第5話 ズズの正体

 どこかに隠れないと。そう思った。

 僕ら2人を指さして、大声で笑うゴブリンたち。


 手にはクロスボウや剣を持っていて、簡単に命を取られる、そのことが僕をすくませる。まるで自分が丸裸になったような、そんな心細さ。

 大きな木のそばに駆け寄って顔を出す。

 

 ステラは、突然の来訪者をじっと見ていたが危険はないと思ったのか、また草の根本に鼻をつっこんで食べるものはないかと探している。


「へっへっへ、こんなガキの竜でも金になんだろ」そう言って一人のゴブリンが、クロスボウをステラに向かって打ち込んだ。

 ガッ。ステラの甲殻はその矢を弾き飛ばす。2,3本撃ってもびくともしないようだ。でも他のゴブリンはニヤニヤと、余裕たっぷりに見ている。子どもだから、いつでも倒せると思っているだろう。


 突然、ステラが声を上げることなくのけぞった。首元を見ると、矢が一本刺さっている。すると、地面に前足がついたと同時に反転して、矢を打ってきたゴブリンの腹をその前足で打つ。


 3回転しながら飛んでいくゴブリン。他の2人は、飛んでいった仲間とステラを、目を見開いて交互に見る。

 剣を持ったゴブリンは腰からそれを抜いて、ステラに切っ先を向けて叫ぶ。

「お前は邪魔すんじゃねぇ! 俺等はあのガキをさらってこいって言われてたんだ!」


 僕のことを? どういうことだ? 僕に目的があって近づいてきたのか。

 聞かないといけないと思った瞬間、ステラはまた右手で彼らを薙ぎ払う。ふたりとも飛んでいったが、一人は浅かったのだろう、起き上がろうとしている。


 僕は最初飛ばされたゴブリンの持っていたクロスボウを持って、近づく。

「誰からの指示で、ここに来たんですか?」

「いやいやいや、ぼっちゃん。早まっちゃいけねえ。ただ、襲いにきただけですよ?」そう言って彼は手だけで後ろに下がっていく。きっと足が折れたのだろう。


「でも、僕を攫うように言われていたんですよね、さっきそう言ってました。誰から言われてたんですか?」

「ちっ。ボスからだけど、ボスも誰かに依頼されたんだろうよ。鬼とかオークとか、裏の世界に関わっている奴らはいくらでもいるんだよ」多分そのへんだろうよ。彼はそう言ってうつむいた。


 そうしていると、遠くから声が聞こえてきた。ガサガサと、数人が落ち葉を踏みしめる音がする。

「おいっ、いたぞ。こっちだ」そう言って5人ほどが草をかき分けて出てきた。耳の長い人たちで、上にピンと張っている。


「おいきみ、大丈夫だったか? 上で見ていたんだよ」そう言って、20歳くらいだろうか、力強い目をした、若い男が話しかけてくる。

 僕に近づきながらも、周りの年上の人たちには指示を出している。権力者の息子か、それとも実力者なのか。


 「きみ、人間だろう? 一体どうしたんだい、きみがこのゴブリンたちをやっつけたのかい?」そう聞いてくる彼に対して、僕は後ろのほうでウサギ跳びをしているステラを指さす。


「あぁ、彼が倒したんだね。変わった竜だね、あの子は怪我しているようだし、うちの村においでよ。治療してあげよう」


 そう言われて、僕は彼らについていくことにした。

 彼は、私のことはフィルとよんでくれ、と言われた。


 ステラはまだ言うことを聞いてくれないので、ズズからもらった『キューブ』に入ってもらった。それは四角形をした小さな檻の形をしていて、腰にぶら下げることができる。魔法の力で、対象をその中にいつでも取り込めるので移動のときには便利だ。


彼らの村について、まずはステラを治療所に連れて行った。その治療所は、体育館のように大きな、石造りの建物だった。

 

ステラを見た先生から、傷は浅いから問題ないね、と言われて安心する。すると、何やら入り口のほうが騒がしい。


 何かあったのかと振り向くと、みんなが頭を下げるなか、フィルが白いひげをたくわえた老人を連れて僕のところにやってくる。


「長老、この竜です」その長老はステラをチラと見ると、僕の方を向いてこういった。


「少年よ、私の部屋に来なさい」かすれた声でそう言うと、くるっと背を向ける。ついてこいということか。


その長老の部屋には、中心に大きなカーペットと、上座には長老の座る大きな椅子が置いてあった。石で作られたその家は質素だけれど、カーペットも椅子も赤を中心とした色合いで鮮やかだ。


「少年よ、あの竜をどこで手に入れた?」ドスン、と座るといきなり聞いてきた。フィルはその横で直立して、眉間にしわを寄せてこちらを見ている。ウソなんてつけない雰囲気だし、何より切羽詰まっている感じがする。正直に伝えることにした。


「ズズという人物から渡されました」そういうと、知っとるか? と長老は後ろに立つフィルに聞く。いいえ、といったので長老は「なにか特徴はないかな?」と姿勢を直してから僕に聞いてくる。


「えっと、かなりの高齢の人で、杖を持っています。あぁ、金色の目をしてますね」


 そう言うと長老はモゴモゴと口を動かしてうつむいてしまった。なにかまずかったのか、とフィルを見るけれど彼の表情は変わらない。


「その人物は、特徴的な道具を使っていたね?」もう長老はなにかを確信しているんだろう、疑問ではなくもはや確認だった。


「ええ、なんといったらいいのか。定規のようなものに望遠鏡がついている、名前まではわかりませんけど、よくそれを覗いてましたね」


 うつむきながらうなずく彼は、やはりあの人じゃったか、と呟いた。

 そしてフィルのほうを向いて、お前もあの子の横に座りなさい、といった。

 横にすわる彼の顔を見ても、ただ暗い表情をしているだけで、他にはなにもわからない。


 すると長老は喋りだした。

「金色の目をしているということは、その人物は不老の法を手に入れとるということじゃ。そして九分儀を使っとるということは、そやつは昔ライフアーキテクトであった可能性が高い」

 隣のフィルは、えっと小さく驚いた。僕自身驚いた、ズズが昔世界を作っていただと?


「もしやすると、ライフアーキテクトで誰も超えることのできない天才、コンゴかもしれん。そして、ここからが本題だ」

 そう言って、一呼吸入れてから長老は続けた。

「やつはそこで不名誉除籍をうけておる。きっとアクティスのお偉いさんたちは気づいたんじゃろうな。やつは、『ライフ』にとって最悪のアイデアに気づいてしまったと」

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数百年に一度、それは降る 鳥野空 @torinosora

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