しい高校生活』か、『優華の意思』か。
私は学校に来るたびに、究極の二択をせまられている。
それに、小学生のころは男子を追っ払えた私でも、リカさんが怖い。
そして、『去年の夏休み終わり』に、優華との溝が、さらに深まってしまう出来事が起きた。
「はぁ・・・・・・・」
入学してから半年が過ぎた頃。
夏休みが終わって、リカさんの横暴が少しでも軽くなってくれるのを期待していた。
長い休みや、土日を挟むたびに希望を抱いてしまう日々に、もう慣れてしまう。
でも、毎回毎回、その希望はリカさんによって壊されてしまう。
リカさんは相変わらず、夏休みが終わった後も、優華を『使い捨てのおもちゃ』のように、乱暴に扱っていた。
その光景を見て、『希望の新芽』が踏み潰された気持ちになったのは、私だけではないはず。
夏休みが終わると気分が落ちるのは毎年恒例だけど、今回の場合、もはや鬱。
どうすれば優華を、リカさんから解放させることができるのか。
本人に直接言えばいい話なのかもしれないけど、ああゆう人は、口で言っても理解してくれない。というか、理解してくれたら、そもそも苦労なんてしない。
こうゆう時、自己保身の気持ちが優ってしまう自分が、情けないを通り越して不思議に思えた。
止めることもできない、助けることもできない。にも関わらず、どうにかしようとする気持ちだけはある。
そんなの、問題解決のために動いているとは言えない。
「___私、本当に何してるんだろ。」
今までの私なら、問答無用で優華を守れた。
なのに、なぜかその腰が、どんどん重くなっていく。
優香が大切な人であるのは、何年経っても変わらない筈なのに。
気づけば私は、『かなり遠回りな方法』しか、考えなくなった。
高校生になって初めて持たせてもらった、自分のスマホ。そのスマホでSNSに繋ぎ、私はいろんな人に助言を求めた。
両親にも相談できない、クラスメイトも手出しができない、担任に相談するのはリスクが高い。
そんな時、誰でもいいから、何の知識もなくていいから、話を聞いてくれる人がほしかった。
「_____やってはみたけど、無駄だったかな・・・」
私はため息をもう一度はきながら、スマホでSNSを開く。
その画面には、『SAYA』というアカウント名。
これはいわゆる、私の『裏アカウント』
いつも使っているアカウントでは、クラスメイトとのやり取りや、流行っているトレンド、近所のお店のお得情報がズラリと並んでいる。
裏アカウントに並ぶのは、どれも『相談』に関する投稿ばかり。
SNSというのは、投稿したり閲覧した内容によって、表示される情報が変わる。
裏アカウントで、私と似たような状況になっている人を探し回った結果、投稿一覧がだいぶ鬱の色に染まってしまった。
最初に裏アカウントで悩みを投稿した時は、色々と参考になる返信が多かった。
しかし、時間が経つと有益な情報よりも、『冷やかし』のほうが多くなってしまう。
___なぜなのかは、自分自身気づいている。
散々有益なアドバイスを貰ってばかりで、実行しないから。
そんな人を相手に、真面目な返信を何度もするのは、さすがに馬鹿馬鹿しくなったのかも。もし私が返信する側だったら、そうする。
それでも、まだ助けを求めて、裏アカウントに投稿してしまう。それが私にできる、せめてもの『足掻(あが)き』
「_____そろそろこのアカウントを消すことも考えようかな。
_____ん? あれって・・・」
そう思うながら、スマホを胸ポケットにいれて、ふと視線を横に向けると、そこには二人で夢を語り合った公園が。
そして、一緒にココアを飲んで座っていたベンチには、優華が一人だけでポツンと座っていた。
よく見ると、彼女の背中は小刻みに震えていた。
声を出さないようにしていたみたいだけど、その姿だけで泣いているのが分かる。
私はその後ろ姿を見て、声をかけずにはいられなかった。
周囲にはクラスメイトの姿もないし、リカさんの家は、私たちの住んでいる地域の反対側。私は、なるべき足音を立てないように、そーっと優華のもとに近づく。
優華は、後ろにから近づいている私の気配に、全く気がついていない様子。何故公園で泣いているのか、私にはなんとなく分かってしまった。
家にいる両親に、心配をかけたくないから・・・・・
「_____優華。」
「ひゃっ!!!」
真っ赤にはれあがった顔で振り向いた優華。
どのくらいの時間泣いていたのか、目の白い部分はほぼ真っ赤に染まっていた。
頬を何度もこすったのか、血が滲んでいる。
ひざの下にハンカチが置いてあったけど、そのハンカチも、涙と鼻水の塊。
声をかけられた優華は、びっくりして立ち上がり、そのまま立ち去ろうとする。
私は焦って、優華の腕を掴んだ。腕で涙を何度も拭いたのか、腕もベトベト。
でも優華は、私の掴んだ手を振りほどこうとしていた。
その表情は、まるで『駄々をこねる子供』のようで、私は切なくなった。
「優華。___私、もう我慢できないの。
この公園で優華の意思は聞いたけど、でも・・・・・」
「うるさい!!! もう関わらないで!!!」
私はその言葉にショックを受け、彼女の腕を掴んでいた手を、離してしまった。
その瞬間、優華は一瞬私のほうへ振り向いたけど、公園から出て行ってしまう。
一人取り残された私の両目からは、無意識に涙が溢れていた。
ショックもある、でもそれ以上に、自分の無力さに怒りを感じずにはいられない。
私が優華を守ってきたのは、周りの注目が欲しかったからではない。
優華の笑顔が見られることが、ただただ嬉しかったから。
優華の笑顔があるからこそ、穏やかな日常を実感できるから。
そんな彼女が、急にいなくなってしまった感覚で、恐ろしさを感じないわけがない。
優華は、どんなに教室が騒がしくても、「うるさい」なんて言わなかった。
ちょっかいをかけていた男子に、「もう関わらないで」と言ったこともなかった。
私は優華にとって、もう関わらなくてほしい存在になってしまった事で、今まで感じてきた罪悪感が、一気に膨れ上がる。
心は破裂する寸前になったけれど、私は優しかった優華との思い出が忘れられず、どうにか堪えた。
膨れ上がった罪悪感の正体は、見て見ぬフリをしていた事ではない。
優華をずっと『優しい』『根性がある』『忍耐力がある』と、勝手に思い込んでいた私の勘違い。
私は心の中で、ずっと
(まだ大丈夫だろう)(優華ならこれくらいでへこたれない)
と思っていた。
でも、それは大きな間違いである事を、長年の付き合いだったのに、今更になってようやく理解した。
そんな私が、優華に助言を言う資格なんてない、助ける資格なんてない。
親友を自称する事も、当然できない。優華にとって私は、親友以下、友達以下の存在でしかないから。
謝っても許されるわけがない、私にできる事は、優華を見守ることくらい。
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