第4話 ゴブリン
石畳の道を、手押し車を押しながら進む。でこぼこした道なので、手押し車が思うように進まなくて息が切れる。通り過ぎる人たちは、邪魔だと言わんばかりに僕を見てくるがどうしようもない。
「ズズ、待ってよ」
僕は手押し車にもたれかかってそう言ったが、ズズは待ってくれない。
少し前を歩いていたズズはこちらを振り返り、左側を指さす。そこが目的地ってことかな?
あとひと踏ん張りだと、グッと手押し車を押す。
見ると、ズズは露店の人と何かを話していた。僕に気づいた店の人は、こっちだ、とジェスチャーをする。露店の左側にスペースがあるから、そこに入れろということか。
手押し車のシートを取ると、そこには大量の肉と鉱石、薬草が一抱え入っていた。
「こいつでどうだい」ズズは手を開いて5、と示した。
「いや、そこまでいかないよ爺さん。こいつが生きてりゃ話は別だがね」そう言って3、と示した。
すぐ横の露天では、アクセサリーを売っていた。ネックレスかな。木の板に釘が打ち込まれて沢山かかったそれは、金や赤に輝いている。
おちついて眺めると、そこそこに大きな町だと驚く。ライフという仮想空間にこんなに人がいて生活している。露天を囲んでいる石造りの建物は人の住むところだろう、すべて2階建てだから、それだけ人がいるということだ。
「じゃ、それでいいね」と店の人が言い、話し合いは終わったようだ。
手押し車はそのまま置いておくそうだ。きっとこの状態で売ってしまうのだろう。お店の人は荷台に乗った薬草に、値札をつけていた。
「レオナの話を聞きに行ってみようかね、集会所に行こう」ズズはそう言って建物の横を通り、少しはなれたところにある大きな建物に向かう。人混みから抜けられたのでホッとした。
入り口の屋根は、何か大きな生き物の骨で作られていた。中に入ると大きな机がいくつも並べられている。夜はお酒で騒いだりするのだろうが、今は人はまばらだ。入って右側のカウンターで、2人分の飲み物を買ってから、ズズは僕にそれを渡しながらこう言った。
「いいか。誰にでも、行方不明の女の子は知りませんか、と聞くんじゃないぞ。どんどんへんなウワサが流れるからの。でな、あそこを見てみろ」
ズズの指さす方は、僕らのいる所のように机などはない。土足で歩くとこから一段上がったところに畳のようなものが敷いてあり、そこで服を着たり何やら足に巻きつけたり、準備している人が沢山いた。大きなリュックを持って外に向かう人もいる。
「あの人たちは、おまえさんたちの世界では猟師という人たちじゃ。『ライフ』のことは隅々まで知っとるし、へんな噂は流したりせんからの」
そう言って、木の棒で仕切られているとこをくぐって1人の男のとこに行く。その人は、鼻が丸っこくて可愛らしい顔をしていた。
「おお、ズズさんじゃないか。元気にしてたかい」
「うむ、元気じゃったよ。いきなりだが、『ライフ』で人間は見てないかの? 女の子じゃ」
「うーん? 聞いたことあるぜ、人間ってのはこの子みたいにのっぺりした顔の奴らだろう?」そう言って僕を指す。まさかいきなり知っている人に出会うとは思っていなかった。だが、まだ無事と決まったわけじゃない。
その子を見たのかえ? とズズが聞く。
「おう、あれはちょうどこの前猟から帰るときによ、ライフワーカーが布で檻をおおって運んでるのを見たんだよ。普通布なんてかけねぇから珍しいな、と思ったら、この子みてぇなのが布の間からこっち見ててよ。あれほどかわいそうなことはねぇやな。その子、探してんのかい?」
少し悲しそうな顔で僕に聞いてくる。
それを見てズズが言う。
「噂で聞いたんじゃが、その子がオークションにかけられるみたいなんじゃ。どこにいったのかわからんかの?」
「それを見たのは、『湿地』だったな。ヤクザのオークがいたからな。すまんが、手は出せなかったんだ。ゲートに向かってるのはわかったぜ」
「うん、やはりどこかにつれていったんじゃな」邪魔したの、と言って別れを告げる。
それから数人に聞いてみたが、特にこれといった情報はなかった。
闇雲に探しても仕方がないので、その日は帰ることにした。空の手押し車は、まるで僕の心のように空っぽだった。
数日後、ステラは僕よりも大きくなった。竜って、こんなに早く成長するの? と不思議に思ったが、ズズに聞くともっと餌をあげれば、もっと早く大きくなるという。危険と常に隣り合わせだから、彼らは早く大きくなる必要があるそうだ。
頭の高さが僕の腰くらいになったときステラは『ライフ』に引っ越しをしていた。もちろん、飼育小屋では飼えない大きさだし、先生にみつかってしまうからだ。
そして、その頃ステラのおかしな行動にも気がついた。なぜか、ウサギ跳びをするのだ。ズズに聞いても、そんなことはない、きちんと歩くはずだと言われたが、実際見てもらうとズズは珍しく頭を抱えていた。僕としても、レオナを助けに行くんだからきちんと戦ってもらえるのか、と不安だった。
僕とステラは、ステラと別のライフに来ていた。そのライフの名前は『ツリーハウス』。ズズに転送してもらって、大きな木の林立する場所に来た。直径は3メートルを超えているだろうか、そんな大きな木がボンボンと生えていて、その木同士はロープと木の板の橋でつながれて人が通れるようになっていた。
ズズに教えてもらった村はここだろう。大きな木の下には、小さなオレンジ色の木の実をつけた木がたくさん植わっていた。
「食べれるのかな」木に拳くらいのオレンジ色の実がなっていたので、いくつかもぎ取ってみる。口に入れると甘酸っぱい。これならステラも食べれるかな。そう思ってステラを見ると、木の周りであいかわらずウサギ跳びをしている。きっと、ちいさいころウサギと一緒にいたから覚えちゃったんだろうな。そう思っていると、笑い声と大きな声が聞こえてきた。
「おいおいなんだよあいつ、竜のくせにウサギ跳びしてるぜ」
「こんなのありかよ、あまりにも間抜けすぎだろ」ゴブリンたちが3人、こちらに近づいてきていた。
彼らは僕にも気づいてまた笑い始める。
「ガハハハ、ご主人さまもチビじゃねぇか。こんなのに育てられたら、そらウサギ跳びもしたくなるわな」彼らはゲラゲラと笑っていた。
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