寧々とSaya(2)
高校の合格発表のメールを受け取った優華と私は、一緒に大喜びしていた。また3年間、同じ学校で過ごせる事が嬉しかったから。
合格発表のメールを受け取った時、私と優華は家を飛び出し、お互いの家に向かって走った。
道路で大喜びする私たちの声で、近所の犬が「何事だ?!」言わんばかりにと吠えていたのを覚えている。
もう近所の目を考える余裕もないくらい喜んだのは、あれが初めて。そこまで高い偏差値ではないんだけど、やっぱり合格発表までずっとドキドキしていた。
中学3年で必死に勉強してきた私たちの努力が報われる瞬間、そして『受験生』というレッテルから解き放たれた開放感。
あの瞬間は、2年生になった今でも、時々私の頭に浮かんでくる。思えば、あれ以来、優華の笑みを見たことがないかも。
小・中学生だった時は、しょっちゅう他愛のない話で笑っていた。もう優華の笑顔を見たのが、遠い昔のように感じる。
今の優華は、ただひたすら、リカさんの機嫌を伺ってばかり。邪魔にならないように、視界に入らないように、なるべく自分を小さく見せている。
___でも、そんな優華の気配り、リカさんには分からないと思う。何故ならリカさんは、優華を憎んでいるわけでもなければ、嫌いなわけでもない。
『ただ単に面白いから』という考えしか、頭にないと思う。理由もないいじめに、深い事情があるわけない。
優華は人に対して、嫌味とかも愚痴とかも決して言わない。女の子なんて、口を開けば『悪口合戦』みたいなもの。
リカさんに関しても、私たちは彼女がいない時を見計らって、ヒソヒソと陰口を呟いている。
「よくもまぁ、あんな酷いことができるよねぇ」
「自覚がないから仕方ないんじゃない、かわいそうだけどね」
「自覚がないから言いにくいんだよね、タチが悪いよ」
「というか、リカさん達の周りにいる女子もどうかしてるよ」
リカさん達は、基本『群(むれ)』でいる事がほとんど。だから、きっと周りの意見が聞こえないのかもしれない。
『人間が集団を好むのは、自己防衛の本能』という言葉を、生物の授業で聞いた。でも、現代の集団というのは、大昔の集団と比べると、意味合いが違うと思う。
___でも、私たちも『傍観者』という集団の部類。リカさんの件を、誰にもどこにも言うことができず、ただただ心配するばかり。
そんな事をしても無意味なのは分かっている、でも私たちにできる事は、それくらいしかない。だから、余計に苦しい。
2年生に上がれば、少しは落ち着くんじゃないか・・・・・と思っていた。でも、そんな淡い期待すら、リカさん達は踏みにじってしまう。
勝手に期待していただけなんだけど、優華とリカさんの件が解決すれば、少しはこの高校生活をのびのびと過ごせる。
私は優華だけではなく、クラスメイト達に対しても、申し訳ない気持ちを抱えている。本来なら、優華の幼馴染である私が、優華のために動くのが普通なのに・・・
でも、私には『優華のあの言葉』が、頭のなかに残り続けている。その言葉がいつも私の前に立ちふさがるから、私は1年以上、どうすればいいのか悩んでいた。
昔から優華とは交流があるから、両親にも相談できない。お母さんも、優華がとても優しくて、人をあまり責められない性格なのを知っている。
だから、お母さんはよく私に言い聞かせていた
「あんたが優華ちゃんを守って、優華ちゃんがあんたを支える。」
でも今の私は、優華を守るどころか、見て見ぬフリをしている。
こんな状況が知られたら、お母さんに怒鳴られそうだけど、いっそそっちの方が私は楽になるのかもしれない。
高校の合格発表のメールを受け取った私たちは、しばらく近くの公園で、これからの事を話し合っていた。自販機で、一緒にあったかいココアを飲みながら。
雪がまだ少しだけ残っている公園は静かだった。ちょっと前まで、真っ白で冷たい雪に包まれた公園には、雪だるまが何体も並んでいた。
でも、どの雪だるまも倒壊寸前。寒さが和らぐのは嬉しいけど、雪だるまが溶けて崩れていく様子を見るのは、毎年心苦しい。
幸い、高校は徒歩で行ける距離だけど、積雪がすごい日は別。何枚もズボンを重ね着して、積もった雪を押しのける『ブルドーザー』にならないと、前に進めない。
学校へ無事に着いても、全身雪と汗でビチャビチャ。そして帰りも同じ苦労をしないと帰れない。
だから、雪国の人々は、雪解けを心待ちにしている。茶色い地面や灰色のコンクリートがじんわりと見えてきた頃には、冬を乗り切った達成感でいっぱいになり、同時に『春の訪れ』を感じる。
「今年は無事に春を迎えられそうで良かったね、寧々ちゃん。」
「そうだね、合格発表のお知らせが来るまで、ずっとソワソワしてたから、あったか
くなってるのも分からなかったよ。
優華はさ、高校デビューをきっかけに、『彼氏』とかつくらないの?」
「えぇええ?! いやいやいや!!
あれって漫画とかの話でしょ?!
私内気だし、地味だし、勉強ができるわけでもないし、運動だって・・・」
ココアを吹き出しそうになりながら、真っ赤な顔で否定する優華が、すごく可愛かった。少なからず、想像していたのかも。まだ卒業式も終えてないけど。
同じ高校を受験したのは、本当にたまたま。自分のレベルに合った学校がすぐ近くにあるのは、本当にありがたい。
ただ、中学の同級生は、ほぼ全員バラバラの高校に進学する。だから、小・中・高も合わせて同じ学校なのは、優華くらい。
中学校は、周りにある小学校の生徒が一斉に集まるかたちだから、そこまで友人関係で苦労する事はなかった。
だって中学で一緒に入学した生徒の半分くらい、同じ小学校で6年間を共に過ごしているから。でも高校に関しては、ほぼ全員が初対面。
そんな環境も、小学校1年生以来だから、もちろん緊張もしている。受験に合格したとはいえ、高校での授業にもしっかりついていかないと元も子もない。
高校に入れば、中学の時に苦労して覚えた公式などが『基礎』になる。
中学生の時にも、「小学生の時にもっとしっかりやっておけばよかったー!!」と、何回も後悔している。多分高校に入学したら、同じような経験をすると思う。
「優華は、何か部活入る?
私は去年と同じく、家のバイトで忙しいから帰宅部にするけど・・・
やっぱり『PC部』?」
「うーん、でも中乃高校にPC部があるか分からないなぁ
体の弱い私にも、入れる部活があるといいんだけど・・・・・
寧々ちゃんは、やっぱり帰宅部?」
「そうだねー・・・
私の家はお小遣い制じゃないから、とにかくバイトして稼がないと。」
「寧々ちゃんのお家はすごいね、今から『社会人の訓練』をしてるなんて・・・」
昔から優華は運動が苦手で、年に数回は風邪で学校を休んでいた。だから、優華の『体』にも『体力』にも優しい。PC部に入部していた。
それに、優華の家は『農家』なのだが、父親が副職として『プログラミング』をしている。
私も授業で、簡単なプログラミングをやってみた経験はあるけど、どうも私には合わなかった。
話も仕組みも理解はできるけど、ずーっと椅子に座りながら作業をしているのが、バイトで店中を駆け巡る私としては、なんか性に合わない。
それを話したら、優華は「やっぱり」って言ってくれた。私を一番よく理解してくれているのは、両親ではなく、優華なんじゃないか・・・と思う時がある。
幼稚園生の頃からの仲だから当然なのかもしれないけど、私は優華をしっかり理解しているか、ちょっと不安になる時がある。
「寧々ちゃんは、学校が変わっても友達がすぐにできるからいいよね。
私の場合、2年生になってやっと友達を2・3人つくるだけで精一杯で・・・」
「でも、優華の友達作りは、絶対失敗しないじゃん。
私なんて、かなりヤバいな女子と関わっちゃって、一時期すんごく面倒な時期があ
ったもん。友達の肝心なところは、数じゃないと思う。
優華の友達って、『優華と一緒』で、みんな優しくていい人ばっかりじゃん。」
___いや、優華の場合は、『優しい』ではない、優し『すぎる』自分よりも他人の意見や考えを優先して、自分のことはいっつも二の次。
小学生の頃、優華のお家にクラスメイトが集まって、優華の誕生日会を開いた事があった。主役は優華のはずなのに、テーブルに並んでいる料理は、招待されたクラスメイトの好きなもの。
「たくさん食べていってね!」と言ってくれたのは嬉しいけど、私たちは「今日は優華の誕生日会なんだよ?!」と、一斉につっこんだ。
そこから数年が経過した今、思い返してみると、優華にとって誕生日をたくさんの人に祝ってもらえるのが、『優華が求めていたプレゼント』なのかもしれない。
そんな優華だから、時々心配になる。『優しい人が爆発すると、何が起こるかわからない』という話は、SNSでしょっちゅう見かける。
老若男女問わず、やっぱり優しい人に頼りすぎると、周りが痛い目をみる。怒りが爆発した優華が、ちょっと想像できる気がして、怖くなる。
人はストレスをずっと抱え込めるわけでもないし、永遠に我慢なんてできるわけない。神様かお釈迦様でもない限り。優華は、普通の人間だ。
そんな優華は、高校でも何かと『我慢する役割』になるんじゃないか・・・と。
「_____ねぇ、優華。クラス、一緒だったらいいね。
クラスが離れていると、優華をまも・・・・・
「寧々ちゃん、お願いがあるの。」
突然私の言葉に割って入った優華。その顔は、すごく真剣だった。私はびっくりした、優華がこんなに真面目な表情になるのは、学校の行事くらいしか見ない。
いつもホワホワとした笑顔を浮かべている優華が、私に凛とした顔を向けたことはなかった。
「な、何?」
「私、今までずっと寧々ちゃんに守られていた。
幼稚園生の時から、ずっと・・・ずっと・・・・・
でも、いい加減、自分のことをは自分で守れるようにしたい。
もう私たち、高校生になるんだよ。高校を卒業したら、それぞれの道を歩むの。
だから今のうちに、一人で頑張る特訓をしておくのが、お互いのためだと思う。」
「_____優華。」
優華の言っている事は、ちゃんと筋が通っている。彼女を守っているのは私の勝手ではあるけど、優華と私は、いつまでも一緒にいられない。
悲しいけど、優華にも私にも、それぞれの人生がある。自分の人生を歩むためには、自分のことは自分でしなければいけない。
___なんか、『子が親離れする寂しさ』みたいな感覚ではあるけど、優華の力強い言葉に、私は大きく首を縦に振った。
でも、高校へ入学した後に考えると、あの発言が私たちの高校生活を大きく変えたのかもしれない。
優華の宣言通り、私たちは入学した高校で、互いに友達づくりに集中。入学してすぐは、互いに友達を順調につくって、高校生らしい生活を満喫できた。
でも、入学してから2ヶ月が過ぎた頃に、リカさんの嫌がらせが始まった。
リカさんと同じ小・中学校だった生徒に話を聞くと、リカさんの『弱いものいじめ』は、今に始まった事ではないらしい。
___いや、『弱いものいじめ』というよりは、『良い子いじめ』だろうな、アレは。小学校低学年の頃は、よく見かけた光景。
つまりリカさんは、高校生になっても、まだ頭は小学生レベル。成績は普通なのに、どうしてそこだけ成長しないのか、本気で不思議に思う。
リカさんの標的となった優華は、誰もが『良い子』として認識している。それが、リカさんのターゲットになった理由だろう。
昔、お父さんが言っていた『憎まれっ子 世にはばかる』という言葉が、リカさんにはピッタリ。
優華はというと、どんな嫌がらせを受けても、ちゃんと学校に来ていた。でも、それが余計に、リカさんのいじめをエスカレートさせる要因になったのかもしれない。
最初は『無視』や『影口』ばかりだったけど、2年生に入ってからは、物理的ないじめも加わった。
椅子に座っている優華を転ばしたり、優華が教室を離れたら机をけっとばす。せっかくつくった優華の友人は、リカさんを恐れて遠ざかってしまう。
同級生のほぼ全員が、リカさんを恐れているけど、彼女はそれを逆手に取っている状態。
恐れられているなら、誰も口出しはできない、止めることもできない。この悪循環に陥った現状は、いつまで経っても変わらない。
(時間が解決してくれる)と、心の奥底で思っていた自分をぶん殴りたい。
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